Nobody knows【2】
起きて早々に手首に糸を絡められるなんてハプニングが起きたもののそれからは思ったよりも穏やかな時間が流れた。
隠し事は無しとむくれたアニに地球での出来事を洗いざらい喋ったら嬉しそうな、それでいて何処か妬いているかのような微妙な表情をされてドキリとしたがそれ以外はごくごく普通だった。俺が話して、アニが静かに耳を傾けて。こんな時間がずっと続けば良いのにと性にもなく思ってしまう。
「それで、アニはその……身体は大丈夫か? おかしなところは無いか?」
昨晩突如背中の辺りから蜘蛛の脚が生えたアニなのだが今朝になったら綺麗さっぱり消失した。いや、昨晩のうちに消えていたのかもしれないが正直なところ記憶が無いけども。
……ただ、扱いが難しい魔獣の力だ。瘴気が無いとしても負担が無いとは限らない。懸念事項は幾らでもある。
「ん、のーぷろぐれむ。問題ない」
「なら、良いけど……少しでも違和感を感じたら言ってくれよな。何の役に立てるか分からないけど、俺に出来る事なら何でもすっからさ」
「ん。その時になったら、頼りにする」
そう言うとアニは何故かとても優しい顔をしながら自分のお腹を撫でた。
そこで予想外の反応に身体がカチンと固まる。何故このタイミングでお腹を撫でる? これはもしや。もしかして俺は……酔っ払った果てにやらかしてしまったのか?
いや、待て。落ち着こう。クールになれ杉原叶人。
アラクネの嗅覚はヒトの数倍優れている。栗の花の臭いがしたらアウト。しなければセーフの筈だ。
犬のように鼻を動かして部屋の臭いを嗅ぐが……吸血したせいで血の甘い匂いばかりが鼻に入る。そこで吸血欲求が刺激されるが今はそれをグッと押し込めて。
「どうか、した?」
「い、いや……昨日の俺何やってたか記憶が無くてな。その……俺、襲ったりしてないよな? その、狼的なサムシングというかsuccessというか……」
「昨日はずっと寝る直前まで……啜り泣いてた。それで、泣き疲れて、寝た」
……それはそれで、アレだな。恥ずかしい。まぁ襲った事実を突き付けられるのよりかはマシだけども。
「じゃあ、さっきお腹撫でてたのって」
「ん、いっつじょーく」
心臓に悪いジョークがあったものだ。しかし襲ったりしていないようなので一安心だ。これがもし襲っていようものなら罪悪感で心臓が停止するところだった。
「けど……いつかは、そうなれたら、良い」
「……だな」
今は万全の状態で戦いに挑む事が最重要だ。だけども、もしもこの戦いが終わったなら。ロウファにでも移って二人で居を構えるのも良いかも知れない。あそこなら薬草採集やらモンスターの退治やら仕事には事欠かないだろうし物価は決して高くない。
……いや、妄想はここらで止めておこう。明らかに死亡フラグだし、何よりも俺たちは勝利するのだ。勝利する以上明日も明後日も一ヶ月後も一年後も10年後もやって来る。充分に実現可能な話なのだ。だから妄想をする必要はないだろう。
「勝たなきゃな」
「ん。そーだね」
♪ ♪ ♪
そんなこんな朝の時間を過ごした俺たちはロビーに向かった。……のだが。
ハッキリ言おう。空気がとても重い。
唯は包帯が肩まで進んでいる=魔獣化がとんでもなく進んでいるし、天然かつ鈍感なはずの篝は何だか気まずそうにしている。
ジャックは……何だろうか、拳に蔓を巻き付けて何かを確認していし、オルクィンジェは露骨に溜め息。凩に至ってはとんでもない形相をしている。比較的のほほんとしているのは俺とアニだけだ。と言うか周りが殺気立ちすぎている。正直ビビる。
「これで全員揃ったみたいだねぇ。……明らかに空気に差があるけども」
ジャックは蔓を仕舞うとそんな事を言う。やはり空気感の違いはジャックの目にも顕著に映ったらしい。
「ジャックは朝から勝つ為の仕込みか何かか?」
「そんな所かな。ただ作戦の骨子は出来てるけどまだまだなのが玉に瑕だけどね」
「そう言えばその作戦って、どんな作戦なんだ? 協力出来ることがあるなら言ってくれれば出来る限り頑張らせてもらうけど」
「それはまだ秘密、かな」
ウィンクしながらジャックはそんな事を言う。作戦に自信アリといった風だ。ジャックは窮地に追い込まれると露骨にオロオロするし、現状そうなっていない事を考えると相当信頼できる作戦なのだろう。
「それより、あそこの四人。一晩で一気に感じ悪くなってるかな。杞憂かもしれないけど何か手を打つ必要があるかもだよ」
「まぁ、必要だよな」
寧ろあの有り様で何の手も講じないというのは俺としては有り得ない。だが、やはり殺気。
俺が下手な質問を投げかけたら斬りかかられれのてはなかろうか? 或いは銃弾の雨が降るか。そんな事を考えてしまう。
「オルクィンジェ、これは一体どうなってるんだ?」
「……叶人か。どうもこうも昨晩凩が模擬戦を申し込んで来てな。相当焦っているようだから受けたのだが、アレを見れば結末はおおよそ察せるだろう」
「まぁ、それはな」
あの形相を見れば嫌でも察してしまう。きっとオルクィンジェも手加減無しで応じたのだろう。だが凩も実力差は承知の上で挑んでいる筈だ。こんなにも落ち込む必要は無いように思う。
「奴は強さに固執している。ハザミの時にも垣間見えた悪癖が後のない状況で顕在化したようだな。その結果がこの様だ。全く気分が悪くなる」
頭の痛い話だった。だが、それ以上に篝と唯がまるっきり別件でギスギスしている点が尚更にキツい。
「一大決戦の前に揃いも揃って不調とか勘弁してくれよ……」




