Goodbye Days【4】
タイトル回収しますよー!
鼻腔を刺激するえげつない匂いにライガは唯の前で動きを止めた。
「唯、頼んだ!」
俺がそう言うと露骨に顔を顰めたが、この好機を逃すまいと銃弾を放つ。
「仕方ないわね……不全の弾ッ!!」
弱体の魔弾と臭い玉による混乱が効いているうちに俺はアニを抱えるとライガから距離を取る。
「おい、アニ!! しっかりしろ!!」
肩を揺さぶる。擦り傷はあるが目に見える部分に目立った外傷は見当たらない。けれどだからと言って安心も出来ない。何せライガの突進を代わりに受けたのだ。骨にダメージが行っている可能性がある。
俺の考えた策は博打に等しい。ボタンを一つ掛け違えば大惨事は免れないどころか確定してしまう。もしこれでアニが重傷を負ってしまったらその時点で俺の全面的な敗北が決定する。
嫌な汗を流しながら無限収納に予め入れておいた薬草を使ってアニを簡易的に治療を施す。
幸いライガが放電する様子は見えないし、臭い玉が余程鼻に効いたのか身悶えしている。
「オルクィンジェ、戦況はどうなってる」
『今凩と篝が戦線に復帰した。そしてライガはお前が見た通りだ。ライガに対して効き目の薄いお前と動きの精彩の欠く娘が抜けたのに対してライガがあの様だから戦況はこちらの有利と言って良いだろう。暫くすれば凩の言った例の新技を使うまでも無く勝利出来ると言うのが俺の見立てだ』
「やっぱり、そうそううまい話は無いか」
その報告に思わず乾いた笑いが漏れる。俺は自分の理想を押し付けようとした。その為に策を弄した。犠牲を許容どころか強要するような、そんな策を。
俺のワガママが悪戯にアニを傷付け、その上仲間に負担を強いた。
『けれどお前は止まらない。相違ないな?』
「っ……。ああ、そうだ。俺は今更止まれない。止まりたくない」
――初めてだったのだ。俺が自分からこんなにも何かを為したいと、そう思ったのは。
俺にとって救済は義務であり、存在意義であり、贖罪であり、代償だった。
でも今回のケースは違う。誰も表立って助けを求めていないし、何より本人がそれを拒んだ。『優しさが痛い』と。
だから、これは俺が生まれて初めての思い、願い。
結局は自分本位なのは分かっている。それで不都合が生じたのは理解している。
だからこそ、止まれない。止まりたくない。
「……ん」
アニが、目を開いた。焦点の合わないその瞳は何処までも無機質なようで胸が締め付けられる。
だが、背けてはならないのだ。
背けたら、きっと何も変わらないから。
「……叶人。私は、役に……立てた?」
俺はこんな卑屈で、弱々しい笑みなんて、大嫌いだ。
「そう言うの、もうやめにしないか。役立つとか、役に立たないとか。そんなのフェアじゃない。……俺たちは仲間だろ?」
「そう言う問題じゃ、ない。私は、叶人の役に立つ為に動く。それだけ。それだけで、構わない。それ以上は望まないし、欲しない」
それは違う。
手を伸ばしたら何かをとりこぼしてしまうかもしれないから。だから『とくべつ』を目の前にしても『あれは酸っぱい葡萄だ』と手を伸ばす事なく諦めているだけだ。
「それで、良いのか」
「構わないって、言ってる」
駄目だ。これではまた平行線だ。今の俺とアニは水と油。絶対に交わらない。お互いに決して妥協出来ない。
もどかしい現状に歯噛みしていると不意に背筋に冷たいものが走った。
『――ッ不味い! 雷撃がこっちにも来るぞッ!!』
反射的に『災禍の隻腕』を使用するとアニに覆い被さる。説得に時間を掛け過ぎたか――。
「うぐっ……」
背中に、雷が落ちた。霊衣を貫通して皮膚が焼け焦げるのが分かる。だが、それに加えて毎度お馴染みの灼熱だ。皮膚が焼け焦げると焼け焦げた皮膚が発火し、もう一度焼ける。治るとは言え事実上二度焼かれる訳だ。あまりの痛みに気を抜けば直ぐ様意識が持っていかれそうだ。
腕の中にスッポリと収まる彼女に怪我が無い事だけが唯一の幸いか。
「オルク、ィンジェ皆は」
『無事だ。紙一重で躱していたからな。唯に関してはジャックが寸前に蔓で後ろに下がらせたからな。残念賞はお前だけだ。あっちは最後の力を振り絞り始めた所だ。程なく区切りを付けるだろうな』
「……そうか、なら安心だ」
『ああ――だからお前は為すべき事を為せ」
全く、俺の仲間は心強いにも程がある。こんなの、ズブズブ頼り切ってしまいそうだ。
だからこそこの期待には報いなければならない。俺の、俺だけの望みの為に。
「また、私は……守れ」
すぅと、息を吸い込み。
「――馬鹿、言うなよ」
吐き出す。
守れなかったとだけは言わせない。言わせてなるものか。
「良いか、何度でも言うけどな。俺と、お前は対等で仲間だ。俺だけが守られる理由も、必要も、そんなのどこにもない」
「でもっ! それじゃあ……」
俺は守られたいのでは無い。一緒に並んで欲しかったのだ。守る守られるの関係は圧倒的な力の前ではあまりに脆い事を知っているから。
だから、共に、側に立って戦って欲しいのだ。以前のように。
「そんなに自分を安売りするなよ。それとも俺がそんなに凄いか? 戦場を放っぽり出して、高みの見物かました挙句攻撃に被弾する馬鹿がか?」
「そんな事はーー」
「そんな事ある。それは事実だからな。それに……一人、女の子泣かしてんだ。タカがしれてる。そうだろう?」
「違うって言ってる! 叶人の、分からずやッ!!」
アニはそう叫んだ。いつもと違う激情家な一面に少し驚きながらもその言葉に首肯を返す。
「……ああ、そうだ。俺は分からずやだ。人の気持ちを勝手に自分の物差しで推し量って、考えて、大事な場面で間違える」
清人に対しても、唯に対しても。ずっと読み違えて、から回って来た。でも、だからこそ一見間違いだらけのこの選択肢が正解なのでは無いかと、そう思った。
「でもな、分からずやでもな。分からないなりに思ってる事があるんだよ。……言いたい言葉があるんだよ」
ゴクリと唾を飲み下し、腹を決める。
声が震えませんようにと、そう願いながら。
「アラクニド、いや、アニ。俺と結婚してくれ」
♪ ♪ ♪
俺はずっと、アニが好きだった。だからこそ、今の彼女が痛々しくて見ていられなかった。
けれど俺にはどうすれば良いのか分からなかった。どうすれば――あの柔らかな笑みをもう一度見れるのか。それが、分からなかった。
だが、唯に諭され、オルクィンジェと共に過去を見てふと気付いたのだ。俺は、アニに対して『好きだ』と一度も言葉にしていないのだと。気持ちを汲んでくれるだろうと考えて曖昧に濁して逃げて。だから、それを伝えようと思った。
思ったのだが――気恥ずかしくて、言えない。
それに今のアニが素直に受け取ってくれるとも思えない。
理由が要る。俺が『好き』を伝えるだけの理由が。大胆に口にして伝えられるような状況が。
だから作った。
理由、『名前を変えて意識を変えたいから』。本心は好きを伝えたいから。大義名分が無いと伝えられないような気がしたから。
状況、『強大な敵と戦闘』。本心は自分の羞恥心を麻痺させたいから。極限の状況なら言えると思ったから。
そして、最後は……。
♪ ♪ ♪
アニは驚愕に目を見開いた。それもそうだろう。このタイミングでぶち込んで来たのだから。
「それも、嫌か?」
「……それは、無理、だよ。だって、唯が、叶人の事、好きだって。だから」
「それでも、俺が結婚してやんよ。だってこれが、杉原叶人の初恋、なんだからな」
結局、俺はベタ惚れなのだ。俺は彼女の笑顔をもっと見たいし、俺は彼女を支えたい。もっと触れたいし、もっと色んなことを話したい。ずっと側にいて欲しい。アニの胸の中で泣いてから自覚した。
「はつ……こい?」
「ああ。そうだ。初恋だ。知らなかったのか? 俺、好きなんだ。……好き、なんだよ」
これ以上の言葉が見つからなくて、それでも何かを伝えたくて、声を震わせながら俺は尚も口を開く。
「旅が終わったら金を稼いで家を買おう。それで、その、子供が出来たりとか。意見とかがぶつかっても仲直りしたりさ。そう言うの、良いなと、思ったんだ。だから……俺と結婚してくれないか。俺の人生は全部やるから、だから、貴女の残りの人生を、全部俺にっ!!」
「……叶人は、ズルいね」
そう言うと、アニはゆっくりと、けれど確かにくすりと微笑んだ。その顔が余りにも綺麗だったから、それだけで何もかもが報われた気分になった。
「……不束者、ですが。これからも、一生。ずっと傍に、居て、下さい」
涙が溢れた。俺は何故泣いているのだろう。分からない。けれど、涙が止まらなくてほんの少しだけ困った。
♪ ♪ ♪
暫くの後コホンと、咳払いの音が一つ聞こえた。
『良い雰囲気の所邪魔するようで悪いが、先ほど戦闘が終了した。今すぐその体勢をどうにかしなければ不味いことになるぞ』
「ん? この体勢」
よくよく見てみると、こう、雷撃から庇ったせいで俺がアニを押し倒したみたいな感じになっている。
アニもアニで衣服がややはだけており、何とも言い難いような色気があるような――。
あれ、これ不味くないか? この状況って。
『仲間の戦闘中に乳繰り合う男女のように、見えるかもしれないな?』
「……goddamm」
仲間との合流迄にどうにか誤魔化さなくてはと立ち上がろうとするとにゅっと、二本の手が俺の頭をガッチリとホールドした。そして、腕の主はそのままゆっくりと己の顔に俺の顔を近付けると。
「これは、仕返し」
そのまま、唇同士を触れ合わせた。
それは一瞬だったか、それとももっと長かったのかは分からない。けれど。
「あんさぁん! そっちは無事か……の?」
「あわわわ大変かな!? 叶人が大変な変態さんになっちゃってるかな!!?」
「ふむ、漸くくっついたか。ともすれば帰還したら盛大に祝わなければならないか?」
「……ロリコン」
俺が唇を奪われている間に仲間たちが大集合って、どんな羞恥プレイだろうか。
「叶人」
「な、なんでございましょう」
「ん――好き!」
さて、このタイトルですがエンジ●ルビーツのサブタイトルと同じです。
まぁ、つまりそう言う事です。




