Goodbye Days【3】
アニはその会話を聞いていた。
『私が焦がれて止まない男が、他の女の事ばかり考えているのって妬けるもの』
その声の主は高嶋唯。杉原清人の幼馴染。杉原清人の恋人。その筈だった。だからその言葉に酷く違和感があった。
焦がれる。それはどんな感情に由来する物なのだろうか?
『嫉妬』の権能を持つ彼女。その妬みの源泉はーー。
『勘違いしないで頂戴。私は飽くまでも杉原叶人が好きなのであって杉原清人の影を見ている訳では無いわ。言うならばこれはそう、二度目の初恋。それじゃあ駄目、かしら?』
思考が、白く染まる。
それは余りにも残酷な答え合わせ。ーー唯もまた、叶人の事が好きなのだ。
「……っ」
鋭い刃物が、容赦無く心に突き刺さり、そのままズタズタに引き裂いて行く。
しかし彼女は俯き、体を震わせるだけで何もしない。いや、出来ない。何故なら彼女は二度の失敗により何か行動を起こすだけの権利をーー勇気を失ってしまったのだから。一度目は叶人を瀕死にさせた時、二度目は怠惰と戦った時。回数で言うならたった二回。けれど彼女にとってはそれが致命傷だった。
彼女は機を逸してしまったのだ。ただ一言好きだと、そう言えるタイミングを。
ネイファに来てから居心地の良い距離に甘んじて言葉にして伝える事を怠ったツケが今来たのだ。
『それじゃあ一丁、素敵なデートをおっ始めようか!』
そう後悔している間にも話は続き、会話の幕は降りる。
そして彼女は結論を出した。もう何もかも、遅かったのだと。
後悔が胸に押し寄せては、透明な滴となって頬を伝い落ちて行く。彼女が『とくべつ』だと思った人は、他の人にとっても『とくべつ』で、その人にとっての『とくべつ』は自分ではない。それだけの話なのに、喉がヒリヒリと痛んで、鼻がツンとして。
「……」
嗚呼、これが失恋と。そう言うのだろうか。
♪ ♪ ♪
つつがなくアニを除く全メンバーの了承を得ると俺たちは大森林のさらなる奥地へと歩みを進めた。
道中のモンスターは俺と唯がサポートに回りつつパーティーの最高火力である凩と篝が一撃を叩き込めば容易に突破出来た。
攻撃の七割方をハザミペアに任せているとは言えこちらに来た当初よりも手慣れてきたように思う。レベルが上がってきているのかもしれない。
「それに、意識してたわけでは無いけどコレの回収も出来てるからな」
摘んだばかりの薬草を眺めながらそうひとりごちる。大森林は希少な薬草の宝庫であり、高値で取引されるものが多々ある。それが強力なモンスターを恐れてか、全くの手付かずの状態で残っているのだ。
これからの戦いで怪我をする事を想定すれば今ここで薬草を回収出来るのは非常に有難い。勿論使わないなら使わないで換金も出来るから死蔵する事も無い。これは最早薬草と言うよりもYAKSOUと呼んだ方が良いのではないだろうか。
「とは言えーー」
そこまでの思考を打ち切りアニの方を向く。彼女はいつに無く張り詰めたような顔をしていた。きっと前回の失敗が尾を引いているのだろう。今度は失敗しまい、失敗は許されないと考えているのが険しい表情からひしひしと伝わってくる。
「アニの為にも……じゃなかったな。今回は俺の為にこの状況は早めに突破しないとな」
今のところアニは目に見えて大きな失敗をしていない。けれど、その事ばかりに気が向いているのか注意力が散漫になっていて、肩に力が入り過ぎている。いつ致命的な失敗が起きてもおかしくは無いような危うい状態だ。
そして、遂にそこへ辿り着く。
先ずぞわりと皮膚が粟立った。それは強大な敵を前にした時にのみ訪れる生命のアラート。この先に件のライガがいるのだと本能が告げた。
「皆んな、この先から嫌な気配がするよ。気を付けて欲しいかな」
俺の直感を裏付けるようにジャックはそう言う。
「おう、任せとけ。俺がバッチリ決めてやんよ」
「今回は団長も前に出ると言う事か?」
「いや、それとは多分意味合いちゃうやろ……」
イマイチ要領を得ない篝の言に突っ込みを入れる凩の姿を見ながら奥へ奥へと進んでいく。
そして少々歩いた先にソイツは居た。
「これがライガか……!」
人間の倍の全長を持ついかにも凶悪そうな巨大獅子が、そこには居た。ただ百聞は一見に如かず。その威圧感は想像を遥かに超えていた。
ライガは俺たちを視界に収めるや否や低い唸り声を上げながら臨戦態勢に入った。
「……来るわよッ」
そう言うが早いか、凩と篝の二人が同時に前へと飛び出した。それに追随する様に俺と唯が左右に展開してそれぞれデバフの弾丸と魔法を放って行く。
まず、その機動力を殺す。
「案外賢いわねあの猫!」
だが、野生の本能で唯の弾丸が脅威だと察したのかデバフだけは確実に回避してくる。凩と篝の二人が抑えに回っているのに避けて来るのだから恐ろしい。その分俺の魔法は当たって良いものと割り切っているのか面白いように当たる。問題は効果が薄い事なのだがーー。
ならば、シチュエーションも大事だがここで一枚手札を切ろう。
「オルクィンジェ!!」
何度も難局を乗り越えてきた時間制限付きの切り札の一枚。
切りどころがやや早い気もするが脅威と認識されていない今のうちに少しでもダメージを与えておきたい。
しかしオルクィンジェの返答は予想だにしなかったものだった。
『残念だが、それは不可能だ』
「ッ!? 何でだ!?」
『言った筈だ。お前は一人の人間になりつつありその分だけ俺が入る隙が小さくなっていると。だからこうして余剰分を外に出している訳だ。……これの意味するところは分かるだろう?』
「……まさか」
スイッチ。その本質は人格の入れ替えによる肉体の支配権の譲渡。俺とオルクィンジェの意識が釣り合っていたからこそ起きたウルトラC。だが、俺の自我が増幅した事により均衡が崩れて入れ替われなくなった。
推測でしか無いが多分これが正解なのだろう。だから、俺はもう入れ替われない。
「弱体化入ってるのかよ……!!」
だがそうも言っていられない。まだ状況はそう逼迫しているわけでは無い。寧ろ一手トチれば即詰みのある場面でこうならなかった分だけまだマシと言えるかも知れない。
そんな時、思考を掻き消すかのような大音量が耳に響いた。それが件の巨大獅子の咆哮だったのだと後から気付く。
急いでまた弾幕をと思ったが、身体が動かない。辛うじて動く眼球でライガの姿をを追うとーー獅子は巨軀を以て前線の二人を跳ね飛ばしていた。
漸く身体が動くようになる頃には獅子は唯の方を向いていた。
急いで『災禍の隻腕』からの『加速』で盾になろうと試みるも、それよりも先に誰かが獅子と唯との間に割り込んだ。猛進する獅子の前に出た小柄な影は直線上の唯を突き飛ばすと代わりに跳ね飛ばされた。
「アニ……!!」
予想していた。いや、俺はこの状況こそを求めていた。だとは言え……いざそれを目前にすると身体が竦む。
けれど立ち止まる事は許されない。
寧ろ俺の作戦は順調に機能していると言って良い。
諸悪の根源だからこそ臆するな。
今この一瞬を嘆くなーーッ!!
身体に気合を入れ直し『加速』を全開。そして腕を大きく振りかぶる。
手から飛翔するのは一つの球体。
飛翔体はライガの微かに横の地面に着地すると即座にその真価を発揮する。
「臭い玉だァァァァァッ!!」




