Farewell【1】
VS凩遂に決着ッ!!
幾度と無くお互いの武器がぶつかり合い、その度に青い焔と共に火花が飛び散る。
「はぁっ!」
「だぁぁぁぁッ!!」
今現在俺は凩を少しだけ押し勝っていた。しかしそれはオルクィンジェの動作の模倣と今のガン決まり――仮に超覚醒としようか――の相乗効果で辛うじて優位を保っているだけに過ぎない。
いつ切れるかも分からない超覚醒状態、そして著しく体力を消耗する模倣。相変わらず早期決着を目指さなければまずい事になる事は変わりない。
「やるの……っ!」
「そっちこそ……!」
もうこれ以上切れる手札は無い。本気の凩の前にもう奇襲は通じず、お誂え向きの必殺技も無いと来た。
……となると、勝ちを狙うにはこれしか無いか。
「なぁ、凩。そろそろ疲れて来たし、お互いに次の一発で終わりにしないか」
「ワリャはようやっと身体があったまって来たところなんやけども。まぁ良いわ。乗ったる。一凩の剣士として最高最強の一撃を見せてやるわ。ただ――」
「――ワリャの一撃で、あっさり死なんといてな」
凩は肉食獣が極上の餌を目の前にしたかのような獰猛な笑みを浮かべる。
あれが、『烈風』一凩の最高最強。
ハザミと言う修羅の魔境に生まれ、只管に技と心を磨いた男の自信。
ああ、分かっている。まともに一撃を喰らったら俺はなす術なく敗北するだろう。
俺は旅人、凩は戦士。そもそも立っている土俵が違い過ぎた。
だからこそ、そこに勝機がある。
両手から噴き出る蒼炎を右腕だけに集中させる。濃密な炎を纏った右腕は肥大化し、やがて青いゴッドハンドを彷彿とさせる見た目に変化した。
「それじゃあ……行くぞッ!!」
「天津風――」
神の息吹のような、圧倒的な暴風が吹き荒れる。しかし直感的に理解できた。この技はまだ放たれてすらいないのだと。本当にとんでもない。発動の予備モーションですら本来の天津風と同等の暴風を引き起こすのだから。
「天撃ッ!!」
そして暴風は、斬撃の災害と化す。可視化された風と見紛うのは無数の飛ぶ斬撃。中に入れば最後、斬撃によって生み出された微風すらも肉を引き裂くかまいたちとなって俺を襲うだろう。
俺に逃げ場は無く、対抗出来るのは右腕一本のみ。
「『加速』ッ!!」
俺は圧倒的な暴風の中に自ら身を投じる。自棄を起こした――訳では無い。これこそが俺の持ち得る唯一の勝機だからだ。
俺は旅人。前に進む者だ。
故に、どれだけの向い風が吹こうが、その歩みを止める事能わず。
俺の右腕は殴る為の腕では無い。これは守る為の腕だ。本質としてはそれこそゴッドハンドやアイアスの盾に近い。
獣の足が躍動する。
「俺は……止まらねェェェッ!!」
炎が消えて行く。
火のついた蝋燭を暴風に晒せば火が消えてしまうのと同じように。
けれどまだ。
まだ、俺は死んでいない。
それは凩が無意識に力をセーブした証拠だ。本当ならもっと早くに右腕の守りは失せて俺は肉塊になっていただろう。凩は戦士故に弁えている。人があっさりと死んでしまうそのラインを。
戦士である凩は死を知るが故にごく僅かに躊躇った。
旅人である俺は戦う事に向かない代わりに前に進め――力が無いからこそ、全力を尽くす事を一切躊躇わない。
凩の目の前に出ると凩は目を見開いた。
「ガッチャ……良い攻撃だったぜ」
獰猛な爪は既に無く。手に残るのは一本の杖。
俺はそれを、全力で振り抜いた。
♪ ♪ ♪
「……まぁ、こうなるのは当然かぁ」
俺は宿屋のベッドで体を休めながら一人呟く。今現在炎を纏わせた四肢、取り分け右腕が酷い筋肉痛な他、天津風天撃をモロに食らったせいで全身に包帯、ダメ押しとばかりに背中に鈍痛と、とんでもない状態となっていた。
これは超覚醒の反動、と言うのもあるのだろうが最後の一発が不味かった。
俺の渾身の一撃は凩によって止められたのだ。
『ハザミ生まれの戦士を舐め過ぎや。ど阿呆』
超覚醒が切れていたとは言え、全体重を乗せた俺なりの最高の一撃はあっさりと片手で掴まれて、そのまま……ドスンと、背中から地面に叩きつけられたのだ。
『全く、我らが団長は最後の最後で詰めを間違えるから困り物やな』
そして、俺は逆ヤムチャスタイルを仲間達にこ披露する事となった訳でござい。……現実って奴はつくづく無情なものだと思った。
『ま、それを補うもワリャ達の務めかの。……団長、いや、杉原叶人。この勝負はあんさんの勝ちや。ワリャもあんさんの理想に賛同して力を貸したる。それと……色々とすまんかったの』
とまぁ戦いに負けて勝負に勝つと言う結構なファインプレーを成し遂げたは良いものの、無理が祟りまくりめでたく気絶して今に至る訳だ。
ともあれ、と巻き付けた包帯をめくる。未だに赤みは残っているが傷自体は既に塞がっている。流石にアラクネなだけあって回復が早い。
「ん、おそよ」
そんな事を考えているとお盆を手にしたアニが部屋に入って来た。
……おそよ、か。おはようの遅いバージョンだろうか。およそと空目しそうな字面だ。
「お、おそよ……?」
「ん。ご飯持って来た」
「おお、助かる」
そう言えば今日はお昼はまだだったか。そう認識すると急に腹がぐぅと空腹を訴え出した。
それで、持って来てくれたご飯を見てみると……。うん。成る程。
創作物だと黒こげの料理を出すヒロインが一定数存在する。料理下手だったりするとキャラクターが立つし、差別化し易い事からその手のキャラは結構多い印象だ。
で、だ。中には味覚がおかしくてマヨネーズをドバドバダバーしたり、料理に自分の愛の蜜を入れたりするキャラもいたりする。
ではアニはどうか。
料理自体は多分普通だと思う。
けど見た目が明らかにこう……かなりブラッディなのだ。
「これって、血だよな」
「ん、早く治るように入れた」
アニはニコニコと答える。
ヤンデレものの作品に出る料理は血が混入しがちだがこれは違う。掛かっているのだ。血が。
世間一般の人間が見ればSAN値が削れそうな食事だが――。
「……やっぱりめちゃくちゃ美味い」
俺にとってアニの血は甘露。これが不味かったりする訳がない。
俺は出された昼食を残さずペロリと平らげた。人間の倫理観が行方不明になりつつあるがこの際無視する。
「御馳走様でした」
「お粗末様」
……この後、ジャックに『お嫁さんの手料理はどうだったのかなぁ』なんて事を聞かれたので正直に答えたらめちゃくちゃドン引きされた。




