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Recapture battle【2】

「付いてくるのは構わないが、唯は追い付けるのか?」


「あら、貴女にしては鈍いのね。私は追い付けると踏んだから言ってるのよ」


 そこで初めて気が付いた。そこに立っている唯の姿が、俺の知る高嶋唯の姿と少し違っている事に。


「嘘、だろ……」



「――だって私、ご覧の通りの羽根が生えているのだもの」



 それは黒い粒子を吹き出す黒い羽根だった。しかし変化はそれだけではない。額からは一対の触覚が生え、額から右眼にかけてはまるで溶岩が冷えて固まったかのようなゴツゴツとした質感の黒い皮膚に置換されている。

 その姿は、紛う事なき魔獣のなりかけだった。


「どうやらさっきので誘発されたみたいね。我ながら結構持ち堪えたけれど、これじゃもう駄目ね。十五分ももてば重畳ってところかしら」


 どこか他人事の様に唯は言う。……いや、実際他人事なのだろう。彼女は心底どうでも良いのだ。自分がどうなってしまおうが。

 でも、唯が諦めきったわけでは無い事は一目見れば分かった。

 だって彼女はまだ完全に魔獣化してはいなかったから。諦めればすぐにでも魔獣化してしまいそうな中の十五分。それはそのまま唯の絶望に対する反抗だ。投げやりになりながらも唯は一線を越えてはいない。必死になって耐えているのだ。

 その証に澱んだ焦げ茶の瞳の中には一筋の光が浮かんでいる様に見える。


「だから、勝手だけれど見させて……試させて貰う事にしたわ。貴女が絶望を呑み下せるか否か」


「それは構わないが……間に合うか?」


「愚問ね。私を誰だと思っているのかしら。元は『嫉妬』の名を冠する『六陽』。やり方さえ分かれば幾らでもやりようはあるわ」


「唯がそう言うならば何も言うまい。団長、二人で出るが構わないか?」


「分かった。気を付けてな」


「無論だ」


 篝はそう言うが早いかすぐさま体を翻して凩の足跡を辿り始めた。そしてそれに追従する形で唯も続く。


「ねぇ、さっきの人選なんだけどあれでよかったのかな?」


 二人を見送っているとジャックがそんな事を訊ねてきた。


「確かに状況で言えば君は除外されるかもだけどまだオルクィンジェが居るかな。オルクィンジェの足なら追いかけるどころか途中で追い付くのだって出来るだろうし」


 ジャックはオルクィンジェを行かせなかった事を疑問に思っているようだった。


「それも考えなかった訳じゃない。けど凩は昨日の夜にオルクィンジェと模擬戦をしてああなったみたいだから交渉しようとすれば俺同様にマイナスに転がる可能性がある。それに、篝は失敗を濯ぎたいと言った。そこに第三者をぶち込むのは無粋だと思わないか?」


 そう言うとジャックは一瞬キョトンとした顔をした。けれど納得はしたのか「成る程ね」と一言呟いた。


「けど、僕たちはどうするのかな。信じて待つにしろ時間は有限だからねぇ。まさか待ち惚けをする訳にもいかないし」


「それに関しては考えがあるから大丈夫だ」


「何だろう。『私に考えがある』みたいなのと同じ匂いがするかな……」


「あれは厳密に言えば失敗フラグじゃないからな?」


 あからさまな失敗フラグとして扱われた歴史のある件の台詞だが、実際失敗した回数はそれほど多くないし、なんなら采配的には正解を引いている回数のが多いのだ。酷い風評被害だ。

 と、そうではなく。


「ハザミの時に言っただろ?」


「ハザミ? ……あっ」


「修行は最大のソリューションだ」



♪ ♪ ♪



「篝と唯か、珍しい取り合わせやの。叶人も妙な人選をしたもんやな」


 凩は立ち止まると背後に一瞥することも無くそう吐き捨てるように口にする。


「凩、戻って来い」


「戻る。……戻るのぅ」


 そう反芻しながら凩は振り返る。すると露わになるのは絞られた光量の中であっても褪せることのない黄色と黒の縞模様のある獣皮。そして肉食獣の証明である鋭利な牙。

 その姿は半ば虎と化していた。


「へェ、まるで山月記みたい。臆病な自尊心と尊大な羞恥心の怪物。確かに貴方にはピッタリの姿かもしれないわね」


「臆病な自尊心、尊大な羞恥心か。……確かにそのものズバリやもしれんの。けんど、そんなんはどうでも良い」


 ゆるゆるとした動作で刀を抜き、一振り。それだけで飛ぶ斬撃にも劣らない暴風が吹き抜け周囲の樹々を軋ませる。


「こん身体が獣になれば成る程力が湧く。この心が獣に近付けば近付く程苦しさが消えて行く。今までとは大違いや。平かに、安らかになるだけで力が満ちる。それこそ今までがアホらしく思えるくらいにの」


「……それは力に酔っているだけだ。そんな力は紛い物に過ぎない」


 篝が言うと凩の瞳に濁った青い炎が灯った。明らかに好戦的な態度に緊張が走る。


「なら、その身をもって試してみればええ」


 樹々が騒めいた。それは凩が目にも止まらぬ速さで草木に紛れた音だった。


「……馬鹿者が」


 そしてややあって篝の直上から凩が現れる。

 今や凩の四肢は獣の性質を帯びている。刀を持ちながらでも木登りする事など容易い。

 直上からの急襲に対して篝はどこまでも冷静だった。

 身体を僅かに逸らす事で一撃を躱し、どころか凩の着地に際して腹部に強烈な蹴りを見舞ったのだ。


「嘘、やろ……」


 凩は避けられる事自体は想定していた。しかしそれどころかしっぺ返しを食らう事はまるで想定していなかったのだ。

 驚愕を露わにする凩に対して篝は全くの無表情だった。いや、それどころか少し落胆した風でもある。


「そんなものか」


「何やって?」


「一凩という男はその程度のものなのかと聞いている。何だ今のまるでやる気の感じられない攻撃は。強さ強さと固執した割には何の進歩も見られない。寧ろ前よりも弱くなっている。私の知る凩という男はこんな無様を晒しはしない」


 そこまで言って、言葉を区切り、


「あまり私を無礼なめるなよ、一凩」


 言い放つのとほぼ同じタイミングで、森を濃霧が覆い始めた。

お前それやりたかっただけだろ

↑正解。

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