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Don't give up【1】

 ――この世界で、聞こえない筈の声が聞こえた。

 その声を聞き間違える筈が無い。俺たちを東大陸にまで導いてくれた大切な仲間の声を、聞き間違える筈がない。


「ジャック……じゃ、ない?」


 振り向けばそこには――ボロマントとカボチャ頭の代わりにオレンジのキャップと紅葉色のパーカーを着た見覚えの無い小柄な少年が立っていた。

 ジャックだと確信していたにも関わらずこの体たらくとは、団長の名折れだ。いや、そもそも今の俺はもう団長では無かったか。……どうでも良いか。


「人寂しさに幻聴まで聞こえるなんて、俺も相当ガタが来てるっぽいな」


「幻聴なんかじゃ、無いよ」


 再びスマホに視線を落としたその瞬間、少年はそう言った。驚いて顔を上げると少年は「やぁ、少し見ない間に随分と酷い顔になったね」と、聞き慣れた声で毒を吐いた。


「ジャック、なのか? でも、どうして」


「決まってるじゃないか」


 涙で視界がボヤける。もう会えないと思って諦めていた。それがどう言う訳か俺の前に立っている。それがどうしようもなく嬉し――


「腑抜けた君の横っ面をぶん殴って、君自身を取り戻しに来たんだよ」


 パシンと乾いた音が響いた。

 次いで頬の辺りに久方振りの痺れるような刺激が走る。


「っ――いきなり何するんだよ!?」


 いきなりの行動を咎めるような目を向けると、そこにはいつもとは違う、失望感を滲ませた表情が見えた。


「君こそ何のつもりなのかな、この体たらくは。仲間が居なくなった途端卑屈になって! 諦めて! 拗ねて! それが『幻想旅団』を率いる団長? それが妻を持った男の所業? 冗談じゃない! ふざけるんじゃないかなっ!!」


 容赦無い言葉がひび割れた心を強かに打ち据える。

 情け無い事は、否定出来ない。だが、だがな……

!!


「勝手言ってんじゃねぇ……っ!!」


 こっちの都合も少しは考えやがれ。

 お返しとばかりに平手でジャックの顔を殴る。


「……なぁ、此処には何も無いんだ。希望も絶望も、守りたい人も、仲間も、帰る居場所も、杉原叶人って存在そのものも!!」


 この場所にあるとするならば、それはきっと空虚と閉塞感。ただそれだけだ。

 この世界には杉原清人の居場所は確かにある。俺が折り合いをつけて正真正銘の杉原清人として振る舞えば生きる事自体は何ら難しい事では無いと思う。

 けれど仲間と共に育んだこの自我が声高に叫ぶのだ。『迎合するな、お前は叶人だ』と。

 それに、清人の死ぬ間際に見せたあの安堵にも似た表情を思い出す度どうしようもなく心が締め付けられる。

 こんなザマで俺は一体何を為せば良い?


「……殴ったならもう気は済んだだろ。俺はこれから大学の授業があるんだ。じゃあな」


 そう言うと大学方面に行く電車の方へと歩き出し――


「はぁ、全くやれやれかな。案内人として口を挟ませて貰うけど、君の行くべき場所はそっちじゃなくてぇ」


 グイッと逆方向に手を引かれ、そのまま力任せに反対側に停まっていた電車の中に引き摺り込まれた。


「こっちだ!!」


「なぁっ!?」


 電車から出ようと思ったが時すでに遅し、発車のベルが鳴り響く。その事実に呆けていると数瞬の後に電車が、発車した。


「ちょっと待て!? ジャック、お前なんて事してくれてんだよ!! と言うか何のつもりだよ!!」


「何のつもりって、それは最初から言ってるかな」


 ジャックは殴られて赤くなった頬のまま悪どい笑みを浮かべると、


「僕は君自身を取り戻しに来た、ってね」


 堂々とそう宣言した。

 そして電車に揺られる事十数分。


「おいおい、どう言うことだよ」


「どう言うことって言われても見た通り、としか言えないかな」


 俺とジャックが降りた駅には大量の人の影があった。それもその筈。この駅は乗り換えやら何やらがとてつもなく便利な上周囲には有名なデパートまであるのだから。

 それはさておき俺は今、駅から数分歩いた所にあるオタク御用達の店――アニメフレンズの前に立っていた。


「どうしてオタッキーな店に来てるんだよ!?」


 あれだろうか。俺自身を取り戻すとは俺の内に秘めるオタク君を呼び醒ますという意味だったのだろうか。


「それは勿論、君を杉原叶人に戻す為に必要だから。通過儀礼イニシエーションと言ってもいいね」


 ジャックはYESともNOとも言わないままズンズンと店の中に入って行く。

 にしてもアニメフレンズ。前は足繁く通っていたのだが異世界に行ってからは暫くご無沙汰だった二次元の店。行けなくなって一年も経ってはいないが何だかひどく懐かしい気分になる。


「……まぁ、行ってみるのも一興か」


 どうせ今から戻ったところで授業には間に合わないだろう。幸い出席の回数は充分に足りている。一日くらいのブッチなら構うまい。

 そんな風に一抹の不信感を抱えながら俺もジャックと同じに入店した。


 先ず感じたのは特有のサブカル臭だった。明るい店内にアニメやゲームのポスター。そして流れるアニメの楽曲。


「何か、戻って来た感あるな……」


 ポップミュージックやアニソンなんて異世界には存在しなかったし、マンガやアニメなんかの文化もあっちには無かったのもあり感傷的な気分になる。……感傷のハードルが下がっている感じは否めない。


「さてと、来たね叶人。それじゃあ堪能するのもそこそこに早速だけど君を取り戻しに行こうか」


「それで、具体的には?」


「先ずは三階に移動すべし。話はそれからだよ!」


 するとジャックはタァッと階段を駆け上がる。

 一階が本とかのコーナーで、二階がアニメやCD。ただ三階はそこまで行った覚えが無い。

 何かあったっけと思いながら追従すると。


「これ、は……」


「見ての通り、コスプレグッズ売り場かな!」


 日常生活では着用しないであろう服達が、売られていた。成る程、どうりで此処に来た記憶が無い訳だ。

 二次元を嗜む身ではあったがその実コスプレだけは履修していなかったのだから。


「それで、ここで何をする……」


 いや、まさか。

 はっと気付いてすかさず俺はそれを目で探した。

 ジャックがここに来たからにはきっとアレがある筈だ。


「気付いたね」


 ニヤリとジャックが笑みを浮かべた。

 探してみれば案の定それはあった。白いシャツブラウスに、濃紺のベスト、それに真っ赤なリボン。

 ……これらは言ってしまえば所詮コスプレの衣装の寄せ集めに過ぎない。しかし俺にとっては全く別の意味を持つ服だった。


「形から入れって訳、か」


 霊衣。俺が異世界でずっと身につけて来た一張羅にして戦装束。


「君がこの世界に於ける自分のアイデンティティを失っているのは、何となく分かるかな。この世界に於いて杉原清人の居場所はあっても杉原叶人の居場所は無い。なら、作れば良いのさ」


 正直、何故今それが必要なのか問いたいところではあった。しかしその衣装を手にして思ったのだ。

 ――もう一度、これを身に纏って杉原叶人として旅に出たいと。

 段々と口角が上がっていくのを自覚する。きっと今の俺は笑みと言うには余りにも好戦的な表情をしている事だろう。


「居場所は自分で作る。至言だな」


 で、あるならば、俺が……杉原叶人が言うべき言葉など既に決まっているようなものだ。


「ああ、良いぜ。やってやんよ……!!」


 他の人間の目からしてみればコスプレを始めただけに映る事だろう。だがそんなものは関係無い、他人の目などに臆して何が幻想旅団の団長か。

 これは俺が俺を取り戻す為の通過儀礼、今しがたそう決めた。


「覚悟を決めたみたいだね」


「ああ、覚悟完了だ」


 衣装の購入を決意し意気揚々とレジに進軍する。

 ……するのだが、その途中で何やら不吉な物が見えてしまった。


 意外ッ、それは値札!!


 まぁ何が起きたか簡単に要約すると……コスプレの衣装って、高いよな。

 普通に学校に行って帰ってくる事のみを想定していた財布にコスプレの代金など入っている筈もなく、俺の覚悟は金銭という大前提に敗北を喫したのだった。


「何だか締まらないねぇ……」

 

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