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Eden【2】

ちょっとスランプってるからここいらで一回原点回帰。

次回で清人編は終了です。

 蒼い炎が夜を照らしていた。

 輪天灼土。それは俺のみが使える秘奥。自身の心象で世界を塗り替える固有結界。

 どこかの物語なら大禁呪と、そう呼ばれたであろうもの。それがこの炎の正体だ。


「叶人ッ!?」


 そして俺は、音もなく炎上する。

 しかしそれで火傷を負う事も、ましてや傷付く事も無い。寧ろそれは――。


「……これは治癒と再生の炎。術者の負担と引き換えに無限に傷を癒し、再生させる力だ」


 先程喰われたばかりの脚が炎の間から現れる。

 それは『災禍の隻腕』にも似た回復の力。

 しかしその規模は俺だけでは無く展開した範囲内の任意の相手にまで及ぶ。


「俺も、回復してる……!?」


「……この世界の中では俺が指定したものは死なないし、傷付かない」


 誰も傷付かない優しい世界の構築。それが輪天灼土エデンの能力。

 俺は杖を放り投げると呆気に取られる清人の元へと肉薄し、その腹部を殴打する。


「ぐっ、まさか」


「その、まさかだッ!!」


 ブチリと腕が喰われる。しかし、喰われた腕は数秒もしない内に炎によって再生されていく。


「再生で俺の権能を無効化してるのか!」


 その通り……では無い。無効化なんて出来ていないしこの力は万能では無いことを俺はよく知っている。


「……思えば、俺たちって喧嘩を一度もした事が無かったよな」


「……そうだな」


 俺は清人を守る者だった。清人の主張こそが大事で、それに異議を唱えた事は無いし、喧嘩になる前に大体俺が折れた。故に主義、主張を根本から違える事は無かった。


「それは俺たちが同じ方向を見て、同じ結論を持ったからだ。けど今はもう違う」


 だが、今はそうじゃない。俺の掲げる願いと清人の掲げるエゴは真っ向からぶつかりあっている。話し合いによる解決は望めない。

 ではどうするか。殺し合い? 否。そんな事をする必要など全く無い。

 喧嘩すれば良いのだ。

 喧嘩出来る土壌を作ってやればそれで良い。


「だから、全力で兄弟喧嘩をしよう」


「喧嘩する為だけに誰も傷付かない優しい世界を作る馬鹿がいるかよ……」


「ああ、いるぞ。少なくともここに一人」


 空気が変わる。先程までのひりつく空気はなりを潜め、代わりに俺たちの闘気が炎上する世界を満たしていく。


 どちらからとも無く地面を蹴った。

 お互いの拳がお互いの顔面を捉え、そのままーー。


「っぐぅ……」


「っぁ……」


 お互いの拳がお互いの顔面を直撃した。ミシミシと頭蓋の軋む音がして鋭い痛みが痛覚を直接刺激する。


「ぐァァァァァッ!!」


 余りの激痛にその場でのたうち回る。


「叶人ッ!?」


 輪天灼土は『災禍の隻腕』とよく似た性質を持っている。それは傷が治ったとしても痛み自体は消えない事。そして、治癒の際に炎に焼かれる必要があるため術者は燃やされる苦痛を受けなければならない事。

 そして、他者を治癒した場合、炎による苦痛は俺のみが受ける。

 つまり、俺は自分と清人の二人分の灼熱感に苛まれる訳だ。


「二人分治すのってキッツいんだな。これ」


 誰も傷付かないそれは間違いでは無い。ただ、表面上に限った話なだけで。


「お前……」


「おいおい、心配すんなよ。喧嘩の相手に心配されてたんじゃ喧嘩にならないだろうが」


「どうしてそこまでするんだよ。どうしてそこまで出来るんだよ……」


 伏せ目がちな清人の問いに。


「結局、俺がそうしたいからだろうな」と、そう答えた。


「俺はさ、強欲なんだ。あれも欲しいしこれも欲しい。何なら全部欲しいって感じでさ。その為なら労力を惜しまない男なんだよ。知らなかったか?」


「……初耳だよ。馬鹿」


 そう言うと清人は俺の隣で胡座をかいた。

 そして「降参だ」と、そう呟く。


 瞬間――。


「ッ!?」


 清人の胸を突き破って、何の脈絡もなく腕が生えた。

 それはオルクィンジェの白い腕、ではなくいつの間にか清人の背後に現れた謎の男のものだった。しかもその手には、つぎはぎだらけの心臓が握られている。

 何が起きているのかが分からない。けれど胸の灼熱感が思考を遮る。


「ふむ、珍妙なものだ。握り潰した心臓が潰した端から再生するとは」


「お前、『強欲』かッ!!」


「いかにも。俺は『強欲』。ニャルラトホテプの命により敗者の命を――杉原清人の命を刈り取りに来た」


 急な展開に頭が追い付かない。いや、そもそも臓物を内側から直接焼かれる未知の苦痛で呻く事すら出来ない。


「叶人ッ! 今すぐエデンを止めろッ!」


「止め、られっかよ。止めたら、お前は――」


「俺は元々死人だ。もう充分なんだ。だからッ」


「美しい兄弟愛だ。しかしそれがどれ程保つかな」


 清人の心臓が『強欲』によって握り潰され、その度に再生する。その度に地獄のような痛みが全身を駆け巡る。


「清人、俺は――」


 その時、俺は無意識に何を口にしようとしたのだろうか。それは自分でも分からない。


 けれど、蒼い炎は、確かに消えた。


 そして、灼熱感から解放された俺はそれを見た。

 『強欲』と呼ばれた男によって無残にも握り潰された、清人の心臓を。

 ぐちゃり。湿り気を帯びた音が静かな森にやけに大きく聞こえる。

 飛び散る鮮血が、網膜と心に焼き付く。


「う、嘘だ。そんな、俺は……」


 また、守れなかった。また失敗した。

 理不尽には屈しまいと、絶望なんぞに負けてたまるかと、そう思っていたのに。


「さて、俺の仕事は終了だ。もう片方の命と『魔王』も奪って行きたいところだが……まだ脂が乗っていないところを奪っても仕方あるまい。たしか叶人だったか。次に会う時は俺が奪うに値する程の人間になっておけ」


 『強欲』が何かを言っていた気がしたが、何を言っているのか、よく分からなかった。


「清人、清人ぉ……」


 心が空っぽになって、涙が溢れた。

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗――。


「さ、ぼ……ろー」


「……きよと……?」

地獄^~♪

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