I don't want to be forgotten!【2】
さぁ、救いをあげよう。
酒を飲む。酒を飲む。
特に美味しいとも思わないけれどグラスに入った液体を飲み下す。
「……帰るか」
「そう、だね」
会話らしい会話ははあれっきり無くなった。そしてその気不味い雰囲気を誤魔化すように飲み込んだ。
安くない代金を支払って酒場から出る。酒気で火照った頬を涼風が撫でる感覚が心地良い。だが、それとは打って変わって内心は苦いもので満ち満ちていた。久々に慣れない酒を飲んだ弊害か、それとも単にアルコール度数が高かったからか。
そんな中、その人物は現れた。
「……叶人」
アニだった。ただその瞳には一言では言い表せないような複雑な感情が渦巻いている様に見える。
「消えるって、どう言う事」
その一言にどうしようも無く皮膚が粟立った。
「どうしてそれを……?」
予めアニには付いてこない様に言っておいた。だから彼女の性格上付いてきてはない筈だ。
視界共有のせいで涙がテーブルに落ちる所は見られているかもしれないが、それは泣き上戸と誤魔化せる範疇の物でしかない。それよりも、俺とジャックの会話がどうしてアニにまで流れたのか。それが分からない。まさか、アラクネはテレパシー持ちなのだろうか。そんな馬鹿な。
「叶人が出て行く直前、喉元に糸を繋げておいた。声帯の振動で大体の会話の内容は分かる」
「……いやぁ、バレバレだったか。これは何とも恥ずかしいな」
「誤魔化さないで」
……ああ、最悪だ。考えうる最悪の事態が起きてしまった。アニにだけは知られたくなかったのに。
「ゴメン。ただこれに関しては黙っていた方が良いと思ってた。俺が消えれば俺に関連する記憶も消えるらしいし、消えなければそれでよしってさ。……傷口はなるべく小さいに越した事はない」
「そんな配慮は、要らない」
じゃあ、俺は一体どうすれば良かった?
誰にも告げないまま消えれば良かった?
……ああ、知っている。知っているとも。そんな事は。胸にしまっておいて誰にも話さないのが最善手である事位。
でも、耐えられなかった。しまっておくにはそれは余りにも大き過ぎた。何よりも自分の痕跡の一切が消えるのが、悲しかった。
全く、自分の堪え性の無さにはウンザリだ。
「そんな配慮よりも……一言『一緒に消えて』って、言って欲しかった」
「ば、馬鹿な事を言うなっ!!」
一緒に消えろ? 言える訳が無い!!
それでは一人で済む筈の犠牲が二人に増えただけだ。悪戯に被害者が増えるだけでリターンも何も無い。そんなもの、ただの心中でしかない!!
「私は何処にでも着いていきたい! 例えそれが消失であっても、叶人と同じ場所に……隣に居たい!」
激情だった。
こんなにも必死な彼女を見た事があっただろうか。こんなにも声を荒げ、張り上げる彼女を、俺は知っていただろうか。
「……俺は消えるんだよ。だからそもそも隣なんて場所は存在しないんだ」
「それでも、私は……。叶人が『消えたく無い』って悲しんでるのを、見逃したく、ない」
「悲しみ、か」
アニは優しい。けれど、その優しさは時に人をどん詰まりに突き落とす。
俺は大勢の犠牲の元で成り立っていると自覚しながら、その事実から目を背けながら生きていたく無いから、だから今こうして足掻いているのだ。ただその結果俺が消えるだけで。
……認めよう。これは自己矛盾だ。
自分が悲しみたく無いから、自分が悲しくなる手段を取る。これを矛盾と言わずに何と言う。
分かっていた。分かっていたからこそ、目を逸らした。
時間的余裕は無い。案があってもそれが果たして正しいという確証が無い。そもそも『デイブレイク』共を相手取れる位の練度があるのかも分からない。だからインスタントにこれを回答とした。
「でもな、その悲しみは消えるんだよ。確実にな」
「それは……言い訳。……諦めないで。……悲しまないで。……無理、しないで」
「じゃあ、どうしろってんだよ」
一ヶ月で劇的に肉体も精神も強くなるのはアニメやゲームの中のキャラクターだけだ。現実はそんなに甘く無い。ましてや、今回みたいに創生神を相手するとなれば尚更。殺さずに倒すなんて余りにも至難だ。いや……それは最早不可能の領域に近い。
「……分からない。けど、これだけは言える」
ナニカが頬に触れた。それは指にも似ていたが、頬に触れたそれは指ではあり得ない位硬質で、けれど暖かかった。
「ココロは、肉体を越える……よ?」
頬に触れているそれは蜘蛛の脚だった。
アニの背から、蜘蛛の脚が生えていた。
「魔獣化……!?」
しかしアニは首を横に振る。
「近いけど、多分違う……と、思う。叶人を守りたいと思ったら勝手に生えてきた」
アニも何が何だか分かっていない様で背中の脚をカタカタとリズミカルに動作させる。その様子を見ていると何だかおかしくて、何だかシリアスな風ではなくなってくる。
「これ、多分魔素で出来てる?」
「魔素って事はやっぱり魔獣なんじゃないのか?」
「……絶望が呼び水で、意思の指向性が、カタチになってる?」
問いかけてみるが返答は要領を得ない。
しかしその独り言の齎した変化は劇的だった。
「ああっ!!」
ジャックが、何かを思い出したかのように急に大声を出したのだ。
「そうか、そうだよね。この世界はイデアを基に再編された世界。だから根幹は似通っていて当然なんだ」
「……ジャック?」
「叶人、悲しんでる場合じゃないよ! 大事な事が分かっちゃったかな!」
「この世界のルールは、全くのハリボテだよ!!」




