God doesn't bless you【3】
順調にハイライトの消える『暴食』君……。
俺は『デイブレイク』に入団して以来時折夢を見るようになった。毎度毎度内容は同じで……女の子が車に轢かれる夢。
何度も何度も何度も何度もしつこい位に夢に見るものだからいつからか視界には常に女の子が轢かれる光景がダブって見えるようになった。
それもこれも数日に一回とは言え、精神を著しく削る食事を要求するこの身体のせいだ。あれから、結局俺は人肉しか食べられない事が酷くあっさりと判明し、人喰いが俺の日常と化した。ニャルラトホテプに命じられるがままテロリストや不穏分子を殺害してその場で食べた。まるで……そう、抑止の守護者のように。
その時の甘美な味と胃がねじ切れそうなほどの背徳感を一体何と言えば良いものか。あと数回あれを味わったら正直なところ気が狂う。
……抑止の守護者って何だよ。
はぁと年寄りじみたため息を吐く。この頃は全然駄目だ。出どころ不明な知識は勝手に増えるし、夜はうなされるし、食事をすれば気が狂いそうになる。これはまるで生き地獄だ。精神の安らぐ暇もない。
いや、元よりゾンビとはこう言うものなのかも知れない。獣の本性を誰よりも嫌悪しながら獣性を止める術を知らないままにかつての同族を貪り喰らう。
とは言え悲観しても仕事は増えるし、腹も減るのだから仕方ない。
「『暴食』、新しいお仕事ですよ♪」
思案に耽っていると不快な声が耳に響く。オペラハウスで聴けば感嘆に値する様な落ち着いた低い声も今はただ嫌味にしか聞こえなくなっていた。
「……何だよ」
「まぁまぁ、そう邪険にしないで。今回は貴方の熱望した『魔王』打倒のお仕事ですから♪」
「っ!!」
遂に来たかと内心で歓喜する。これで、これで漸く人喰いを止めれる。そう思うと轢かれた少女が視界に写ろうが些事に思えた。
……ただ気になる事がないでも無いのだけれども。
「場所はティルル=イェルベルの古代民の遺跡。激しい戦闘が予想されますから用心して下さい♪」
「それって俺一人で討伐するのか?」
それは認識の齟齬。
俺の考える『魔王』とは世界を滅ぼす強大な力そのもの。世界の半分どころか全部を持って行く悪鬼の王だ。それを俺一人が討伐すると言うのはいくら何でも無理がある。だからきっと食い違いがある筈だ。
「はい♪ 勿論ですとも。あ、ただ『魔王』についてかなり勘違いされている様ですが」
「勘違い?」と尋ねるとニャルラトホテプは「ええ♪」と期限良さげに答えた。
「『魔王』は確かに危険なものですが現在は封印されていてちみっこい宝珠の様なものになっているんですよ。ただこれが中々厄介で、持ち主に憑依するわ人から人の手に渡るわで所在がとにかく掴みにくいんですよねぇ」
「……つまり、その宝珠を見つけて食えと?」
「端的に言えばそうなります♪」
世界を混乱に陥れる『魔王』が宝珠と言うのだから驚きだった。想像と現実の落差がとんでもない。
「ただし、その宝珠を手にした人間やモンスターは内包するエネルギーによってかなり凶暴になりますからお気をつけて」
だが答えていない。
ニャルラトホテプは間違いを是正しただけで俺が一人で戦う理由を答えてはいない。
「あ、それと。別に貴方一人で、と限定はしていませんよ。誰かと共に戦いたいなら金で雇えば良い。ただ貴方の生態を目にして尚隣に立つ人がいるのかまでは知りませんが。……まぁ、今回の件に関してはその仲間に憑依する可能性がある以上頼めるの貴方しか居ないんですよ。ほら、私以外の『六陽』はみんな出払っちゃってますし。トップは空けられませんから」
「『魔王』は俺に憑依しないのか?」
「貴方には憑依出来ませんよ。何せ『大罪』の名前を冠しているのですから。ささ、善は急げ。さっさと行って食い散らかして下さいよ♪」
そう笑顔で宣いながらも手はシッシッと『さっさと行け』とジェスチャーしてくる。
「……はぁ」
それに釈然としないものを感じながらも俺は古代民の遺跡へと向かった。
♪ ♪ ♪
『デイブレイク』本部のあるヒュエルツ=イェン=ヒェンからジョウキキカンに乗車して数時間後、件の『魔王』が現れたと言うティルル=イェルベルに到着した。
イェルベルにはまだ来た事が無かったけれどこれと言って感慨も無ければ感想も無い。
何故ならこれは仕事だから。これは観光でもないし結局やる事は血生臭い戦闘なのだ。そのステージが少し変わろうが心躍る訳も無い。
ああ、いや、少しだけ期待はしていたか。
「やっと人喰いを止めれる……」
何がともあれ俺は『暴食』としての職務を全うする。
今回のシーンはちょこっと叶人との対比になってます。
叶人→『欠片』を集める仕事』→旅だぜやっほい!(過去から目を逸らしつつ)
『暴食』→『魔王』を食べる仕事』→また汚れ仕事か……。(記憶喪失)




