Still I will call you a me【4】
このシーンはルートによって大きく変化します。
ってな訳で180話。
「……思い出した」
俺の忘れていた最後の記憶が色鮮やかに蘇る。
力なく倒れた黒猫を、クロを泣きながら庭に埋めた記憶が。凶相を浮かべながらクロを蹴り飛ばす清人の姿が。ありありと浮かぶ。
「クロ、可愛かったよな。舌はザラザラしてて、よく懐いて、そんでもって一緒に遊んでくれる。……友達だったよな」
「そうだ。友達だった。だから殺した」
「……ふざけるなよッ!!」
一気に距離を詰めながら拳を振り上げた。コイツは一度殴らなければ治らない。そんな確信が俺を突き動かしていた。
「ッ、駄目だ叶人!! そんな事をすれば消化が!!」
しかし、俺の拳は羽根によってやんわりと無効化された。
……本当に、ふざけた話だ。
「……お前ならそうすると思ったよ。お前の身体は消化器官だって話だからな。俺の身を案じるなら、『やぶれひまく』を使うと思ってた」
「いきなり何言ってるんだよ!! 下手したら腕が無くなる所だったんだぞ!!」
無茶をした自覚はある。けれどこれではっきりした。
「……お前は優しいままだ。殴ったら俺の腕が無くなると分かって、だから防御をした。けど、だからこそこれだけは言いたいんだ」
俺は杉原清人を真っ直ぐに睨み付ける。
「――その優しさがあるのに、どうしてテメェは他の人に優しく出来なかったッ!!」
「ッ!!」
杉原清人の根底は変わっていない。
幾ら悲劇に彩られ、絶望に犯されようともその在り方――優しさは残酷なまでにそのままだった。
「本当は命の大切さだって分かってるんだろうが!! 何だよストレスの飽和ってよ。それをやったら自分がブッ壊れるのなんてハナから見えてるだろッ!!」
「……。分かってたよ。けど、それでも俺は選んだんだ」
そう言うと清人はふわりと背後に飛んだ。
「これ以上問答を交わしても答えはきっと変わらない。お互いに傷付くだけだ。だから、サヨナラだ」
そう一方的に告げると清人は闇に紛れて消えた。後に取り残されたのは清人の残滓のような何処までも白い羽根のひとひらだけだった。
「――この馬鹿野朗ッ!!」
やり場の無い怒りを吐き出すようにそう叫んでみる。けれど誰も返事をしない。何も生まれない。
空虚が胸を満たしていた。
けれど、やらなければならない事が一つ増えた。
――俺は俺の持てる全力を以て杉原清人をぶん殴る。
♪ ♪ ♪
……そして肝心の成果を何も得られないままトボトボと宿に戻ると意外な人物と鉢合わせた。
「……唯?」
「あら、覇気の無い顔ね。まるで何処かの誰かにフラれた後みたい」
「なんだ、バレてたのか」
何だか少し気恥ずかしくなって鼻を擦る。
「いいえ。ただ、あの子が深夜にも関わらず私の事叩き起こしに来たのよ。お陰様で眠気が凄いし髪もボサボサ。最低な気分よ」
「それはその、悪かった」
……恐らくアニが唯を態々叩き起こした原因はは視界共有の魔眼だろう。大方俺が清人と会っているのを見てフォローを入れようとしてくれた、って感じか。
「まぁ、詳しくは聞いてないけど。会って来たんでしょ。清人に」
「……ああ」
俺は先程起きた事を全て告げた。清人を勧誘しようとした事、清人に拒否された事、そして清人が仕出かした事も、全て。
そうすると唯ははぁと大きく溜め息を吐いた。
「あれ、俺なんかやっちゃったか?」
「違うわよ。これはただの自己嫌悪。貴方は人の態度を一々気にしすぎ。自意識過剰も良い所だわ」
……それもそうか。
「だな。……にしても唯が自己嫌悪って何か意外だな。何か反省しても後悔はしないタイプだと思ってた」
「あら、何が言いたいのかしら。売られた喧嘩なら買うわよ?」
違う違うと頭を振る。
「唯はそう言うのあからさまに見せたく無いと思ってたから、本当に意外だったんだよ」
俺の中の唯のイメージは何というか、『強がる子』だった。失敗を何度繰り返しても手を変え品を変え、再挑戦する。目的の為なら手段を選ばず奔放に、それでいて着実に前に進む……そんな自分を演じる普通の女の子だ。
だから、こうして後悔を滲ませる口調をしたのが驚きだったのだ。
「あら、そう言うならギャップ萌えで惚れても良いのよ?」
「……ドキッとはしたけど流石にそれは無理だな」
「ま、それは冗談として……私にだって、やり切れないと思うことの一つや二つなんて普通にあるし、口に出したくなる時も普通にあるわよ」
ましてや、自分が全ての遠因になっているなら尚更、と唯は続けた。
「そもそも一連の流れの発端は私の家庭崩壊……アレを家庭崩壊と言って良いかは甚だ疑問なのだけれど。それと、それに伴う私の自殺だから」
そう言うと唯は肩を落とした。
「それに、まさか清人が私に似るなんて思いもしなかったもの」
「唯に?」
「ええ。倫理観をかなぐり捨てた無敵の人兼皮肉屋。それが私と今の清人の正体。ペットは飼い主に似るとはよく言うけどここまで来るといっそ皮肉ね」
「結局ペットってのは変わらないんだな」
「当然。だってそれが私だもの」
「そっか」
「だから、飼い犬の始末は飼い主である私がつける。……と言いたいところだけど、生憎私には清人に与えられる言葉が無い。私が言えた口じゃないもの。だから無責任だけどこの一件は貴方に任せるわ」
……もしかして唯は。
「もしかして唯はまだ清人の事を――」
そう言うと口元に人差し指が立てられた。その先は言うなと、そう言うかのように。
「勘違いしないで。邪推は嫌いよ」
唯が俺に背を向けると真夜中でもマロンペーストの髪がゆらりと流れるのがはっきりと見えた。
「何か必要な事があるなら私に言いなさい。可能な限り協力するわ。……貴方の共犯者として」
やはりこれは恋慕などでは無いのだろう。
俺が彼女に向けるのは全幅の信頼。そして恐らく彼女もそうなのだろう。
それは少しだけ歪で――何よりも硬い絆のカタチ。この関係性を共犯者、と言うのだろう。
「……分かった。改めて宜しく頼む、共犯者」
杉原叶人は彼女を恋慕しない。
けれど俺はその信頼に報い続けよう。
そう、思った。
はい、このシーンは唯と清人、そして叶人にとっての大きな転換点となります。
唯に関してはイメージ的にはペルソナのコープあるいはコミュのレベル9のイベントで『絆を感じる』的な感じになっても例の選択肢を選ばないパターン的な。
比較的綺麗な足立さんが主人公と組んだ様な感じが近いか。ヒロインからダークヒーローへの転向となります。
尚、唯ルートだと……?
清人に関しては……Ying Yang案件。
NO NO NO NO YES YES YES YESが始まる。となれば、叶人も口に出しているが結局は……何も言うまい。




