Nobody knows【4】
不穏な空気を残しつつも俺たちは再び大森林へと足を進めた。
相変わらず森の中は光量が少ないがそれも慣れたもの。予想よりも早いペースで森を踏破出来ていた。無論途中でモンスターと遭遇したりはするのだがそこはアニとオルクィンジェを中心に各個撃破。
遮蔽物が多い森の中はアニにとってはとても戦い易いらしくサーチアンドデストロイが容易く行われていた。
成る程、これがいとも容易く行われるえげつない行為か。精神的に参っていた時期にモンスターの大量虐殺を敢行していただけあってやり方をよく心得ている。勿論口には出さないけれど。
ただ、やはりと言うべきか凩と唯の二人の動きは鈍い。
篝に関してはいつもよりおとなしい風だが戦闘に関しては全く変わりがない。それはそれ、これはこれとある意味で棲み分けが出来ているのかも知れない。勿論良い意味で。
だが、凩と唯はメンタルがモロにパフォーマンスに出てしまっている。凩は一人で突出したりワンマンプレーで隊形を崩しがちだし、逆に唯は集中出来ていないのか棒立ちになる事がしばしばあった。
それを補う形で篝と、あと地味に俺が奮闘するのだが……。はっきり言って、今の旅団は内部崩壊一歩手前だ。
倒さなければならない敵はニャルラトホテプ、シュヴェルチェ、テテ、エクエス……そしてクロエの五人。そんな中で一人でも抜けられようものならかなり厳しい戦いを強いられるだろう。いや、はっきり言おう。負けだ。
無論このままの状態で勝てるとは思える程楽観視はしていない。だが何かの弾みでどちらか、或いは両方が脱退なんて事になれば、それはそのまま致命傷になる。
そんな事を考えていると不意に視界が開けた。薄暗さに慣れ切ったところで空から降り注ぐ光に目を細める。次いで鼻腔を満たすのは数日経っても尚消える事の無い焦げた匂い。
……そこは俺と清人が戦い、清人が死んだ場所だった。
「……」
焼け焦げた背景を前に、自然と足が止まる。
清人は笑いながら逝った。けれど、果たしてあんな終わりで幸せだったのだろうか。
清人はどんな気持ちで最期を迎えたのだろうか。そんな事を思うと胸がどうしようもなく締め付けられる。
「叶人」
すると、俺の手をアニが励ますようにやんわりと握った。触れる手の平は暖かくて、少しだけほっとする。
「……少し、休も? 少しおーばーぺーす気味。休息は必要」
「そう、だな」
確かにペースはかなり早い。途中で適宜休息は取っているがそれにしてもサクサク進んでいるし、ついでに言えば負担の掛かる人員が偏ってしまっている。現状糸による索敵と先攻を担っており負担が大きいアニが休息を求めているのであれば休むべきだろう。
「ここいらで一回休憩にしないか?」
反対意見は出なかった。ただ唯一凩だけが少し不服そうな顔をしたが表立って反対は無い。
ただ態度から鑑みるに俺の発言、或いは態度がどうやら気に食わないらしい。だが俺自身何かやらかした自覚は無い。やらかした奴は往々にして自覚が無いと言うが本当に何も思い浮かぶところがない。
……この不満が爆発しなければ良いのだけれども。
腰をゆっくりと下ろしてその場で座り込んでいると、アニが何やら結構な大きさの石いや、寧ろ岩か、を運んでいるのが見えた。アニは小柄だが膂力で言えば俺よりも優れているから大きな石を運べるのは理解出来る。しかし何故今それをするのか。その意味が分からなかった。
あれだろうか。新手のトレーニング的なものだろうか。
「アニ、その岩って何だ?」
「墓石の、代わり」
アニは岩を下ろすとごくごく普通なようにそう言った。……それが誰のか、だなんて事は聞かずども分かった。
「昨日の夜の叶人、ずっと謝ってた。『ごめん清人』って。寝付くまでずっと。……だから、弔お? 清人の魂の安寧の為にも。叶人の心の整理の為にも」
アニは予備の短剣を俺の手に乗せながらそう言う。
「……だな」
アニから予備の短剣を受け取ると『杉原清人』と岩に刻み込む。せめてその魂に救いがありますようにと。
岩を削るのなんて初めてでガタガタした字しか彫れなかったが、それでも名前は彫れた。清人がこの世界に居た事実はここに刻み込めた。それがなんだか無性に嬉しかった。
彫り終わったものを見て、合掌する。
これは俺の自己満足に過ぎ無いのだろう。けれど墓石に向かって両の手の平を合わせてみると不思議と心の底に溜まっていた澱が静かに溶けて無くなるような、そんな心地がした。
我ながら単純なものだと思う。けれど生きてさえいればこれからもまた手を合わせる機会は幾らでもあるのだと思うと気が楽になる。
だから人は死者を悼むのだろうか。そんな事を思う。
「……アトラクナクアさんのお墓にも行かなくちゃな」
「ん、それが良い。きっとししょーも喜ぶ」
ただそうなるとアトラクナクアさんは義母さん、となるだろうか。……中々強烈な人だったから「お前に娘はやらん!」なんて言われてしまいそうだ。
「休憩って言った割には、やってる事は墓標作り、の。まさかあんさん、こんだけのために休憩取ったんじゃ無いやろうな」
しかしそんな中、底冷えするような凩の声が耳に入ってきた。
「そんなつもりは無かった。ただ急いだところでさしてメリットも無いし、ゆっくりと確実に進んだ方が良いと思ってな」
しんみりとする心を切り替えて努めて冷静に返答する。
「そうかの。ワリャにはそれが墓標を立てるための言い訳に聞こえるわ。それに、一か月や。あと一か月しないうちに世界が滅ぶってのにそんな悠長に構えててええんか」
「……焦っても良い結果は得られないだろ。今の凩は心に余裕が無さすぎるように見える」
「ワリャにはあんたが呑気過ぎるだけに見えるけどの」
険悪な雰囲気に眉根を寄せる。
不味い。これは止まらない。止めようが無い。どんな言葉をかけても悪い方に解釈されるパターンだ。感覚的に分かる。しかし一体、どうしてここまで悪化した?
「余裕? そんなんある訳無いやろ。両取りするならワリャ達は強くならなきゃならん。一分一秒でも鍛錬せんと。……でなきゃ、ここの面子が全員死ぬどころかあんさんの故郷の何たらって世界も滅ぶんやぞ」
……ああ、そうか。そうだった。
凩は人一倍恐れているのだ。リスクを、そして敗北を。それは凩が最初保守的な立場にいた事からも察せられる。篝の鶴の一声で戦意を取り戻したように思ったがその根底は変わってはいないという事なのだろう。
でも、
「……たかだか一か月でつくような実力が、勝負の趨勢を決めると本当に思うか?」
結局はこういう事なのだ。
とあるラノベ作品があった。その作品では物語上結構重要な戦いの前に一週間の準備期間が与えられ合宿で鍛錬をする流れになった。そしてパワーアップした主人公達は敵を倒す訳なのだが、その鍛錬の場面がヘイトの対象になった。例えフィクションでもたったの一週間の合宿で強化されるのは幾ら何でも都合が良過ぎると。
それと同じだ。期間こそ一週間よりも長いものの挑む相手は誇張無しでこの世を統べる創世の邪神。一か月やそこらのパンプで勝てたら逆におかしい。
「少なくとも時間を浪費するよか上等や。死者を弔うんは全部終わってからでも良かろ」
「……確かにそうだ。だけどな、人間ってのはそこまで合理的になれる位強くは無いんだよ」
「ずぶの素人だったあんさんがずっと鍛錬を続けて来たワリャにあと一歩のとこまで迫っておきながらよく言うわ」
そう宣う凩の顔は、余りにも卑屈なように見えた。
オマケ:次回予告(大嘘)
不遇侍、パーティーを抜ける〜世界が崩壊するから戻って来いと言われてももう遅い。一人で放浪して理想のスローライフを目指します〜
胃キリ人【いきりと】:本作の主人公である。今回に関してはマジで何も悪い事はしていないのに勝手に仲間に妬まれており胃が辛そう。好感度の管理や現状の解決策をずっと考えており気の休まる暇がない。妻によって適宜ガス抜きをされてはいるもののそれすら良い感情を持たれていなかったりする。つらたん。この上唯の問題に関しても何らかのアプローチをしなければならないと考えており、気苦労が絶えない。




