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Precious thing【2】

叶人ガチ勢、動きます。

 歌が聞こえる。


「ねんねこねんねこねんねこよ……♪」


 それは酷く懐かしいメロディーだった。これは……そうだ、俺が地球にいた頃に歌っていた子守歌か。通りで耳に馴染む訳だ。

 ……それにしても綺麗な声だ。まるで澄み切った水が胸に染み渡るみたいで心がどんどん安らいでいく。こんなにも安らかな気分になったのはいつぶりだっただろうか。良く分からないがここ最近で一番な事は間違い無い。


「……」


 意識がフワフワする。それは心地良い歌のせいだろうかそれとも甘くて、けれど落ち着いたこの匂いのせいだろうか。


 ……うん? いや、ちょっと待てよ? 後頭部痛くない?


 段々と意識が覚醒していくにつれて後頭部の違和感がハッキリとして来る。何というか、鈍痛だ。すややかに眠っていたと言うより、これはまるで……後頭部を思いっきりぶん殴られた結果意識飛んだみたいだ。

 いやいや、流石にそれはあるまい。第一いきなり後頭部を思いっきり殴って昏倒させる様な人物なんている筈――。


「……ん♪」


 いた。

 いたわ。と言うか現在進行形で頭を撫でられてる。……何だこのカオスな状況は。

 こそばゆくなって来た俺は意を決して目をゆっくりと開いた。

 そしてまず目に入ったのは夕陽で赤く染まった部屋だった。どうやら長い事眠って……否、眠らされていたらしい。物理的に。そしてほんの少し視線を上にずらせばそこには何処か機嫌良さげなアニの花のような顔があった。


「ん、おはよ」


「……お、おう」


 そして見事に膝枕だった。体勢とか色々と辛いだろうに何故か彼女はこういったことを好む傾向があるように思う。正直めちゃくちゃありがたいけれど負担になっていないか心配だ。


「……よく寝れた?」


「まぁ、そうだな。……と言うか後頭部に違和感あるんだけど何かした?」


 そう訊ねるとアニはサムズアップしながらやや誇らしげに。


「ん、ナイフの柄を使って頑張って意識刈り取った。休息いず、べりーいんぽーたんと」


 なんて事を宣った。やはり睡眠導入(物理)だったようだ。

 ……まぁ、それはさておき。

 俺は身体を起こすとアニと向き合い、頭を下げる。


「ごめんな。声を荒げたり、結論急いだりして。お陰で少しは落ち着いた」


「 なら、良い。夫の手綱を握るのも妻の役目」


 差し込む夕陽に照らされながら嬉しそうに目を細める彼女はやっぱり何よりも美しく見えた。それこそ、俺には勿体ない程に。


「……俺で良かったのか? 正直、俺相当めんどくさいし、それにメンタル的に要介護者だぞ?」


 だからついそんな事を訊ねてしまう。


「のーぷろぐれむ。叶人がめんどくさいのは、知ってるし、傷付き易いのも知ってる。けど……それでもその背中は大きくて、優しいから。だから隣に居る。居たいと思える。私の、私だけの温かな居場所」


「〜〜ッ!!」


 俺は失念していた。アニは素直で、天然な女の子だ。口数は少ないけれど自分の感情に対しては一番自覚的で、その感情をドストレートに伝えようとする。

 だから、素面でもこんな事を口にしてしまえる。


「叶人?」


「嫁が尊過ぎてやべぇ……」


 てぇてぇ……! 圧倒的てぇてぇッ!!

 ああ、これが仰げば尊死か。確かにこれならば天国に逝けそうだ。


「……どうか、した?」


「い、いや、何でもない。アニが嫁になってくれたありがたみを噛み締めてた」


「元気になったなら、良かった」



♪ ♪ ♪



 それからはアニとポツリポツリと話他愛のない話をした。

 ……先日の件に触れないように細心の注意を払いながら。


 正直なところ、俺はアニに聞きたかった。この世界を滅ぼして、地球とイデアを救うのか、それとも地球とイデアを見捨ててこの世界で生きるのか。


 ただ、一方でその答えを聞くのが怖くもあった。……もしも、彼女が何方かを見捨てる選択をしたら、俺はどうすればいいかが分からない。安易に賛同はしないだろう。けれどきっと最終的にはそちらを支持してしまいそうな気がする。

 それに……選択を行う以前に清人と言う余りにも大き過ぎる壁がある。


 この世界を救うならオルクィンジェは喰われたままでなければならないし、この世界を見捨てるなら清人を殺さなければならない。


 ……本当、究極の二者選一だ。


「……叶人、悩んでる?」


 そんな事を考えているとそう問い掛けられた。どうやら顔に出てしまっていたらしい。


「バレてたか。……そうだな、めちゃくちゃ悩んでる。自分の意見を持てって言ってもどちらにしろ抱え切れない責任を負う事になる。かと言って選ばなければオルクィンジェの今までの行動が全く報われないし、清人が苦しむ事になる。そんな中のうのうと生きていける程、俺は太い神経してない」


「……叶人は優しい、ね」


「優しくなんて無い、臆病なだけだ」


「それは、違う。優しいから苦しい。優しいから、悲しい」


 先程とは打って変わって、それは酷く寂しそうな声色だった。


「私は、もう答えが出てる」


「っ!!」


 思わぬ一言にどきりとした。

 選べないものだと思い込んでいた。悩むものだと思い込んでいた。しかし所詮それは思い込みに過ぎなくて……アニは自分の答えを持っていた。

 やはり、この世界を救う選択をするのだろうか? それとも――。


「私は……どの世界がどうなろうが、構わない」


「なっ!?」


 思考のヒューズが飛んだ。

 今、何と言った? どうなっても、構わない?


「私は、叶人と居られればそれで良い。貴方と一緒に居られる未来なら、行く先が地獄でも構わない。……『とくべつ』な人と一緒にある事。それだけが大切で特別な事。だから、私はどんな結末を迎えても良い」


 その答えは全く考えもしないものだった。

 それは酷く歪で――けれど、シンプルな答えだと思った。


「貴方は『俺で良かったの』と言った。けど、本当ならそれを言うべきなのは、私。私は自分本位の考えしか出来ない。だから、貴方のその優しさがちょっと眩しい」


 彼女はそう言うと俺の目を真っ直ぐに見つめた。赤く燃えるような瞳は強い意志をたたえているかのようだ。


「もしこの世界が残ったら、何処か良いところを探して、引っ越しして、子供を作る。大変かもしれないけど、きっと楽しい。もし地球が残ったら、地球について色々教えて貰いながら、叶人の両親に挨拶する。それで、叶人を生んでくれた事にありがとうって、感謝を伝える。もし全部の世界が滅んだら、その時は二人で辛さを分かつ。叶人と一緒なら、きっと何だって出来る」


「それが……答え」


「ん、そう。私にとっての世界は叶人の隣だから。叶人が居て、世界だから。……幻滅、した?」


「まさか」


 一つ、思い浮かんだ事がある。


 今回、俺は一つを選ぶ事が当然だと思っていた。けれど、アニの意見を聞いてこう感じた。


 ――自分本位で良いのだと。


「俺、やっぱりアニが妻になってくれて良かった。それだけははっきり言える」


 選択肢は選ぶ物ではなく作る物論者の俺がそれを見失っていた。

 確かに清人は『ビアンカとフローラとデボラ全員とは結ばれる事は無い』と言った。だからご都合主義的な第三の選択肢なんて無いと思い込んだ。

 けど違った。違ったんだ。選択肢なんてきっと無限に存在している。


「なぁ、アニ。どうせ一緒にいるなら一番楽しいエンディング辿り着きたいよな」


「ん。そう、だね」


「じゃ、俺も頑張ってみっか」


 ならば、俺も歩き出そう。『幻想旅団ファンタジー・ウォーカー』の団長として。


「――俺が一番楽しい終わりを見せてやんよ!!」

アニさん

二人目の叶人ガチ勢にしてアンリミテッド・シュガー・ワークスの使い手。

叶人を休ませる為なら実力行使も辞さない武闘派。大体の価値の基軸に叶人が絡んでおり、それに比べると世界云々には執着が薄い模様。

『Key of Truth』なムーブ(君がいて世界なの的な)を素でやるあたりにやや一般との価値観の乖離が見られるがそれはそれ。

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