Recapture battle【1】
短め。
「凩……?」
それは意見が対立した際の苦悩の顔とは全然違かった。「どうせ自分なんか」と自分を卑下する人間のする面構えだった。
らしく無い。他人にらしさを押し付けるのは愚かな事だと分かっている。それを踏まえた上で尚そう思う。
「……あんさんは事実として弱かった。戦えばまず負けは考えられん。いや、戦いの土俵にすら立たんと思うてた。けんど、それが今ではどうや。あんさんは魔獣の力を使い、魔獣の力のその先を体現して速度の面で言えばワリャを超えてみせた。認めるわ。あんさんは強くなった。ワリャの今までの鍛錬が馬鹿馬鹿しくなってしまうくらいにの」
「それは……」
元々は、逃げ回ることしか脳が無い人間だった。だが今はどうだ。曲がりなりにも俺は戦えるようになった。勿論強いかと問われれば首を横に降らざるを得ないが。けれどもオルクィンジェが、戦い方を教えてくれたから、ここまでやって来れた。
しかしそれは側からみればチートじみたご都合主義の超絶強化にしか見えない、のだろう。真っ当な努力を重ねて来た人間からしてみれば許容出来ない……のだろう。
「それを狡い、とは言わん。あんさんが散々悲しみながら、叫びながら、嘆きながら、それでも尚戦いに身を置いて来たのはワリャも知っとるからの。けんど、心は納得出来ん。なぁ、あんさんとワリャ、何が違うんやろな?」
「……そもそも、比較するのが間違いだろ。俺は俺で凩は凩だ」
「じゃあ、ワリャは何でこんなに弱いッ!!」
「ワリャは鍛錬を欠かす事は無かった! 努力を惜しむ事は無かった! 命懸けの闘争をずっと続けて来た! あんさんよりもずっと長い間戦って来た! なのに……なのに、ワリャは、こんなにも……」
尻窄みになる言葉の最後。そこに続く言葉はきっと「弱い」だ。
震える肩に手を伸ばしかけ、途中で止める。
それは愚策だ杉原叶人。一凩という男は同情を求めてなんかいない。ましてや、目下の比較対象である俺が手を出せば凩の気持ちはどうなる。そんなものは、偽善だ。いや他人の心を傷付けるだけ傷付けるその所業は間違い無く悪そのものだ。
凩の慟哭を前に呆然と立ち尽くしていると、唐突にスパーンという場違いにコミカルな音が聞こえた。
「今は休憩の時間だ。嘆く時間ではないだろう。それに先のお前の論調であればここで嘆くのはそれこそ時間の浪費という奴だろう。お前のやっていることは矛盾している」
険悪な雰囲気を察してか知らずか篝が凩の顔を張り飛ばしたのだ。
「篝も、叶人の肩持つんか」
「? 言っている意味が分からないが……少なくとも今のお前の言っている事は間違えているから張り飛ばした。ただそれだけだ」
篝の言っている事は理解出来る。多分同じような状況で、俺に対してなら大正解だっただろう。しかし今この場に関して言えばそれは間違い無く、
悪手だ。
「……瘴気っ!!」
遂に凩からも瘴気が漏れ出た。……想定する中でも最低な展開に思わず舌打ちする。
しかしそんな中でも状況は目まぐるしく変化する。してしまう。
凩は獣じみた所作で身体を反転させると、そのまま魔獣化時の俺を凌ぐ速度で駆け出し、オレンジ色の残像を残して視界から消失した。
「早く追い掛けないと……!」
脚部にありったけの力を込め、周囲の魔素を纏わせて獣の足に変性させる。ただ、やはりというべきか瘴気が吹き出しておりアニのようにはならない。
しかし今はそんな事はどうでも良い。凩に追い付き、連れ戻さなければ。
「いや、ここは私一人が追う。どうやら凩は団長と比較しているようだから団長が出向けば事態が悪化してもおかしくない。それに、私は腐っても家族で、幼馴染だ。それに先の対応が決め手になってしまった。故に、それを濯ぐ機会が欲しい」
それを制したのは篝だった。
「それは……」
まだ凩の魔獣化は完全ではない。時間の問題ではあるが交渉でどうにかなる余地は残されている。ただ、俺がその場に居ても有効打にならないどころか足枷になってしまう。その点篝ならまだ可能性はある。それに篝の足なら凩に追い付ける。ならば言うべき事は一つしかない。
「なら、任せても構わないか?」
「承知した。凩は必ず連れ戻す」
篝はそう言って踵を返し、
「幼馴染、ねェ……。一人で行くつもりのところ申し訳ないけど、私も同行させて貰うわ」
その場にいるもう一人の幼馴染がそう口にした。
叶人【半魔獣】
アニ【半魔獣化(?)可能】
唯【半魔獣】
凩【ほぼ魔獣】
篝【半魔獣(?)】
パーティーメンバーの殆どが異形になるらしいぞ。




