Continue 【6】ーfirst partー
短くてすまない……その割には分割しててすまない。
ドス黒い血に染まった清人は、それでも、まだ辛うじて生きていた。
「清人っ!!」
俺は清人の方に駆け寄るとその身体を抱き起こす。
その身体は冷たく、そして何よりも軽かった。
「相変わらず、心配性だよ、な。お前。俺、もう死んでるんだ、ぞ……?」
確かに清人の身体は継ぎ接ぎだらけで、痛みも感じなくて、死んでいるように感じるかもしれない。
けれど、俺にとっては今ここに居る杉原清人は確かに生きて存在している。例え、本人が否定したとしても。
「そんなの関係ねぇ!! 俺は――」
「……俺に生きて欲しい、だろ。けど、さ。俺もそうなんだ。……俺はお前に生きて欲しかったんだよ。だから、俺が負けて、結果的に正解だったな」
「ふざけんな!! 俺はっ!! 俺はっ!!」
ひたりと、頬に青白い手が添えられた。血の通わない、冷たい手。けれど俺には、それがとても熱く感じられた。
「なぁ、最期にさ、子守歌、歌ってくれないか?」
「歌ったら、お前、眠るだろうが……」
歌いたくは無かった。だって確信があったから。俺が清人に子守歌を歌ったら、きっと、二度と目を覚ます事は無いのだと。
「なぁ、頼むよ。……サボロー」
ズルイと思った。そんな綺麗な顔で笑って、そんな消え入りそうな声を出して、俺をサボローと呼ぶなんて。
そんな事をされては、俺は従わざるを得ないではないか。
「……お前は、ズルイ奴だよ」
そして俺はまたボロボロと涙を溢した。サボローは清人の心の友。そして、清人の意思の代行者でもある。態々その名前で呼んだと言う事は……そう言う事、なのだろう。
「分かった。お前が眠るまで俺がずっと見ててやっから、さ。お前はもう寝ちまえよ、馬鹿野郎」
ぼやけて霞む脳裏から歌詞を引っ張り出し、既にガラガラの声帯を震わせる。拙くても、詰まっても、胸が苦しくなっても、俺は記憶に残る子守歌を歌った。
「あれ、サボロー? 何処に、行ったんだ?」
清人の様子が急変して俺は歌を止め、代わりに俺は清人の手を両手で強く握った。
「……俺はここに居る。大丈夫だ」
すると清人の身体から力が抜けた。
「ああ……そこに、居たんだな。サボロー」
身体が、徐々に光の粒になって空へと舞い上がる。それはまるで、火垂るのように。
「――――ありがとう」
微かに聞こえたそれは俺の願望が作り出した幻想か。それとも清人の心からの感謝だったのか。それは分からない。
けれど、その日確かに、杉原清人は。
「――――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!」
この世を去った。
♪ ♪ ♪
薄れ行く意識の中、誰かの姿が見えた。
「おいおい清人。そんな所で何してんだ?」
それは、数年前のサボローだった。少年時代のサボローが、そこに立っていたのだ。
「……寝てた?」
気怠さをどうにか堪えながらサボローにそう言うと「何故に疑問形?」と少し呆れたようだった。
「それより、皆んな待ってんぞ。早く行こう」
そう言ってサボローが振り向くと、そこには濃紺のセーラー服を着た唯と、唯に対していつものように威嚇するクロの姿があった。
「あれ、俺……」
気が付いたら俺は泣いていた。
そして気付く。俺はいつか、こんな風景を見たかったのだと、ようやく理解する。
強欲な事だと思う。サボローがいて、唯がいて、クロがいる。そんな結末が来ないことなんて分かりきっているのに。
「何泣いてんだよ。清人」
「……結局、俺はお前に何も残してやれなかったなってさ」
サボローに向かってそう言うと、サボローは「そんな事は無いぞ?」とあっさりと否定した。
「無意識かもしれないけど、お前はどでかい物を残した。残せたんだよお前は。今に分かる」
そして――その人物は、いきなり現れた。
「数日ぶりか。杉原清人」
くすんだ白い髪。女の子のような白い肌。そして何よりも目を引くのは髪と同じ色の翼。それは正に天使と言うに相応しい姿をしていた。
「お前は……」
「ああ、お察しの通り。お前が無惨にもに食い散らかした『魔王』オルクィンジェだ」
前に『暴食』の権能によって取り込んだオルクィンジェだった。
「さて、お前は残せていないだったか。……それは否だ。何せ、この俺が完全体となる一助となったのだからな。怪我の功名、と言うのは間違いではなかったらしい。それに駄賃がわりにお前が知り得た情報も閲覧出来たからな。結果として見れば悪くは無い」
「……そう、か」
「過程を見れば、お前は散々場を引っ掻き回しては揺れ動く優柔不断な男だったが。その最後の動きだけは悪くは無かった。まぁ俺は嫌いだがな。故に……さっさと逝け。俺が拳を振り上げる前にな」
俺はゆっくりと立ち上がるとサボロー達の方へと歩き出した。




