Want to be lover【4】
ギルドホールの空気は初めて訪れた時のように重々しく張りつめていた。
武器を手にした屈強な冒険者達、しかしその表情は苦痛に彩られていて直視出来ないような有様だった。
「皆、ゴブリンの被害者に……」
「……そのようだね」
ジャックのカボチャ頭もずっと黒皮のままで、悲痛な表情を浮かべている。
ただ、こんな事が起こり得るのかと少し疑問に思う自分がいた。
昨日は『ゴブリンが森で見られるようになった』とエンゲルさんは言っていた。
だが実際ゴブリン達は森を我が物顔で比較的浅いところにも徘徊していたのだ。
コロニーが肥大化したとは言え、こんなにも急速に活動範囲が増えるものなのだろうか?
「ちょっとエンゲルさんに話を聞いてくる」
そう言うと相変わらず過疎なエンゲルさんの元へと駆け出した。
とは言えエンゲルさんが手持ち無沙汰な訳ではなく何かしらの資料に目を落としていた。
「エンゲルさん」
「お前さんか、無事だったのか」
「はい、どうにか……。それより、一体クメロの森に何が起きているんですか」
エンゲルさんは疲労の滲む顔を俯かせた。
ゴブリンの対処に追われていたのか目の下にはくっきりとクマが浮かんでいる。
「……分からないんだよ。現状、職員や自衛団の有志達が事の真相を解明しようと躍起になってる。でも、上がった報告はゴブリンの活動範囲の拡大と、ゴブリン達の気性が悪化した位しか無い。ギルドとしても情報量が圧倒的に足りてないんだ」
「そんな……」
「それにコロニーの肥大化やらゴブリンの大繁殖は今までにもあったが、今回のこれは凶暴化やら早さやら……過去に例のない要素が余りにも多い、正に異例の事態なんだよ。こっちとしても注意喚起しか打てる手が無い」
「そう、ですか……」
前例のない事態。
『魔王』が封じられている『欠片』が出現したのに合わせて起きたゴブリンの大繁殖とコロニー拡大。これらが全くの無関係とは思えなかった。
『少しばかり厄介な事になったな』
ふと、脳裏に面倒くさそうな少年の声が響いた。声の主は『魔王』、件の『欠片』に封じられている張本人だ。
エンゲルさんに気取らないように小声で「どういう事だ」と尋ねると。
『今回のコロニーの肥大化とやらは俺の『欠片』を手にしたゴブリンの仕業と見てほぼ間違いないだろう』
薄々気づいてはいたからそこまでの衝撃は無かったが、芳しいとは言えない事態に頭を抱える。
『俺の『欠片』は所有者に過剰な力を与える。早めに回収しないと暴走して手出し出来なくなるぞ?』
「暴走……」
暴走と聞いて俺の身にも何か起こるのではないかと思ったのだが――『魔王』はいつものように鼻で笑った。
『少なくとも宿主、お前が暴走する可能性は無いだろう。暴走は俺の自我と宿主の人格が衝突する事で発生する現象だからな。お前に限ってはまずもって起こり得ない現象だ』
「……」
『とは言え、現状が不味い事に変わりは無い。どうにか『欠片』を奪わなければそれでお終いだ』
奪わなければそれでお終い。
そう言った『魔王』の口調は実に淡白で、どこか現実味が無かった。
だがきっと、奪わなければそうなってしまうのだろう。
「……奪えばいいんだよな」
『勿論だ。幸い『欠片』を持っているだけで取り込んだ訳じゃ無さそうだ。お前の考えもまるきり机上の空論とはならないだろう』
ゴブリンの恐ろしさは身に染みて分かっている。正面からぶつかる練度も度胸も無い。
だから、俺は――。
「ゴブリンから、『欠片』を盗む」
戦う事を考えなければその分だけ難易度は下がる。
ただ、問題なのが盗む為の手段を持たない事なのだが。
ふと、とある事を思い出してギルドカードをタップする。
浮き上がるメニュー画面の項目の一つを思い出したのだ。
『Skill』。
このメニューを開いた事は今まで無かったが、案外『欠片』を盗む為に必要な技能をもう既に持っているかもしれない。
そんなご都合主義な展開を期待して『Skill』をタップすると。
「……何だこれ」
表示されたのはたったの三つだけ。
『第一魔素の素養』Lv6
『災禍の隻腕』Lv–
『邪神の残り香』Lv-
灰色のフォントになっていて使用不可になっている『災禍の隻腕』は名前からして『魔王』由来のスキルなのだろう。それは良い。けれどその下、『邪神の残り香』。『魔王』もチラリと言っていたがまさかこんなものが実際に存在していたとは思いもしなかった。
見たところ完全に効果は無し、フレーバーのみのスキルで、内容も何だか腹立たしいものだった。
『かつて少年は願った。故にこの悲劇は始まった。悲劇を終わらせるのは人の意思か、将又数奇な運命か。選択の日は遠くはない』
しかも何だか妙に上から目線だなのが本当に気持ち悪い。
心を落ち着かせるように大きく息を吐く。
現状、クメロの森はゴブリンの密集地帯であり、原因はゴブリンが『欠片』を手にしたことによる超絶強化。俺達はそれを回収せねばならず、戦闘を避けるようなスキルも、真向からぶつかれるステータスも無い訳だ。
「エンゲルさん。そう言えばスキルってどうやって習得するんですか?」
「ん?ああ、スキルか。それならスキルのスクロールを手に入れるしかないな」
スクロール? と首を傾げるとやれやれと言った様子でエンゲルさんは口を開いた。
「使うとスキルが習得できる巻物で、一応ギルドでもそこそこ値は張るが売ってるぞ。買う以外だとモンスターを倒す位でしか入手できないからそこは気を付けな」
……どうやら俺の前途は多難らしい。
公開されたハンドアウト
・邪神の残り香2
『かつて少年は願った。故にこの悲劇は始まった。悲劇を終わらせるのは人の意思か、将又数奇な運命か。選択の日は遠くはない』




