God doesn't bless you【4】
はい、『魔王』vs『暴食』です。
『暴食』サイドはここで一旦おしまいとなります。
ではでは……♪
古代民の遺跡。曰くそこはかつて『魔王』が拠点とした場所であるらしい。その真偽のほどは分からないがたった一つわかることがある。
そこに現代に蘇った『魔王』がいると言う事だ。
「臭うな。ああ、酷く臭う。邪神の臭いだ」
それは犬と人を足して二で割ったような……いや、少し獣の要素が強いだろうか。そんな姿をしていた。とは言えファンタジーの様なこの世界に於いて取り分けおかしな姿では無い。
ただ、その身体からは寒気を覚える程の覇気が発せられていた。
成る程、確かにこれは『魔王』だ。
「……お前が『魔王』で間違いないな」
「違うと言った所でお前は止まらないだろう。故にその問答に意味は無い。……来い邪神の手駒。この俺が手ずから力を示そう」
「そうだな。……その命、一片残らず喰らい尽くす!」
地面を蹴ったのはほぼ同時だった。だが敵は『魔王』、同時如きで先手が取れる訳も無く――。
「ぐっ」
あっさりと一撃で決着がついた。
「……。おい、いくら何でもこれは無いだろう」
『魔王』の腕があっさりと俺の胸を貫いていた。それもそうだろう。俺の戦闘経験などこちらに来てからの一ヶ月と少し程度でしか無い。真っ当な戦いにおいては俺が勝つ道理は無い。だからこれは当然と言えば当然の話だった。
しかし――勝った。
「呆気ない。実に……ぬ?」
『魔王』が異変を感じ取った様子だがもう遅い。
「……お前今勝ったと思っただろ。『勝てる』じゃなくて『勝った』だ」
俺がニヤリと笑うと『魔王』が驚愕の表情を浮かべた。ああ、分かる。分かるとも。『魔王』の腕は確かに俺の胸を貫いている。普通の人間なら即死。それは間違ってない。だが、俺に関しては大間違いだ。
「何故死んでいない」
「ゾンビだからさ」
何故ならこの身体は、ハナから生きてはいないのだから。
継ぎ接ぎだらけのこの身体は脆いけれど痛みを感じず血も通わない。故に幾ら身体が壊れた所で死なない。
飽くなき食欲のみがあるこの身体。それだけがちっぽけな俺に与えられた唯一の武器だ。
「それならば滅し尽くすまでだ」
驚愕は一瞬『魔王』は表情を引き締めながら腕を引き抜き――。
「ッ!!?」
腕が、千切れた。
俺は積極的に戦える武器を持たない。だがその代わりにこの身体は血肉を貪欲なまでに希求する。それこそ――身体全てを消化器官にしてしまう程に。
『不死性』と『咀嚼』この二つの能力があったからこそ俺は今日まで生きてこれたのだ。因みに『咀嚼』に付随してもう一つの能力があったりするのだが今は割愛する。
「腕を持っていかれたか……。魂が馴染んだとは言えこの身体では武器は出せない。成る程、見事に自爆した訳だ」
「ああ、そうだ。だから黙って食われろ」
そう言うと『魔王』はおもむろに構えを説いた。
「意外だな。てっきり最後まで足掻くものかと――」
ゾクリと悪寒と共にまるで身体の中身を隅々まで見られているかのような不快感が津波の様に押し寄せる。
「寄生か……!!」
「少し違うな。これは精神攻撃だ。肉体的に勝てないなら心を屈服させて身体を奪えば良いと言う訳だ。過去を覗き古傷を抉る。それがお前にとってどれ程の苦痛になるやら。喜べ、貧者。死臭塗れのその身体、この俺が有効に使ってやる」
寄生されないと言うのは嘘だったのかと内心舌打ちしながら微動だにしない『魔王』を睨みつける。すると。
「……はっ、ハハハハハッ!! 何たる道化!! いやはや、ここまで愚かな事をした人間が居るなどと考えもしなかった」
「何が言いたい」
「気が変わった。良いだろう。喰らうが良い」
……食べるが良い?
これは一体どんな心変わりだろうか。だが、『魔王』が何かを狙っているようにも見えない。狙っていると言うよりこれは――。
しかし俺には喰らう以外の選択肢は無い。
「くれぐれも後悔してくれるなよ。もしかしたらうっかり俺が閲覧した記憶を思い出してしまうやもだ」
「……何が言いたい」
「何、俺を喰らうならその代償は高く付くと言うだけの話だ。さて、どうする? 喰らうか? それとも逃すか?」
はったりだ、知った事かとその首元に喰らいつく。まるで獣にでもなったみたいに。……本当、今の俺は喰種そのものだ。
「……ぁ」
今度はすんなりと知識の源泉が思い出せた。思い出せてしまった。
よく振った炭酸水のプルタブを開けた時のように閉ざされた記憶が吹き出すのを自覚する。
この二次元の知識の由来は何処からか。自分が何者なのか。その全てを思い出してしまった。
いや、それどころか『魔王』の正体すら理解してしまった。
「――――――!!」
今すぐにでも『魔王』を吐き出したかった。だが、後悔するにはもう遅過ぎた。『暴食』の身体は『魔王』を完全に取り込んでいたのだから。
「何だよ、それ。……俺は、こんな……」
それは『暴食』の消化に付随する能力が起こした最悪のウルトラCだった。
『暴食』の最後の能力。それは『咀嚼』した対象の本質を理解する『消化』。
本来は食べた対象がどんなものだったかが何となく理解できると言うだけの能力だ。それだけに今の今までノーマークだったのが災いした。
「俺……は。なんて事を……」
俺は今までが地獄だと思っていた。人を殺し、喰らい、その度に罪悪感を募らせた。罪の無い自分が罪を重ねているからこその罪悪。それ故の地獄だと。
……けれど違った。
最初から俺は許されざる大罪を犯した人間だったのだ。
誰も救えないどころか助けようともせず、挙げ句の果てに全てを丸投げした大罪人、それが、俺だった。
頭を抱えてその場に蹲る。耳鳴りが酷い。煩い。まるでそれはクラクションの音のよう。
ああ、今までずっと見ないフリをして来た。聞かこえないフリをして来た。目に焼き付いて離れないあの光景を。耳に響き続けるあの音を。
『清人は私の事……好き?』
『暴食』の正体は……。
杉原清人。




