Still I will call you a me【1】
俺は清人を追って宿を出ると腕を組んだ清人が何だか難しい顔をしながら一人で立ち尽くしていた。
「……けだもの」
清人が俺の姿を認めてからの開口一番はこれだった。
「誤解だ。いや、本当マジで」
俺は精神が不安定になると獣の手足に変わるからその点については強ち間違ってはいない。……まぁ、言いたい事は直前のアレについてのことなのだろうけども。
「どうだかな。お前の性格的に何かしらの誤解なんだとは思ってるけど。ただ前の部屋に女の子が居る時点で結構事案だからな?」
確かに部屋に女の子連れ込んでる時点で事案なのは間違いなと納得する。ただでさえ部屋が狭いのに態々女の子と一緒にいた訳なのだから邪推するのも無理はないだろう。
「言っておくけどお触りはしてないからな。……と言うかどうして俺の部屋が分かったんだよ」
そう尋ねると清人はあっけらかんとした態度で。
「露骨に話逸らしたな……。普通に、宿屋の主人に『俺の部屋何処でしたっけ』って聞いた」
「思った以上にやり口が悪質だ!?」
確かに。確かに瞳の色以外は殆ど同じだから有効ではあるのだろうけどもこれは悪質だ。
あれだ、例えるなら本人と超そっくりな人のするオレオレ詐欺。付き合いが浅いと大抵引っかかりそうだ。
「全く、お前の騒がしさは変わらないな」
「そう言うお前は皮肉屋気質に磨きが掛かったか?」
お互いにそう言い合うとなんだか懐かしくて、可笑しくて、どちらからともなく笑みが溢れた。
暫くして落ち着いてくると笑い過ぎたのか目尻に涙を浮かべた清人は。
「んで、結局あの子誰だったんだ? 異世界転生ものにありがちなアレか?」
なんて事を尋ねてきた。
直前まで笑ってはいたもののその発言の意図は理解できたが故に俺はむっとする。
「異世界転生ものにありがちなアレって何だよ」
「そりゃあ、異世界チーレム無双ってパワーワードがあるようにお前がハーレム作ってんのかなって」
「……俺は沢山の女の子の人生を背負える程懐は広くないつもりだ。それにな」
「それに?」
「――妻帯者に対してハーレムを語んのはちょいと気分悪いぞ」
「へ?」
清人は素っ頓狂な声をあげながら硬直した。
……何だろう。自分が言った手前あれなのだけども、急に気恥ずかしくなって来た。
だが言った事自体に後悔は無い。アニは俺にとっては異世界転生モノでありがちな尻軽なチョロインちゃんなんかでは無い。彼女はとんでもなく重くて、可愛くて、頼りになる、俺の妻だ。そこは清人であっても譲れないし、譲りたくない。
「あの子が、お前の?」
「そうだ」
「……じゃあ、唯は?」
「っ!」
それはいつもと変わらない口調だった。しかし――俺にはそれが、氷柱のように冷たく、鋭く感じられた。
高嶋唯。俺が生まれる直接的な原因となった少女であり……俺の事を好きだと言った二人目の女の子だ。だが、俺は唯の言った『好き』に対して今の今でも返事を出していない。
「お前の仲間を見て驚いたんだ。だって唯がいたんだから。……お前は俺の片割れだから、そんな事もあるのかなって、そう思ってたんだ」
「……」
俺は唯を好ましいと思っている。けれどその感情はアニに対して抱いている愛情とは別種のものだ。言うならばそれは――憧憬が一番近いだろうか。
何があっても自分を貫く強さに、苛烈なまでの恋慕を持つ彼女自身の在り方に、俺は憧れを抱いた。
しかし俺はそれを面と向かって口にしてはいない。……それを口にしてしまえば崩れてしまいそうだから。
「でも、良いさ。それがお前の選択なら。……それに、お前が妻帯者になってたのは驚きだけど、俺の選択は正しかったと思えたからな」
「……どう言う事だ?」
そう聞き返すと清人はこちらに向かって手を差し伸べた。
「叶人、俺と一緒に『デイブレイク』で働かないか?」
「……っ!」
それは予想外の勧誘の言葉だった。
「知ってたか? 『デイブレイク』の仕事って基本は治安維持なんだよ。地球の警察のストロングバージョンと言うか、そんな感じ。世界を守る仕事なんだ。それに、下っ端でも『デイブレイク』の構成員になれば給金は弾む。何処か適当なところに家を買って、家庭を作って何不自由なく暮らせる金額だ」
「待てよ」
「仕事の自由度も高くてやる事さえやっていれば後は何でもオッケーだし、テロの未然に防いだりするのは怖いけど、それでもそうする事で何万と言う人を助けれるんだって実感が湧くし」
「待てって言ってんだろ!」
そこまで言うと漸く清人は口を閉ざした。
「どうかしたか?」
「どうもこうも無いだろ。勝手に俺の就職先決めるなよ。老婆心なら不要だ。それに何だよ。テロを未然に防ぐって。アラヤと契約でもしたのかよ。お前は型月に何を学んだんだ」
何となく『デイブレイク』の性質がわかって来た。『デイブレイク』は……いや、『ナイツ・オブ・デイブレイク』か。それは俺が思うに守護者と同義だ。自由意志を許されない傀儡にして体の良い掃除屋。
それに清人だって分かっているはずだ。世界を半分を与える代わりに俺の下に付け』と言う魔王の言に乗った者の末路は往々にして破滅するのみだと言う事を。
「……ゴメン。冷静じゃ、なかったな。何というか久しぶりにお前と出会えたんだから、また一緒に過ごしたいと思ってな」
ただ、少し驚いた。
「気にする必要は無いぞ。それにそう思ってくれたなら光栄だし――俺も似たような事言うつもりだったから、な」
これもシンクロの効果故の事なのだろうか。
俺も清人に会ったなら言おうと思っていた事があったのだ。
俺の得た答え。それは誰も失わない事。誰の犠牲も許容しない事。
子供の我儘、机上の空論、極めて楽観的な回答にもならない妄想。そんな事は分かっている。だが、俺は既にそれを実行するだけの手段を考え付いていたのだ。馬鹿げた幻想を実現する為の手段を。
そしてそのキーパーソンこそ……清人。
「どう言う意味だ」
大きく息を吸うと、清人の事をしっかりと見据えながら声帯を震わせる。
「端的に言う。清人、俺たちの旅団『幻想旅団』に来い」
……お互いがお互いを指名するドラフト。
こりゃ酷い。




