A self-selected ending【1】
私はユメヲカケルぞぉぉぉぉ!
少しの酩酊感。その中で目を薄く開くと、そこは焦土と化した森の中だった。
ただ所々地面が綺麗に抉られており、その事からここが清人と戦った場所だと分かった。
「戻って来れたのか」
その事に少し安堵する。けれども地球で一日以上が経過したのもあってこちらでどれ程の時間が経ったのかがイマイチ分からない。
皆は、無事だろうか。あの場にはニャルラトホテプがいた。性格上直接的に何かしたりはしないと思うが確証は無い。油断は出来ない。
「おやおや、折角引き戻して差し上げたと言うのに随分と信用がありませんねぇ。悲しい事この上ない」
不意に、甘いテノールが聴こえて来た。それに対して一瞥する事もなく言い返す。
「信用してるよ。お前の性格の悪さと刹那気質は」
そう言うと暗がりから現れ出たニャルラトホテプは「人外ですねぇ」と肩を竦めた。
ただ口ではそう言うものの堪えた様子は無い。寧ろ口元にはニタニタという嫌らしい笑みが浮かんですらいる。
「それで、皆は何処だ」
「ああ、お仲間の皆様でしたら丁度貴方のいる位置、冷たい地面の中――」
「センス無い冗談言うなよ。で、何処に居る」
「今頃はジャックも含めて全員ネイファの宿で休息を取っているかと。貴方の心配するような事はございませんとも。神様のお墨付きです♪」
お前は神は神でも邪神だろうが。そんな嫌味を喉元に留めておく。言ったところでこの邪神は何も変わらない。いや、寧ろ嬉々としてそれを肯定するだろう。不毛だ。不毛なだけだ。
まぁ、聞きたい事も聞けた。となればこれ以上ここに留まる必要はあるまい。
そう考えて踵を返すと、
「にしても、貴方随分と酷い人になったものです。貴方の復帰に人知れず一役買っていた人を振るだなんて」
その言葉に思わず足を止める。
酷い人。全くもってその通りだ。そこに間違いなど無い。だが、それをよりにもよってこの邪神に指摘されるのは腹立たしい気分になる。
「それを帰還条件に設定したのは、お前だろ」
ジャックを人型にした挙句地球に送り込み、俺を連れ戻すのに条件を設定出来る奴なんて、そんなものこの邪神をおいて他には居ない。
「いいえ? 私は『貴方が自身のアイデンティティーを取り戻す事』をこの世界に戻る条件として設定しましたから別に綿谷さんを振る必然性はありませんでしたよ♪」
「でも必要性はあった」
アイデンティティーを取り戻せばOK? ああ、確かにそうだろう。だが、その論にはとんだ大穴が空いている。
確かにあの場に於いてセンパイを受容する事は出来ただろう。しかしそれは杉原叶人であって杉原叶人の選択では無いのだ。
俺は何の為に唯の告白を拒んだ。アニの手を、アニの手だけをしっかりと掴んでいたいからだ。
俺は視界に入るもの全てを幸せに出来る器じゃないと分かっているから。だから一人を選んだ。
その選択を覆す事は杉原叶人を取り戻す事に繋がるのか? 否だ。断じて否だ。寧ろそれはアイデンティティーを取り戻す事の対極に近い。
そしてその事をこの邪神が分からない筈がない。
「しかし、その拒絶を以って貴方のは真の意味で杉原叶人となった。杉原清人という偽りの仮面を脱ぎ捨て『世界』に挑むに足る挑戦者、否、旅人となった。私はその事を心より祝福しますよ♪」
心の籠らない賛辞が意味もなく鼓膜を伝う。
否定は、無かった。つくづく性根のねじ曲がった神だ。こんな神の掌の上で踊らされているのかと思うと腹立たしさで自然と目付きが険しくなる。
「おやおや、随分とご機嫌斜めなご様子ですね。しかし邪神とは言え創世の神の賛辞。少し位は誇ってもバチは当たらないと思いますけども」
チッと、舌打ちを一つ。
しかしそれを気にもせず「さて、そんな事はさておき」とニャルラトホテプは続ける。
「貴方に最後のお知らせを。……艱難辛苦を乗り越え超人に、満貫成就に至らんとする者よ。裁定の刻来れり、審判の刻来れり。これより始まるは『六陽』の残存と貴方達『幻想旅団による苛烈なる殺し合い、即ち鮮血乱舞の殺戮遊戯。臆せば一月も経たぬ間にアースとイデアは絶滅し、勇気を以て挑めど貴方は報われる事無し。さてさて、貴方は一体何を選ぶのやら」
「……俺は」
「ああ、この場で答えは受け付けません。ただ、挑むというのなら、その時は魁星都市ヒュエルツ・イェン・ヒェンにて手厚くおもてなし致しましょう」
言い残すとニャルラトホテプは夜闇に紛れて消失した。
「……最悪な気分だよ、本当に」
ミホノブルボン二体目出てウレシイ……ウレシイ……。




