Want to be lover【5】
スキルのスクロールを手に入れる為に比較的危険度の低いとされているクメロの森から遠い場所でモンスターを相手にレベリングをしていた。
「追加二体! 来るよっ!!」
迫るスライムの軟体を蹴散らしながら杖を振るう。
モンスター狩りは開始から凡そ二時間程度が経過していた。倒したモンスターの総数は二十体を超え、体力にも限界が見え始めている。
けれども肝心のスキルのスクロールはまだ得られておらず、少しずつではあるがジャックも俺も焦りを感じ始めている。
「まだ出ないのか…っ!」
モンスターのドロップするスクロールから何のスキルを習得出来るかは完全な不確定要素でギャンブル性が強い。強いスキルが手に入れば大きなリターンになるが、弱いスキルでは労力に見合わないのだ。
今更ながらモンスター狩りよりギルドで買ったほうがベターな選択なのではないかと思い直す。
だが、ここまで来たら後には引けないのもまた事実だった。ゴブリンのコロニー拡大に伴い住処を追われたモンスター達が押し寄せて比較的安全と言われているここですらデスマーチの様相を見せているのだ。一度飛び込めばモンスター達が無我夢中で殺到して来る為抜けるに抜けれない。
「はぁっ!!」
スライムに本日何度目かの突きをお見舞いするとスライムの残骸を踏み越えて後続が湧いてくる。
「マジかよ……」
ジリジリと削られていく体力。敵が増える度に募る焦燥はゆっくりと確実に被弾を増やしていった。
このままでは程なくして押し負けてしまうだろう。
殺到が雑踏へと変わるシーンがハッキリと思い浮かぶようだ。
そんな時――。
「助け……要る?」
それは場違いに緊張感の無い声だった。
声の方向を向くといつのまにか一人の少女が立っている。
薄桃の豊かな髪を背中まで伸ばして、エキゾチックな黒い服に身を包んだ可憐な少女。
しかしその赤い瞳は一種異様な光を放っていてピリピリと痺れるような危うさがあった。
一瞬、彼女のそんな姿に見惚れている間に迫ったモンスターは――しかし少女に触れる事なくその肉体を粒子に変えていた。彼女がきっと何かをしたのだろうが、俺には何が起きたのかが分からなかった。
ただ、彼女が可憐な見た目に反してとんでもなく強い事だけは理解出来た。
「頼んだ!!」
気付けば意地も外聞もかなぐり捨てて叫んでいた。
「ん、りょーかい。可及的速やかにぼっこぼこにする」
そう言うが早いか、薄桃の少女は腰に帯びた二本の短剣を構えるとモンスターの密集地帯へと飛び込んだ。
ビスクドールのように端正な無表情のまま少女はモンスター達を瞬く間に蹴散らしていく。
「あの子凄っ!?清人の百倍強いんじゃないかなぁ!?」
ジャックの口からも驚嘆と、俺のディスりが混じった台詞が飛び出すくらい、その少女は圧倒的だった。
そう、圧倒的な――殲滅力。
腰に帯びた二本の短剣を両手に構えて、自ら動く事なく来たものを剪断していく。その姿はこれ以上なく無双という言葉が似合っている。
だが、それでも撃ち漏らしは出る。
「俺もこうしちゃいられないよな。ここで前に出なきゃ男じゃない!」
「いや、女の子に頼る時点で男らしさなんて皆無な気がするんだけどねぇ……」
細かい事は気にしない。
見ないふり、聞かないふりこそ俺の本領なのだ。
少女が撃ち漏らした敵を杖で粉砕していく。コンビネーション、だなんて上等なものではない。邪魔にならない程度にチクチク殴るだけのお仕事だ。
「……これで、終わり!!」
少女が最後の一体を仕留めて戦闘は終了した。
「ありがとう、正直めちゃくちゃ助かった」
「ん、この程度よゆー」
俺が深々と頭を下げると少女はそう言いながらビシッとブイサインを作って上機嫌そうにしていた。
ただこれだけでサヨナラというのも少し気が引ける。
本来俺はスタンピードで死ぬかもしれない危機的な状況にいたのだ。それを救ってくれた命の恩人にありがとうの一言だけで済ますのは良心が咎めた。
しかし、どう切り出したものか。
「あ、あのさ」
「何?」
「今回は本当に助かった。それでさ、駆け出しの冒険者だから大した事は出来ないけど……何かしらお礼がしたいんだ。命の恩人だし」
冒険者、と聞いて少女は初めて眉根を寄せて人形のような表現を崩した。だが暫く俺を値踏みするような目で見ると……小首を傾げた。
「……?」
「えっと、どうかしたか?」
少女が怪訝そうな顔で此方を見るので顔に何か付いているのかと思い触れてみると……ああ、額は汗でぐっしょりと濡れていた。霊衣こそ綺麗だが少し汚く見えているのかもしれない。
「殺さない?」
「ん?」
妙な事を尋ねられた気がした。一体どうして命の恩人を殺すなんて話になるのだろうか。そんな俺の困惑を他所に少女はマイペースに。
「んー。少し面白い、かも?」
なんて事を宣った。
俺の灰色の脳内は混迷を極めていて何だか完全に置き去りにされた気分だ。一体何処に面白い要素があったのだろうか。謎である。
「……お礼は後で決める。だから……明日もここに来て欲しい」
「わ、分かった」
「あと」
ずずいっと、少女が近づいて来た。
甘く落ち着いた匂いが鼻腔を刺激する。
「名前、教えて。ぷりーずてぃーちみー」
「名前? 名前は――」
不意にズキリと、脳内で凶暴な針虫が暴れ出したみたいに痛んだ。
黒く上塗りされたメニュー画面が頭に浮かび、視界がチカチカと明滅を繰り返す。
「俺の名前……は」
大きく息を吸い込む。大した事ではない。名前を言うだけなのだから。
硬い唾を飲みくだし、その名前を口にする。
「俺は――杉原清人だ」
絞り出すような掠れた声だった。
「杉原、清人……」
少女は口の中で転がすように反芻すると。
「ん、覚えた。それじゃ、また明日」
それだけ言い残して踵を返す少女を見送ると。
「……あの子の名前聞きそびれちゃったか」
そんな事を呟いた。




