Want to be lover【Ⅵ】
何を思ってか妙な事を口走った俺はめでたく唯の冷淡な視線を頂戴し、土下座をする事となった。
「で、さっきの言葉の真意教えてくれるわよね?」
唯は否を許さない威圧的な口調で告げた。
ただ、ここで洗いざらい作戦概要を話したら作戦は水の泡。敢えなくおじゃんだ。それに協力を取り付けられなくてもおじゃんだ。……罵倒を要求する作戦と言うのもどうかと思うけれども。
「えっとな、これはその、そう。アレだ、言い間違い?」
「そう、では本来の頼み事は何かしら」
言葉に窮する。流れで誤魔化してしまったが、実際要求はソレなのだ。なのだが……。
もう一回『とあるタイミングで俺を罵倒してくれ』なんて言ったら今度こそ『嫉妬』の能力を使って来そうな凄みが、今の唯にはあった。
あれ、詰んでないかコレ? 協力を得られなくても駄目、作戦を悟られるのも駄目。なんてこった。
「早く、言いなさい?」
「ハイ御免なさい! 『何処かしらのタイミング』で俺を『口汚く罵る』事が俺の要求です御免なさいッ!!」
直後、沈黙が降りかかる。耳が痛くなる程の静寂が質量を持って肩に乗っている気さえする。
「……そう、それは私に悪役をやれと、そう言う理解で良いのかしら?」
「それは違う!」
唯が悪役……嵌まり役だとは思うが今回俺が唯に求めるポジションはそこでは無い。寧ろ期待するのはその真逆、正当な理由を以って俺を糾弾する正義の執行人だ。
「唯にそんな役回りはさせない」
そう言うと唯は「ふーん」と俺に疑惑の視線を寄越した。
「私を悪役にしない、つまり私に悪印象を与えようと言う意図は無いという事。けれど罵倒を必要としている。その状況を推察するにその罵倒は正当なモノって事になるのかしら」
冷や汗が流れる。唯を慮っての発言が完全に裏目に出た。
ここで悟られてはならない。悟られては『俺の印象を下げる』ステップが上手く行かなく可能性がある。それだけは何としても避けたい。
「叶人、顔を上げなさい。ーーそして歯を食いしばりなさい」
意図がよく分からないままに面を上げるとーー。
ベチィッ!! と痛烈な一撃が頭に吸い込まれた。
「痛ァッ!?」
視界がクラクラと回り、お星様が視界の端に生まれては消えて行く。何故いきなり打たれたのかと不思議に思い彼女の顔を確認すると、そこには不機嫌を通り越して修羅の如き形相をした唯がいた。
「これでチャラ。……安心しなさい要求は受けるわ。お望みのタイミングでこき下ろしてあげるから覚悟なさい」
「……何がチャラなんだ?」
そう尋ねると、不機嫌さはそのままに、短く答えた。
「ーー好きな人を、貶めるような真似をする事」
……ああ、そうか。
「仔細は聞かないわ。けど、何となく貴方が犠牲になるのは読めた。流れまでは読めないけどその様子だとロクでもない事を考えているのでしょ。だからこれは先制」
ある間違いだらけの青春ラブコメでも言っていたっけ。『誰かが傷付く事を痛ましく感じる人がいる』のだと。
唯は俺を好きだと言った。だからこそ、俺が俺を下げる事を良しとしない。
さっきのはだからこその妥協点だったのだろう。俺を貶める俺への制裁だ。
「……ありがとうな」
それを理解して尚止めなかった唯に自然と感謝が漏れる。けれど唯はそれをどう受け取ったのか。
「変態」
そう痛烈な一言を残した。違う、そう言う意図ではない。
「まぁ、精々頑張んなさい。背中を蹴り飛ばす位ならいつでもやってあげるから」
「唯も大分変わったな」
「別に、失敗から学んだだけよ」
それだけ言うと彼女は仄かに頬を染めながらそっぽを向いた。
♪ ♪ ♪
自室に戻るとベッドにゴロンと転がる。ダンジョンと言う性質故かベッドメイキングの済んだそれはどこまでもピシッとしている。
そんなベッドに身を横たえながら考える。
現状と言うのは案外考えるべき事柄は多い。アニの問題もそうだが、並列して大森林の攻略、そしてその後に待ち受けている『暴食』の対象法も考えなければならない。
特にアニの問題との兼ね合いで大森林の攻略は優先度が高い。何せここから向かうのはネイファ、アニが捨てられ、そして拾われた町だ。トラウマになっていると断定は出来ないが、それでも問題を解決しないまま向かうのは憚られる。となるとこの大森林で全てにケリをーー。
「……」
そこまで考えて思考が鈍麻する。それと共に耐え難い眠気が俺を襲った。
思えば『怠惰』の襲撃に加えてアニの過去の追体験、そして唯との交渉と今日一日だけでかなりのハードスケジュールをこなしている。疲れが溜まるのも、眠くなるのも当然だろう。
「……」
俺は眠気に身を委ね、微睡の中に落ちて行く……。




