God doesn't bless you【1】
タイトルは前回の対比になってます。
唐突だけど俺の話をしよう。
まぁ、誰も俺の話を聞きたいなんて思ってないだろうけども。
分かっている。ああ、分かっている。誰もが知りたいのは主人公の話で俺の勝手な自分語りじゃないって事くらい。
それに俺は自ら主人公を降りた身だ。今更俺が主人公を気取るのもおかしな話だと思う。
けれどどうか聞いて欲しい。
くだらない俺のーー『暴食』の話を。
♪ ♪ ♪
――俺は生まれながらにして死んでいた。
何を言っているのか正気を疑うかもしれないが実際そうなのだ。
ゾンビと、そう言えば分かりやすいだろうか。有り体に言えば俺はそれだった。
正直初めて目を開けたときは驚きだった。何せ目を開いたら得体の知れない液体の満たすカプセルの中にいて、しかも身体が継ぎ接ぎだらけなのが見えたのだから。
「おやおや、健全な肉体には健全な魂が宿ると言いますが、不健全な魂には不健全な身体が与えられるのですか。これは中々に因果なものですね♪」
俺が目を開いて暫く一人の男がやって来た。緑の頭髪に眠たげな碧眼。この瞬間俺の脳内に一つの単語が浮かんだ。即ちーー。
「……異世界、転生?」
そしてふと、『異世界転生』なる単語をどこで耳にしたのだろうかと疑問に思う。前世でだろうか。だが肝心の前世についての記憶が朧げでハッキリしない。
「ふむ、記憶は混濁気味ですか。成る程成る程成る程……」
眉根を寄せながら過去を想起しようとしていると異世界人と思しき男性は手をポンと叩きながら口を開いた。
「ああ、自己紹介がまだでしたね。私の名前はニャルラトホテプ。神様、GM、ウルトラヴァイオレット、或いは……そうですね、ネクロマンサー。そう言った類の者です」
「……ネクロ、マンサー」
継ぎ接ぎだらけのこの身体、そしてネクロマンサー。それは奇妙なことに生前プレイしたTRPGの――永い後日譚の世界と合致した。ただ相変わらずその知識の源泉は分からないのだが。
「何となくご理解頂けたようですね。ようこそ■■■■さん。いえ『暴食』。黒幕は貴方の転生を歓迎します」
「?」
名前の部分が、聞き取れなかった。どうやら自分に関する単語は聞き取れなくなるらしい。これが所謂難聴系と言うやつだろうか。なんとも厄介な仕様だと思う。とは言え聞き返すのも何となく躊躇われたのでそのままにしておいた。だが、彼は目敏くそれを察したのか。
「ふむ、自分の事を思い出せていない。いや、意図的に隠そうとしているのでしょうか。どちらにせよ興味深い事です♪」
なんて意味深な言葉を吐いた。
こうして二度目の生(死体スタートを生と呼べるのかは微妙だが)が始まった。
……思えば俺はこの時とても楽感的だった。ゲームの世界に来たと思って浮かれていたのかもしれない。もし仮にそれから先に何が起こるのかを予期していたならその場で凡ゆる手段を用いて自殺しただろう。
いや、予期していなくとも俺はこの時点で死ぬべきだった。
だって俺は大罪を犯した咎人なのだから。
♪ ♪ ♪
その日俺は己への罰の形を初めて知った。
俺は目覚めて以降ニャルラトホテプの仕事の手伝いをしていた。自称黒幕たるニャルラトホテプの仕事は多岐に渡り『デイブレイク』と呼ばれる騎士達の派遣や世界各国の情報収集及び精査など数え出せばキリがない。
そんな中、俺はこの世界に来て初めて空腹を覚えた。
俺は目覚めてから一度もエネルギーを補給していなかった。自分がゾンビである都合上そんなものかと納得していたのだが、どうやら違うらしい。
その旨をニャルラトホテプに相談すると彼は『承知しました♪ 食べれそうなものを色々とテストしてみましょう』とやけに上機嫌になった。
仕事を切り上げるとニャルラトホテプと共に下町で昼食を取ることになった。異世界に来てから初の食事と言う事もあり俺は少し興奮する。
一体どんな物があるのかと期待に胸を踊らせていると、不意に甘い香りが漂って来た。それは表通りの食事処から――では無く薄暗く細い路地の辺りから漂っているようだった。
「どうかしましたか、『暴食』」
「あっちから良い匂いがしたんだ」
「そうですか♪ もしかしたら知る人ぞ知る名店があるやもですね♪ 貴方の鼻赫子がそう囁くならきっとそうなのでしょう」
「……俺はあくまでもゾンビでグールじゃ――」
そこで一つ、思い浮かんだ事があった。それはありえて欲しくない仮定の話。
俺の主食、それはもしかして……。
「おや、見事にご臨終なさってますね♪」
――そこにあったのは人間の死体だった。
本来死臭がするところが俺にはそれが甘美に感じられる。
何度も何度も否定する。けれど本能は声高に叫ぶのだ。『そこに、主食があるのだ』と。
涎が地面に垂れてぬらぬらと光る。
「まだまだ暖かい男性の死体。貴方は食べたいんですか?」
何処か挑発的にニャルラトホテプは言う。それはさながら悪魔の囁きのよう。いや、そのものズバリだ。
食べたい。食べたい。折角あり付ける食物だ。これが食べたくない訳が――。
「……今、何を考えてた。俺」
涎を垂れ流しながら愕然とする。俺は至極当然のように死体を貪ることのみを考えていた。
その思考の悍ましさに思わず全身の毛が逆立つ。それでもこの身体は尚唾液を分泌させ続ける。
――なんて浅ましい。
「何なんだ? はははッ、なんなんだよこれは!! あり得ない! あり得ないだろッ!! 何だそれは! 俺は狗にでもなったって言うのか!!」
「おやおや、これはいけませんね。空腹は苛々を誘発します。我慢は毒ですよ♪」
頭を抱えながら蹲る俺にニャルラトホテプはそう言って――口に、何かを押し込んだ。
「Happy birthday『暴食』♪」
――――ッ!




