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Want to be lover【2】

「……ハァッ、……ハァッ」


 荒い息を吐きながら平原を駆け抜ける。


「もう一体来るよ!!」


 ジャックの声に反応して杖を振るうとその先には軟体生物――名状しがたいスライムのようなもの。

 グロテスクな見た目に悲鳴を上げそうになるが何とかそれを押し殺して杖を叩き付けると潰れたスライムはシュウシュウと煙を発すると跡形もなく消え去った。


「何たってこんな事に……」


 悪態をつきながら明らかにコレジャナイ感のある軟体生物を杖で横殴りにして吹き飛ばすと、テケ・リ・リと不気味な声を上げながら最後のスライムが迫って来る。


「てやっ!!」


 『魔王』が見たら真っ先に叱責するレベルの雑な所作で杖を振り下ろすと実に呆気なくスライムは潰れて消えた。


「やっと終わったか……」


「いやぁ……まさか戦闘中に入れ替わっちゃうなんてねぇ」


 そう、あろうことか戦闘中に『魔王』と俺が入れ替わってしまったのだ。

 と言うのも俺がトイレで無意識に『魔王』と入れ替わってから『魔王』がレベリングを強行したらしい。

 最初こそ『魔王』の体術で無双したようだがガス欠になって俺に入れ替わり今に至る。

 何でも『魔王』が出ると治癒力や各種戦闘技能が向上する代わりに消費が激しくなってしまい長期戦に向かないのだとか。


「にしても……いきなりスライムに囲まれる俺の気持ちにもなって欲しいもんだよ。それに何なんだよあのスライム!!もっとニッコリしてるのが普通だろ!?」


 親しみ慣れたあの青くてニッコリとしたスライムとチェンジして欲しい。この世界のスライムは流石にグロテスク過ぎる。


「……?」


「いや、最初からこういうものだった的な感じで首を傾げるなよ!?」


「いや……君、大分明るくなった?」


 言うに事を欠いて明るいとはどういう事か。俺は純粋に世の理不尽を嘆いているというのに。


「そうか?俺は元からこんな感じだと思うぞ?」


 ああ、でも。全く心当たりが無い訳ではなかった。

 過去――今まで頑なに思い出すまいと忘れていたのだが、それをここに来て少しずつ向き合い始めた事。きっとそれが関係しているのだろう。

 暗い記憶しか無いのだが……なんと言うかその分『俺は明るくなければならない』と、不思議とそう感じるようにはなった気がする。


「認める、か……」


 『魔王』は一体どういった意図でこう言ったのだろう。

 実際、俺はちゃんと過去の事を大まかに覚えている。

 だが……向き買うのが怖いから、都合良く見ないフリをして、忘れて、表面上を取り繕っていた。ずっとこのままでいようと思ってすらいた。

 ただ、俺の中の『魔王』はそれを許さない。

 俺の中に住み着き、俺の本性を少しずつ暴き出してしまったのだ。


 忘れた辛い出来事を思い出してしまったら、変わらずにはいられない。


 目を背けただけあって、思い出すのは悲惨な記憶しかない。……その筈なのにどういう訳か負けまいと、反骨心が芽生えて来て却って前を向きたくなるのだ。


「まぁ、明るい事は良い事だし僕は歓迎するかな。あ、でもだからって調子に乗ったら駄目だよ。質実剛健、質素倹約、が良いかな」


「おう、そうだな」


 校訓か何かだろうかと苦笑しながら俺は踵を返す。


「それじゃあ、モンスター討伐の報告の為にギルドに戻ろうか」


 お節介なカボチャとの冒険は存外楽しいだなんて、そんな事を思いながら。



♪ ♪ ♪



「報酬の銅貨八枚だ。スライムは初心者向けだが、顔に張り付いて窒息させる事もある。今回が無事だったからと言って慢心せずに狩れよ?」


 討伐報告はエンゲルさんが受け付けてくれた。と言うのもどうやら初心者に余りにも怖がられた為止む無く討伐受け付けに回されたらしい。不憫な話である。

 だが、当人の顔色は明るくなってきつつあるので案外性に合っているのかもしれない。


「それより……二つ悪いニュースがある。悪いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」


 悪いニュースと悪いニュースでは選択の余地が無いのだがそこの所をどう思っているのだろう。それともこれがエンゲルさんなりの茶目っ気なのだろうか。


「……悪さの程度が低い方で」


「ゴブリンのコロニーが肥大化して近くの森にゴブリンが出没するようになった。これが悪い一つ目のニュースだ」


「二つ目は……?」


「指定危険人物の目撃情報があった。名前は……『アラクニド』。モンスターに育てられた特異思想保持者だ。見つけたらまず逃げろ」


 ふと脳裏にジャックの言が浮かんだ。


『まあ、そうそう鉢合わせる事なんてないだろうし僕たちには関係ないかな』


 フラグの回収とは無慈悲である。こちらから関わらずども彼方から来てしまった訳だ。


「その女は見た目こそ美しいらしいが、その性格は酷く残虐だ。良いか、出会ったら戦おうとせず絶対に逃げるんだ」


「……そもそも会わない事を切に願います」


「そうだな。確かにそれが一番なのに変わりはない。精々気をつけろよな?ルーキーが一番死にやすいんだからな」


 ジャック……だからあれ程フラグだと言ったのに。

・『魔王』憑依時は回復能力や格闘能力が向上するが、燃費が悪く戦闘中に入れ替わる場合がある。

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