Rebirth【1】
二話目にして黒幕が判明するって本当ですかねぇ…。
2019年12月21日
駅の改札を抜ければツンとした冬の空気が鼻先を痺れさせた。
雪の降る十二月、手足末節がジンと痛む。
俺は杉原清人、大学生だ。
彼女、恋人、嫁何もいない童貞である。
いるのは同じサークルの友人くらいなもので十二月の心が浮き足立つ季節にもなってテンションがイマイチ低いのも連れが居ない事が原因だったりする。
そう、十二月と言ったらクリスマス。
恋人達がその関係を一歩進める特別な日。
「……ゲームセンターにでも行くか」
――なのだが事実として俺は一人でゲームセンターに向かっている訳で。
クリスマスカラーに彩られた街を一人で歩いていると酷く惨めな気分になってくる。
暫く見慣れたアスファルトの道を歩くと目的のゲームセンターに着いた。ここだけは十二月のクリスマスムードにも染まらずにいて俺にとっては安住の地のようだった。
俺は足早にアーケードゲームのコーナーへ向かうと目当てのゲーム台を見つけて早速プレイする。
俺が好んでプレイしているのは『The Haunter of the Dark』というビジュアルノベル要素を取り入れたアクションゲームだ。
このゲームは終始ダークな雰囲気で主人公は何度も窮地に立たされては狂気に陥り、ボロボロになる。
だが、どんな場面でも負けを認めない主人公は足掻いて踠いて最後には逆転勝利を収めるのだ。
ゲーム自体はマイナーでシナリオも毎度こんな一本道仕様なのだが俺はこんなシナリオを心底気に入っていて中学生頃からずっとプレイしていた。
食い入るように画面に流れる文字を眺めながら、操作スティックを握った。ストーリーパートが終わるといよいよ戦闘パートに突入する。
ゲーム内のキャラが軽快な動きで敵を撹乱し、打ち倒していく。
「……ここだっ」
必殺技を使いながら勝利を確信して小さくガッツポーズを作る。
そしてYou Win!!の表示が出ると一息つきながら戦闘後のスキットを眺めた。
『お、おのれっ……卑怯な!!』
『勇者がブラフとかハッタリとかを使うのが卑怯だって?馬鹿かよ、やらなきゃ負ける。それにな……』
『ヒーローって言うのは己が信念の為なら何でもするもんだ。形式美なんて要らねぇ。傲岸不遜、慇懃無礼、何でも結構じゃねぇか』
そう笑って主人公はボスキャラに剣を突き付けた。
……ヒーロー、か。
己の信念の為に何でも出来たなら――あの日、俺が止める事が出来たなら。そうしたら、俺もカッコいいヒーローになれていたのだろうか。
『次も俺の旅、見てくれよな!!』
画面内の主人公がそう言うとGAME OVERが表示されて画面が暗転する。
「……」
暗い画面が映し出したのは寂しい男の顔だった。先程の勝利の余韻はすぐに冷めて現実の波が押し寄せて来る。そんな現状から目を背けるようにさっさと店を出ると幸せそうな人混みに紛れた。
心優しいサンタさんが幸せのお裾分けをしてくれないだろうかと、そんな馬鹿げた夢想をしながら。
フラフラと近くの公園に立ち寄るとベンチに腰掛けて深く息を吐く。額は熱戦の為か冬場にもかかわらず汗でじっとりと湿っていた。
暖かい飲み物でも買おうかと思い立ち上がり……それを見つけた。
それは植樹だった。ただ、それは珍しい事にクリスマス仕様なのか葉っぱまで赤と緑のツートンカラーになっている。
「……え?」
不意にその赤色が葉っぱから垂れて地面に落ちた。血が付着したみたいに赤茶けた染みがアスファルトに広がる。
それは記憶にこびり付いて離れない赤い色によく似ていた。
心臓が早鐘を打ち鳴らし、本能が逃げよと命じるままにその場を駆け出した。
道行く人々に肩をぶつけながらも前へ前へと――。
「なっ!?」
だが、運命の悪戯か、足がもつれてその場で転んでしまった。
慌てて立とうとして――首に鎌が。死神が持つような大鎌が首に触れている事に気が付いた。
薄皮が切れて血が流れる。
いつも通りのテンプレートをなぞる生活だったと思う。
いつもの友人、いつものバカ騒ぎ、いつもの帰宅風景。
何もかもが『いつもの』で満ち満ちていた。
そこに突然降って湧いた理不尽。
濃厚な死の香りを漂わせながらにじり寄って来る死神。
明滅を繰り返す視界を認めると俺は観念したように一言だけ呟いた。
「ゲーム……オーバーかよ」
「いいえ、正確にはcontinueです」
射るような、冷たく辛辣な響きを耳にしながら――俺は死亡した。
公開されたハンドアウト
・『The Haunter of the Dark』(黒幕の暗示)
・杉原清人の英雄願望
公開されていないハンドアウト
・杉原清人が何を止められなかったのか
・杉原清人の信念
該当箇所:己の信念の為に何でも出来たなら――あの日、俺が止める事が出来たなら。