We cry "OPEN"【1】
翌朝、俺はアニによる頬ツンで目を覚ました。その時は思考が回っていなかったせいで何の感慨も湧かなかったのだが改めて考えるとあの『頬ツン』だ。朝からてぇてぇが過ぎる。なんなら朝からてぇてぇの過剰摂取で尊死するまである。
……とは言え、今日はかなり重要な日になりそうなので緩みがちな表情を引き締める。
昨晩、流れに身を任せた結果俺の勧誘は破談となり理想の実現に一歩遠退いてしまった。
俺の理想が机上の空論に過ぎ無い以上、結果が出せていない現状はかなり辛いものがある。
「……今から緊張してもしょうがないところではあるんだけどな」
何がともあれここは仲間の意見次第なところもある。最悪の想定はするにしてもまだ腹を括る場面では無い。その筈だ。
「行くか……。アニ」
「ん、りょーかい」
さぁ、ショーダウンと洒落込もうか。
♪ ♪ ♪
宿屋を出てから適当な場所で仲間達と合流した。流石に衝撃のカミングアウトから一日が経過しただけあって露骨に酷い顔をしている者はいないように見える。
だが所詮は見えるだけ。世界の行く末を双肩に掛けられた精神的な負担は計り知れない。
ゴクリと硬い唾を無理矢理飲み下しながら俺は口を開く。
「さて、ここで一回、幻想旅団の取るスタンスについて話し合いがしたい」
視線が、突き刺さる。覚悟していたが相当な重圧だ。世界の命運を決める世界一物騒な多数決の司会と言うのはやはりそう甘くは無い。
早くも沈黙が生まれそうになったその時、
「まぁ、そうなるわよね。どちらにしろ話し合いをしないまま現実逃避したところで無為に時間が過ぎるだけ。意見を早期に纏めておくこと自体に反対意見は無いわ。他はどうか知らないけど」
唯は皮肉気にそう口にした。
これで閉口ムードもある程度払拭され続々と賛同の声が上がる。
だがこれはあくまでも話し合いのテーブルに着く事を確認しただけに過ぎ無い。問題はここからだ。
「先ずこれから話し合いをするにあたって二つ約束を決めておこうと思う」
「約束?」と怪訝そうな視線が向けられる。
「一つは『意見を頭から非難しない事』。二つは『発言の機会を平等にする事』だ」
「そろは多方面に弓を引く選択をした人がいた場合、非難を恐れて意見を話さないなんて場面が想定出来るからそれのケアって感じ……かな」
「イグザクトリィだジャック。……今回の件は重要な選択になる。だからこそここにいる全員の意見を聞く必要があると思う。だから一応最初に言っておこうと思ってな」
これは建前だ。
ジャックは納得している風だがこの約束にはもう一つの意図がある。
それは『俺の意見を聞いて貰う』為。少々前にも言ったが俺の意見は確証が無い。そして確証が無い以上机上の空論と突っぱねるのは容易い。だから先手を打った。
「成る程、それなら私もそれに賛同しよう。尤も、世界の命運を決めるこの場に於いて意見を言わない者が出るとは考えてはいないが」
「ワリャもそれで良い。ほいで、誰から話すん? 言い出しっぺのあんさんからになるんかの?」
一難去ってまた一難。俺としては突飛な話を初手から話すのは憚られた。それに先の約束の意図を気取られるかもしれないと考えると一番は避けたい。
「今回は私から発言良いかしら」
ここで助け舟を出したのはまたしても唯だった。
そして――爆弾が投下される。
「私は地球かこの世界か、で考えるなら、この世界が滅んだ方が良いと思ってる」
唯が堂々とした態度で告げるのはこの世界を滅ぼし、イデアと地球を救う選択肢だった。
「理由は二つあるわ。先ず数の問題ね。一つより二つが良いのは自明。そして、二つ目。これはかなり個人的な感情なのだけどーーニャルラトホテプの全部思い通りですって感じのニヤケ面してるのが気にくわないからね」
そこで一旦区切ってから「考えてみて頂戴」と続けた。
「例えばこのまま何もしないでいればニャルラトホテプは嬉々として地球が滅ぶ様を見続けるでしょう。そんなの、気持ち悪いと思わない? だから可能か不可能かは置いておいて殺しておきたい。こんなところかしら」
……唯らしい意見だと思った。
何というか、木より森を見ているようでその実絶対的な個――個人の感情を強く意識している。
「僕も同意見かな。この世界が滅びたとしても僕なら導き手としてこの場に居る全員はイデア経由で地球に逃がせるかな。……まぁ、僕の言を信じてくれるかは分からないけど」
……現状唯とジャックが地球寄りか。こう言っちゃなんだが唯はこの世界を選ぶと思ったから少し意外だった。地球で碌なことが起こらなかっただけにこの世界を選ぶ可能性大だと踏んでいたのだが良い意味で裏切られた形だ。
とは言え――。
視線を横にズラすと、そこには旅団の誇る最大火力コンビの凩と篝。
彼らはこの世界の人間だ。となると、この世界を選ぶ選択が出る可能性が高くなる。そうなると少し……いや、かなり難しい。
ここで一旦情報を整理しよう。
先ず俺が狙うのはズバリ『ニャルラトホテプを倒す事』。死亡と連動してこの世界が爆発されるなら何らかの方法でニャルラトホテプを打倒する事で爆破の回避は可能な筈と言う考えの元に生まれた案だ。
この選択の特徴は『地球を選ぶ』選択肢との親和性の高さにある。そもそも地球を救う為にはニャルラトホテプを倒す必要がある。つまりーー俺の意見とこの選択は『積極的な介入』と言う明確な類似点が存在する。だからそう大声で反対はされないと思われる。
だが、この世界を選んだ場合は全く事情が変わってくる。
この世界を選ぶなら何もする必要が無い。何もしない事が目標到達への最短ルートである以上俺の案に賛成する理由が一欠片も無い。親和性は絶無どころかマイナス、最早対極だ。
その上、両方救える可能性を提示しても堅実を取るスタンスを取られてしまえば何も出来ないし、俺の案自体の脆弱性を指摘されればお終いだ。ゲームセット。ゲームオーバー。
俺は見たいのだ。
誰もが幸福な世界が?
いいや違う。俺はそんな高望みはしない。
俺が見たいのは――誰もが生きられる可能性を持つ世界だ。
その理想を共有し、ここにいる全員で駆け抜けられたら。それはきっと最高なんだろう。
そんな中、その人物は答えを口にする。
「私は、個人としての結論を出さない。これが私の答えだ」
いきなり始まるダンガンロンパ……。




