Fate【3】
記念すべき170話もイラスト付き!
……ただ、一周年アニバーサリー見てからこの話読んだら落差で死なないか非常に不安であります。
さて、絶望の再来に御座います。お覚悟を。
『暴食』が俺に向かって腕を伸ばすのと同時に俺は背後に下がり凩と篝にスイッチする。この手の連携はもう慣れたもので動きに淀みは無い。
それに対して『暴食』は何も反応しなかった。いや、恐らくこれは反応出来なかったのだろう。尚も俺に向けて手を伸ばしたままだ。そのままの状態で愚直にも直進して来ている。
「あんた、戦士やないな」
そして、その隙をみすみす見逃す程俺の仲間は甘くない。
冷たく呟いた凩が腕を、篝が胴を薙ぐ。
斬撃を飛ばす超人達による斬撃をゼロ距離で喰らった『暴食』は死――。
「っ!?」
――ぬことは無かった。
腕に向かって振り下ろされた凩の刀は硬質な音と共に半ばで止まり、胴を薙いだ篝の刀は『デイブレイク』の黒いコートを切り裂くにとどまった。
「何やコレ……ッ、骨が硬くなっとる!」
「邪魔をしないでくれ……!」
『暴食』がそう言うとジュウと埋まったままの凩の刀が嫌な音を立てた。
凩は刀を引き抜きながら飛び退き――愕然とする。『暴食』を切った刀が少し溶けていたのだ。
「なっ!? 何ちゅうことしよる……ッ!!」
『成る程。彼奴の身体の内部は漏れなく全てが胃酸と言う訳か。『暴食』の名に違わぬ卑しさだ』
「物理が駄目なら魔法か。……アニ、援護を頼む」
「んっ!」
短い返答の後、すぐさま大量の糸が『暴食』に向かって殺到する。
鋼鉄と同等の硬度を誇る糸は『暴食』を絡め取ると……白い煙と共に霧消する。
どうやら、内部どころか『暴食』そのものが一つの消化器官になっている様だ。皮膚に触れるだけで溶解するなんてチートも良いところだ。大罪の名前もどうやら伊達では無いらしい。
「『赤熱よ――」
ならば殴る事なく燃やしきる。そう、それだけで良い。その筈だ。それで事足りる。
一撃で決めるつもりで炎の球を生成する。
『暴食』は動いていない。俺の魔法の練度から見ても外す事は有り得ないこの局面。……なのに何故か俺は火を放つ事を躊躇っていた。
これがシンクロ率の高さ故の弊害と言うやつなのだろうか。まるで、炎を放つことを魂が拒絶しているかのようだ。
「団長?」
足が小刻みに震え出す。
今炎を放ったら、後悔してもしきれないくらいの嫌な事が起きる。そんな予感が――いや、これは最早確定事項だ。
今炎を放てば確実に最低な事態が起きる。
倒さなければならない。だが、それ以上に倒したく無い。倒す事が恐ろしくて堪らない。
あと一節。あと一節を紡ぐだけで魔法は成立する。『暴食』は敗北し俺たちの旅は終わりを迎える。
だと言うのに……ッ!!
「――『加速』ッ!!」
「叶人!!」
アニから静止の声が掛るがそれを無視して俺は走り出し、その場で立ち尽くす『暴食』の元へと肉薄する。
それは殴る為でも、ゼロ距離から火球をブッ放す為でも無い。
それは暴く為だ。
この街に来てから、いや……本当は唯の家にいた頃から薄々そうじゃないかと思っていた。その度に馬鹿らしいと思って考えないようにして来た。
「……ッ!!」
奥歯を強く噛みしめながら身体の震えを押し殺す。
叶うのならばこの突飛な妄想が妄想のままに終わって欲しい。
だが一歩一歩近付く毎に理解してしまう。
俺はそいつの苦悩を知っているのだと。
俺はそいつの息遣いを知っているのだと。
俺はそいつの過去を知っていて、俺はそいつを――。
気付けば目の前に『暴食』が立っていた。今までの思考は一体何秒間の出来事だろうか。もしかしたら刹那の思考だったかも知れない。
眼の前で微動だにしない狐面の男を改めて見遣る。
ああ、男にしては長い髪だ。色は真っ黒。不安を掻き立てる、俺と同じ真っ黒な夜の色だ。
俺は狐の面に手を掛けると、そのまま上にズラし――。
「……ぁ」
俺はよろめきながら、背後に下がる。
その光景は俺にとって余りにも衝撃的過ぎた。悪夢なら覚めて欲しい。けれど煩いくらいに刻まれる律動が、頬をなぞる乾いた風がここが現実だと伝える。
「嘘、だろ?」
ああ、俺はきっと鏡を見ている。
俺が見たもの。それは……瞳の色だけが異なる……もう一人の俺の顔だった。
「団長が、二人?」
「……やっぱりね」
「待てや待てや!? 一体何が起きとるん!?」
困惑する仲間達の声が聞こえる。
だけど何故だろう。その声がとても遠く感じられる。
それは俺の鼓動が煩すぎるのか、それともあり得ない再会を果たしてしまったからなのか。
「なぁ、嘘だろ。嘘だって言えよ。なぁ……頼むよ」
「清人」
……戦意はとうに折れていた。
だからこそニャルラトホテプはああ言ったのだ。『それに、私は戦いにならないと踏んでいますので、ね』と。
『暴食』の真実云々の時に気付いていれば……いや、それでもこの結果は変わらなかっただろう。
何故なら俺は『杉原叶人』だから。
杉原清人を守る為に生まれた人格が、杉原清人を害せる訳が無かったのだ。
気付けば手からは杖がカランと乾いた音を立てながら滑り落ちていた。
「なぁ、何で、どうしてッ!!」
「――お前には散々助けられたからな。だから、今度は俺がお前を助ける。その為にずっとここで待ってた」
言っている意味が分からない。
助ける? 何から?
理解が及ばない。許容量を超えた脳が絶えずエラーを吐き出す。
これは一体何なんだ? どうしてこうなっている?
「何でだよ……何でこんなことになってんだよッ!!」
視界はボヤけて滲み、地面の色がが変色する。
俺は膝を屈して、泣いていた。
自分でも何故そうしたのか、そうしているのかも分からない。
『叶人!! おい叶人!! しっかりしろ!! おいッ!!』
これは歓喜か、それとも悲嘆か。それともその両方なのか――。
『叶人!! 攻撃が来るぞ!!』
「ごめん、叶人。なるべく痛く無いようにするから少しだけ我慢してくれ」
『叶人ッ!!』
清人の手が迫る。久しぶりに見る清人の手には歯と舌が付いていて何だかグロテスく、な……?
「かふっ」
ゴポリと口から熱いものが溢れた。俺はそれを知ってる。血だ。
……ナンデ?
何で、俺の、身体に、清人の腕が、突き刺さってる、んだ……?
「『――――――――ッッ!!』」
自分の絶叫が他人事の様に聞こえた。
これが本当の刺し入れ()ってね!




