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A self-selected ending【3】

 ……気持ち悪い。

 ネイファの宿に戻るべく、一人で森を抜けようと奮闘していたのだがその体調は悪化の一途を辿っていた。

 初めはセンパイを振った自己嫌悪だと思ったのだが、どうやらそうではないらしく。頭痛に目眩、吐き気に倦怠感が次々と連続して起こり始めた。病は気からと言うがあまりにも実害のありすぎる症状に「これ何かしらの病気なのでは?」と考えを改めたのがつい数分前の事。

 現在も出てくるモンスターのお相手をしたり逃げたりしつつ文字通り頭を抱えていたりする。


「異世界式病原菌とか、笑えないんだよなぁ……」


 世界変われば菌も変わる。地球の菌に慣れ親しんだマイボディーは案外この世界の常在菌に対しての抵抗が弱いのかもしれない。

 いや、そもそも今の俺はモンスター。人間的な理論が通用するのかは全くの謎だ。


「ああ、早く帰って血が飲みた……もしかしなくとも原因これか」


 何の気無しに言った独り言で自覚する。

 これ、貧血(と言っても良いのか非常に難しいところではあるのだが)やんけと。


 俺の種族はアラクネ。異種族を同族に変え、自分が死んだらパートナーも死ぬという倫理的に色々とヤベーモンスターなのだが、アラクネには定期的に体液……主に血を交換しないと発狂して血を飲まないまま数日が経過すると死ぬというとんでもない制約、否、習性がある。

 俺が地球に居た時間は一日程度。その時は人間に戻っていたから何ともなかったが色々と元通りになって血を吸わなかった空白期間の揺り返しが今来たのだろう。数日間血を断てば発狂死するのだし僅か一日でこうなるのも頷ける。


 だが、それは頷けるだけであって。

 現状でそれはとんでもなく不味い。夜の森、一人きり、畳み掛ける絶不調。何も起こらない筈もなく……。


「幾ら何でもモンスターのお連れ様多過ぎるだろ……」


 こちとら魔法一つ打つのも億劫な身。それでどうこの物量を乗り越えろと言うのか。完全に詰み、というわけでこそ無いものの打開の手段が見当たらない。

 こんな時にオルクィンジェが居たら良かったのだけれど今のオルクィンジェは前とは違って完全体。自身の肉体を取り戻した状態なので助けてオルえもんは出来ない。


 そんな訳で第三者の助力が大いに欲しい場面なのだが。


「叶人ぉぉぉぉたーすーけーてぇぇぇぇぇ!!」


 見慣れたパンプキンヘッドがモンスターをぞろぞろと連れてこっちに逃げ込んでくる展開はノーセンキューだ。

 クルリと身体を反転させるとそれまで相手していたモンスターなんかまるで気にせずに逃亡する。

 しかしそこはジャック。最短ルートで俺の最高速に追い付くとそのまま並走……いやこの場合は並浮遊になるだろうか……した。


「何で真っ先に見捨てるのさ!?」


「単純に色々と限界が近くてついな」


「その割にはダッシュの速度とんでもなかったよねぇ!? ……って、あれ、本当に顔色悪いや」


「ああ、端的に言って貧血だ」


 今に始まった事では無いが頭がガンガン痛む。もしステータスが視認出来るのであれば一秒経過する毎に物凄い勢いで減少するHPを見る事が出来るだろう。


「ぐっ」


 余りの痛みに視界が歪む。それに伴い段々とケイデンスが落ちて行くのが分かる。


「不味いかな! 今速度を落としたら……!」


 俺の背後は魑魅魍魎達による楽しい楽しい跳梁跋扈。追いつかれたら最後軽く死ねる。


 そんな中一際視界が大きく歪み、足がもつれてしまった。

 幸い転倒には至らなかったもののその一刹那の間に差が詰まりモンスターが迫って来る。


 そんな時――。


「助け……要る?」


 それは場違いに緊張感の無い、けれど心に沁みるような優しく温かな声だった。

 声の方向を向くと、返事をするまでも無くモンスターを屠る小柄な影があった。


 それは薄桃の豊かな髪を背中まで伸ばして、エキゾチックな黒い服に身を包んだ可憐な女性ヒトだった。


「それじゃあ、頼んだ。アニ」


「ん、任された」


 そう言えば彼女と出会った日もこんな風だったか。あの時はお互いに本当の名前なんて名乗らずにいたのだっけ。

 けれど今は分かる。今は知っている。

 彼女の名前も、彼女の過去も、彼女の癖も、彼女の願いも、彼女の罪も。

 彼女の全てを知っている、だなんてそんな事は言えない。そう言うのはきっとこの上無く傲慢な事だから。けど、少なくとも出会った頃より俺はずっと彼女の事を知っている。それだけは確かだ。


 彼女はあの日と同じように腰に帯びた二本の短剣を構えるとモンスターの密集地帯へと飛び込んだ。


「さてと、アニが頑張ってんだ。こうしちゃ、いられないよな!」


 心を奮い立たせる。

 不思議と先程まで俺を苛んでいた頭痛は嘘のように軽くなっていた。


「『超覚醒』」


 身体が音もなく炎上する。青く発火した四肢は闇夜を明るく照らし出し、俺に更なる活力を与える。


 今度は見惚れない。だって俺が隣に立つのだから。

 言葉は無かった。ただ言外の理解だけがそこにはあった。

 素手でモンスターを引き裂き、蹴り飛ばす。時にはアニの張った糸を利用して縦横無尽に跳ね回る。そして追い込んだ敵は即座に絡め取られては絶命する。

 こうなれば、敵など最早無いに等しかった。



♪ ♪ ♪



 最後のモンスターを倒すと『超覚醒』を解除する。何というか、テンション高めで戦闘したからか消費カロリーが激しい気がする。

 吹き出す汗を拭いながら一息ついていると、


「ん、お帰り」


 お帰り。その一言で俺は自分の居るべき場所に帰って来たのだと再認識する。

 だから万感の思いを込めてこう返事する。


「ただいま……!!」


 アニは笑った。花のような可憐な笑みだった。その笑みを浮かべながらしゅたっとヤケに機敏な動作で俺に近付くと。


 かぷり。


「あうちっ!」


 首の付け根の辺りでこそばゆいような痛いような、それでいて何だか気持ち良い感じもする様なそんな信号をキャッチした。

 いきなりの事に何だ何だとアワアワしていると、そのままじゅるっととんでもない勢いで内容物が吸い出されていくのが分かった。

 その吸いっぷりたるや見事なもので某WRRRRYYYYの吸血鬼が吸血した後みたいになるまいか正直ちょっと不安になるレベルだ。……それだと却って若返るか。


 そんな益体の無い事を考えているとアニが肩から口を離して小首を傾げた。あら可愛い。

 すると何か得心いった様子で自分の服をはだけさせて肩口を晒すと再度首元に顔を埋めた。


 ドクンと本能が囁く。「こちらも吸わねば無作法というもの」と。

 俺は本能に従い彼女の柔い肉に牙を添えるとそれを深く埋め込む。

 先ず感じたのは、甘さ。ゆっくり、じんわりと口の中に甘露が広がる。脳髄を直接蕩かすような甘味に暫し動きを止めるとガジッと心なしか先程よりも力強く歯が突き立てられた。


 何というか、色々と感覚が鋭敏になっているからか彼女の鼻息やら吐息が異様にこそばゆい。それに歯を突き立てるだけでは飽き足らず、血液の甘美を直接味わいたいからか舌でチロチロと舐め始める始末。ざらざらとした小さな舌が這う感触は何というかイケナイ感じがして背徳感がヤバい。

 これ、別にエッチな事では無い筈なのに。


 そんなこんな経過する事数分か、それとも数十分か定かでは無いが相互吸血は無事に終了した。

 因みにフィニッシュの時に名残惜しそうに吸い付いて来た時とか滅茶苦茶ズキューンと来た。俺の嫁は可愛い。まぁ口に出したら捕まりそうなので言わないし言えないが。


 ともあれ終わったのだが……。アニの表情が、完全に事後のそれなのだ。頬が上気していて呼気も荒い。これで宿に戻ろうものなら確実に勘違いされる事請け合いだ。

 さてどうしたものかと頭を悩ませていると、複数人の視線を感じたような気がした。

 最初は討ち漏らしかと思ったのだがところがどっこいモンスターにしては視線の質が何というか生暖かい。何というか、こう……テレビの前でパンダの交尾を見ている時のような。そんな類の生温かさだ。

 嫌な予感がして視線の方をに目を寄越すと、こっそりと隠れる旅団メンバー全員の姿が見えた。


「……っっっ!!?」


 見られた。瞬時にそう直感する。余りの恥ずかしさに頬がボンっと燃え上がる。


「あー、せやな。夫婦仲が良いのはええ事やと思うでウン」


「凩に同意だ。仲は良いに越した事は無い」


 気不味そうに視線を逸らす凩と真面目な顔で頷く篝。


「……無事に帰還したらしいな。あの邪神の言だ。戻って来ても廃人とかしているのではと思ってもいたのだが杞憂なようで、その何だ。何よりだ」


 ツンケンしながらも帰還を喜ぶオルクィンジェ。……しかし視線を一向に合わせてはくれないのは一体どういう事なのか。


「にしても、貴方も純粋と言うか何と言うか。ここまで来たら押し倒して野外でコトが始まるんしゃないかとちょっと期待したのだけれど」


「どんな期待の仕方してんだよ!?」


 あっけらかんと、悪びれる様子も無く言い放つ唯。


「ま、まぁ、これでメンバーは全員揃った事だし万々歳かな!」


 宥める様に言うジャック。しかしその頭部はオレンジというよりも赤……いや、ピンクにも近い色合いをしているのが夜でもハッキリと見て取れる。


 判決、皆ギルティ。


「けんど、見せ付けてるあんさん達もあんさん達やろ。ワリャは悪いとは……ちょいとばかししか思っとらん」


「見せ付けるってなぁ……」


 やる方が悪いのか将又見る方が悪いのかについては度々問題に挙がるが、これに関しては見る方が圧倒的に悪いだろう。だってやらないと死ぬし。

 そんな事を考えていると、ととと、とアニが近付き。


「ん。これで、全員ぎるてぃー」


 ちゅ、と血の紅の残る唇を俺の唇に重ねて来た。

 小悪魔の笑みを浮かべる彼女をそれでも愛おしく感じてしまうのは惚れた弱みか。


「敵わないな……全く」


 締まらないなと思いつつも、これで良いのだと、いや、これが良いのだと。そう思う俺がいた。




 世界崩壊まであと一か月。

 現在の生存者

 【幻想旅団ファンタジー・ウォーカー陣営】

 叶人、ジャック、オルクィンジェ、アラクニド、凩、篝、唯

 計七名


 【デイブレイク陣営】

 エクエス、シュヴェルチェ、クロエ、テテ、ニャルラトホテプ

 計五名

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