I don't want to be forgotten!【3】
世界には必ずルールというものが存在する。例えば重力であったりとか公転であったりとか、将又塩の満ち引きだとか。普段は気にかけていなくたってルールというものは往々にしてそこら辺に転がっている。そういうものだ。
だからこそ、それをハリボテだと断じたジャックの意図が分からなかった。
「僕達は勘違いしていたんだ。この世界のルールを」
「どう言う事なんだ?」
「僕達が知っているルールはあくまでこの世界の住人が推察と研究をした結果に過ぎないって事だよ。本質を理解しちゃいなかったんだ」
回りくどい言い回しに頭上に疑問符が浮かぶ。これはきっと酒の飲み過ぎとかでは無い。単純に理解が追い付いていないだけだ……と思う。多分、メイビー。
「叶人、魔獣の成り立ちを説明出来るかな?」
「成り立ちって、そりゃあ絶望した人間に魔素が集まって性質が反転して……」
そこまで言って、「はて」と首を傾げる。
アニの変容だが、これは魔獣と同じく魔素で出来ているらしい。しかし性質が反転している様子は無い。しかもこうなった引き金は絶望でも希望でも無い。これは明らかなイレギュラーな訳なのだが、何だか引っ掛かる。
「まぁ、そうだよねぇ。それともう一つ質問。叶人はいつもどうやって魔獣化してる?」
「どうって、こう、なんて言うか……絶対に勝たなくちゃとか、負けたく無いとか、守らないととかそこら辺の事考えると……うん?」
やまり、おかしい。
戦闘中の俺は大体そんな事を考えているが、それは焦燥に近いものであって絶望と言うには余りにも弱い。だが魔獣化自体には成功している……。けれども魔素の性質は魔獣同様に反転していて……訳が分からない。
喉の奥に小骨が使えているような気持ち悪さだ。慣れないアルコールを摂取したのが裏目に出たか。
「結局のところ、魔獣化するには絶望する必要も無いかな。と言うよりも魔獣って呼び方がそもそもナンセンスかな。魔素によって引き起こされるこの現象を正しく言い表すのなら、それは願いの顕在化が正しいね」
「願いの、顕在化?」
ヘロヘロになりつつある俺に代わってアニがキョトンとした顔で反芻した。
「そう。ほら、この世界はイデアのコピーって言ったよねぇ。そしてイデアは人の願望、想像、夢想に幻想。そんなものから神や幻獣やモンスターなんかを実現させる世界。……って事はさ、もし『こんなのもう嫌だ!』なんて世界を否定するような、そんなネガティブで強い想いを抱いたら、それが顕在化してとんでもない化け物が生まれちゃう、とは考えられないかな?」
つまり、この世界はイデア同様人の願いが形質を帯びる世界という事か。
そう考えると現状のアニの変容にも説明がつく。
「って事は強い感情さえあれば魔獣化……と言うか願いの顕在化は出来て、場合によっては凄くパワーアップするって事、だよな?」
「まぁ、そうなるねぇ」
だが、何か納得いかない。あれだ。純粋なバトル漫画がテコ入れを始めていきなり言った者勝ちの異能力バトルに推移したかのような、そんなモヤっとしたコレジャナイ感。
「ってなると結局のところ、クソデカ感情持った者勝ちっ事だよな。……今まで散々戦って鍛えて勝って負けてって事を繰り返して来たのが無駄みたいで好きになれない理屈だな」
バキバキに鍛えたマッチョマンよりも引きこもりのクソデカ感情オタクの方が強いと言われても「成る程」とは頷けないだろう。つまりそういう事だ。
「ところがぎっちょん、それ、多分無駄じゃ無いと思うんだよねぇ。って言うのも、この世界にはレベルって概念があるかな。あれは魔獣やモンスターを倒すと上がったと思うんだけど、多分レベルはモンスターや魔獣を倒した際に放出される魔素が累計でどれ位身体に蓄積されたの値だと思うんだよね」
そういえばあったな、レベルの概念。……ギルドカード砕いたしもう縁のないものだと思っていたがまさかここに来てまた出てくるとは思わなかった。
「感情があってもそれに従う魔素が無ければ顕在化したとしても弱っちぃだろうねぇ」
となるとこれ以上に強くなるには経験値と感情の二つが重要になる訳だ。感情と見ると何だか気が抜けるがメンタルと言い換えればとても端的で分かり易い。どんなスポーツでもメンタルと経験値は重要だと聞くし。
ただ、それを聞いても大きな懸念が残る。
「……でも、それで邪神に勝て」
「勝てるかな」
「即答!?」
勝てるのかと言い終わる前にジャックの言葉が差し切ってゴール。着差以上の力を見せつけた。いや、それは違うか。
「君が消えなくても邪神には勝てるよ。必ずね」
「そう言うからには何か根拠があるのかよ」
「要するに保有する魔素の多寡が前提になるけどこの世界は思い込んだ者勝ち。必勝のヴィジョンさえあれば勝利は幻想から現実に変わる。変えられるよ」
「でも敵は創世の神だぞ。……正直言って勝てるヴィジョンなんてとても見えない」
「なら、僕が見せてあげるよ」
どきりとして顔を上げる。そんな事が出来るのかと、そう言おうとして。
そして見てしまう。ジャックの表情を。
ジャックは勝ちを確信した獰猛な笑みを……浮かべてはいなかった。
その代わりに穏やかな笑みを浮かべていた。それはまるで、神様のようなアルカイックスマイルだった。
「大丈夫だよ。僕が君達を勝利に導いてみせるとも。それが僕の最後の役目だ」
最後、ねェ……?




