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Precious thing【1】

これが清×叶…?

「何でだよ……何で……」


 地球には沢山の思い出がある。清人と行ったゲームショップに、オタク御用達のお店やら本屋。それにクロと遊んだ公園に、アニメを一緒にオールした家。それに地球には父さんも母さんもいる。それをどうして切り捨てる何て言えるんだよ……!!


「だってこの世界にはお前がいるから」


 しかし返って来たのはそんな言葉だった。


「この世界を守りたいってのは正確じゃ無いか。正確に言えば……お前を守りたかったから、だな」


 この世界に俺が居るからこの世界を……守りたい?


「俺さ、お前には本当に感謝してるんだ。お前のお陰で前を向けた。お前のお陰で明日を恐れなくなった。……だからさ、恩返しがしたかったんだ。幸せになって欲しかった」


「何が恩返しだ馬鹿野郎ッ!! 一方的に仲間を奪っておいて!!」


「じゃあ!!」


 清人は叫んだ。


「じゃあ、お前は耐えられるのかッ!? どちらかの世界の全てを殺すその重責に!! 何億もの命を奪うような選択だぞ!? お前が選択をすればその責任は一生お前が背負う羽目になる。そんなの……そんなのあんまりじゃねぇかよ!!」


「……っ!! お前、まさか」


 心優しい清人が片方の世界を切り捨てる理由。それは清人が一番最初に言っていたでは無いか。

 ……俺だ。

 ここまでヒントを出されれば嫌でもその真意に気付いてしまう。


 ――清人は、俺に選択させないようにするつもりなのだ。


「これは俺のエゴだ。けど叶人にこれ以上不幸になって欲しくない!! だから、俺はお前の選択肢を奪う!! ……お前だって人並みの幸福を願う権利位ある筈だ!!」


 ……どの世界を犠牲にしても犠牲は犠牲。選択をしてしまえば最後、必ずその背中には犠牲と言う十字が付いてくる。幾億もの生物の痛みが、恐怖が、悲嘆が、絶望が、その背に乗っかるのだ。正直、耐えられる気がしない。

 だが、もし選択が出来なければ?

 もし選択肢がそもそも無ければ?


 現状ニャルラトホテプを倒せるのはオルクィンジェしかいない。けど、オルクィンジェが奪われたなら……奪回しなければ対抗の手段は無い。つまり……地球とイデアを見捨てるしか無い。必然的に清人と敵対しない限り俺の選択肢は一つしか無くなる。

 そして選択肢が最初から一つしかないものを、人は選択するとは呼ばない。


 ああ、それは確かに選んでいない。選んでいない以上直接手を下した、ともならないだろう。


 でもそうしたら清人は、どうなる?

 父さんや、母さんは、どうなる?


「いやぁ、美しい兄弟愛ですね♪ 選択肢を奪う事で全ての怨恨を自分に向けようとする兄、そしてそれを認められない弟! 自己犠牲的なスタンスは似たもの同士ですね」


「……『魔王』は俺が喰った。喰った以上取り戻す為には俺を殺さなければ魔王は取り戻せない。だから、もう叶人は何もしなくて良いんだ。……当たり前の幸せを、当たり前に噛み締めてくれれば、それが俺の幸福だ」


 そう言い残すと清人は踵を返した。


「では、私もおいとましようかと。ああ、そうそう貴方達が決断をする迄は清人さんを除く私以外の全『デイブレイク』は基本的に不干渉とします。じっくりと考え、悩んで下さいね♪」


 そして清人に続くようにニャルラトホテプも姿を消した。


「……」


 その後の空気は鉛のように重かった。

 そしてその淀みきった空気は払拭される事なく、長く辛い一日が終了した。



♪ ♪ ♪



 翌日、俺は宿屋のベッドで目を開けた。……寝ようと思ったが、眠れなかった。目を閉じても、昨日の事が頭に浮かんで妙に目が冴えてしまって駄目だった。

 それに……。


「オルクィンジェ、なぁ、オルクィンジェ。返事してくれよ……ほら、返事してくれないと寂しいだろ?」


 俺の中の同居人がいない違和感に耐えられなかった。最初は妙な感覚だと思っていた。けれどここに来るまでですっかりお馴染みになって、いると心強くて、皮肉屋な面もあるけれど頼りになって。


「なぁ、オルクィンジェ……戻って来いよ」


 涙が溢れた。昨日散々泣いたが、まだ心は泣き足りないらしい。

 泣いた。涙が枯れるまで泣いた。


 一頻り泣いたら、頬を叩いて目元を雑に拭う。触って分かる位に腫れている目元はかなり格好悪い事だろう。けれど引きこもってばかりはいられない。


「俺が、どうにかしないとな……」


 俺は仲間達の元に向かおうとして――。


「ん、すとっぷ」


「……アニ?」


 アニに行く手を阻まれるのだった。


「今は休むべき。休み、大切。寝不足なら尚更」


「……俺だけ何もしない訳にもいかないだろ。それに、これからどうするべきなのか話し合う必要もある。休んでなんかいられない」


「確かにそれは必要。けど、自分の答えが出てからでも遅くはない。寧ろ皆んなが状況を飲み込めてない現状で動くのは下手」


 それはきっと正しい指摘だ。俺は答えを得ていない。答えを持たない以上誰かの意見に乗るしか無い。そうして出た結論は……きっと大きな後悔の元になる。

 分かっている。けれど、何もしないでいられる程俺の心は強くない。……心は硝子とはよく言ったものだ。

 だから、その気が無くてもつい語気が荒くなってしまう。


「そこをどいてくれ」


「どかない。引かない。退かない」


 お互いに意固地になっているのが分かる。だが、それが分かって気遣いが出来ない。余裕が無いから。


 アニを押し除けて前に行こうとすると足が何かに引っかかって俺はそのまま床と衝突した。


「……アニの仕業か」


「注意力散漫。いつもだったら避けれた」


 いつも通り。仲間が居なくなってもいつも通り、清人が敵になってもいつも通り…………。


「いつも通りになれる訳ないだろッ!!」


 気付いたら、怒鳴ってしまっていた。

 子供じみた八つ当たりに心底嫌気がさす。


「ん……それが当然。仲間が居なくなったら寂しい。仲間が敵になったら悲しい。それは当然。だから、いつも通りでいる必要は、無い……よ?」

ハンドアウト


杉原清人:アニに次ぐ叶人ガチ勢。叶人の為なら世界二つ分敵に回しても構わないと言う過激派。多分色々なくし過ぎてネジが逝ってしまっている。

叶人は幸せになるべきだと考えており、叶人が背負うことになるであろう犠牲を代わりに背負おうとしている。擦り切れた自己犠牲精神の塊。やはり杉原はエゴイスト。



次回、アニさんのメンタルヘルスコーナー

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