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Fate【2】

 『暴食』と勘違いされないようなるべく人通りの少ない道を――と言うか何処に行こうが人気も疎らではあるのだが――歩いていると「旦那ぁ!」と声を掛けられた。種族が変わって以来鋭敏になった聴覚を頼りにそちらの方に顔を向けるとそこには一人の髭面の男性が立っていた。

 但し、その男性は見慣れた『デイブレイク』の黒いローブを身に纏っているのだが。


「『暴食』の旦那ぁ! 無視なんて酷いじゃねぇですか!」


「……」


 どう返答した物かと答えに窮していると男性はテンション高く続けた。


「もしかして旦那、悪いモンに当たって記憶がすっとんだんです?」


「いや――」


 ただの冗談かと思いその言葉を否定しようとしたが意外な事に男性の顔は真剣そのもので、だから俺は半ば気圧されるような形で。


「……まぁ、そんなところだ」


 なんて事を口にしていた。

 それに俺としても記憶喪失の方が都合が良かった。心情的に後ろめたくはあるが記憶喪失の体ならこの男性から『デイブレイク』や『暴食』についての情報を抜けるかも知れないと言う打算的な考えだ。


「……やっぱしそうなっちゃいやしたか。可哀想に目まで赤くなっちまって。毎日毎日吐きそうな顔しながら人の死体を貪ってればストレスでそうもなるもんか」


「吐きそうな顔をしながら、死体を……」


 その姿は容易に想像が出来た。『暴食』は人喰いの禁忌を犯した殺人鬼だが快楽を求めて人を喰らうと言うよりは必要に迫られて喰らっているようだった。


『養分だ……喰いたい! 喰らいたい! 違う……違う違うッ!! 俺は、俺はッ!!』


 ハザミでの『暴食』の悲痛な叫びを思い出しながら沈黙する。

 きっと彼自身はそう悪い人間ではないのだろう。人並みの倫理観と感性を持ち合わせており、それ故に苦悩するフツウの人。そんな気がしてならない。


「って旦那、どうしたんです? 具合でも悪くなったとか?」


「……いや、何でもない」


 そう答えながら『暴食』に対して同情的になっている自分に気付いた。それは『暴食』の正体が……清人かもしれないと微かにでも思ってしまったからか。何にせよ戦いは避けられないのだからここで同情を挟むのは良くない。……その筈だ。


「ところで旦那。そっちの方々は?」


「あ、ああ。成り行きでな」


 そう言うと男は一瞬きょとんとした顔をして、その後にいきなり吹き出した。嘘がバレたかと肝を冷やすがどうやらそうでは無いらしい。

 その笑いはどちらかと言えば良いものを見たとでも言うかのような、そんなカラッとしたものだった。


「成り行き! そうか成り行きでしたか! 全く記憶喪失も悪い事だけじゃあ無かった訳ですかい。食性と孤独気質で人が周りに居なかったのも記憶喪失で改善されたと。……そりゃあ記憶喪失も腐したもんじゃあないですわな!!」


 ……『暴食』は一人ぼっちだったのか。

 まぁ、確かに人を食べると言う性質上他人を近付けられなかったと言うところだろう。何というかヤマアラシのジレンマと言うか、相当に難儀なものだと思う。


「ともあれこの世界の秩序と安寧を守る天下の『デイブレイク』が誇る大幹部様が記憶喪失って言うのは問題ですんで、『憤怒』殿に一報入れた方が宜しいですかね」


「いや、連絡は必要無――」


 世界の秩序と安寧と言うところに疑問を覚えつつ厄介な一報を断ろうとしたしたその瞬間。


「おい『葬儀屋アンダーテイカー』。仕事を完遂したぞ」


 俺と全く同じ声質が重なった。

 そして俺たちの来た丁度逆方向から一人の男が現れる。

 その男は狐の面を被り、血の付いた黒いローブを身に纏っていた。

 その衣装に該当する特徴的な人物なんてたった一人しかいない。


「あ、あれ? 旦那が……二人!?」


 ――『暴食』その人だ。


「あっちは旅禍だ。巻き込まれたくなければ下がってくれ」


「旅禍って……オサレポイント高い言葉を使うなよ。強く見えるぞ」


「それは光栄だな」


 何も仕込みが終わっていないこのタイミングで『暴食』と出会う不幸を呪いつつその狐面の奥を覗き込む。


「……っ」


 ……深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだとは良く言ったものだ。

 引き上げられた視覚が伝えてくるのは底無し沼のように淀み切った真っ黒な瞳だった。

 その黒さはいっそ――絶望的と、そう言っても差し支えないだろう。


「この場は見逃してくれたりとかしないか?」


 仕切り直しが出来ないかとそう尋ねると。


「ああ、見逃すさ。……俺は人が死ぬのも嫌いだし、殺すのも嫌いな穏健派だからな」


 意外にも見逃すと口にした。同じ『六陽』でも『暴食』と『傲慢』のテテとではスタンスとは大きく異なるらしい。


「それじゃあ――」


「但し、『魔王』を置いて行けば、だけどな」


「……なら交渉決裂だ。『魔王』は俺の仲間だからな」


 俺は手早く純白の杖を構え『暴食』と相対する。



「俺は『魔王』がどんな来歴を辿ったのかを知っている。この世界の神が『魔王』にした仕打ちを知っている。そして『魔王』の理念の正しさを理解している。だけど俺は俺の願いの為にその存在の尽くを食い潰す!!」



 ▼ 『暴食』が戦闘を仕掛けてきた!


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