Want to be lover【Ⅱ】
書いてたら結構アレな子になっちゃったけどまぁ仕方あるまいて。
序盤加筆しました! すんません!
「さてと、アタシも遂に働くのかぁ」
「……今まで、仕事をしなかったのが異常」
ガックリと項垂れる師匠に対しアラクニドは冷淡に返す。
何故師匠が仕事を始めたのか、それは上陸初日の夜にまで遡る。
島に上陸した二人は例によって例の如く野宿生活を開始したのだがーーそこで重大な問題と直面した。
この島、夜になると魔獣が大量に湧いて来るのだ。何でもハザミの周辺は負の感情を集めやすい土地であるらしく、そのせいで毎晩のように魔獣が出て来て夜が物騒極まりない。
まさか、昼は食料になる獲物を狩り、夜は魔獣を狩るなんて生活を送る訳にもいかず早々に野宿生活の構想は頓挫する事となった。
それではと『魔獣を狩ってお金を稼いで暮らそう』と思い付き、ダメ元でそういった職を探したらーー案外簡単に見つかった。
それが師匠とアラクニドの現在の職場である『魔獣狩協会』だ。
ここはハザミ本島と違い島を取りまとめる一族が魔獣を狩る訳では無い。その代わりにこの島の亜人は独自に『魔獣狩協会』ーー『ギルド擬き』を作る事で夜を乗り越えていた。
「とは言え、アタシが亜人だったのがプラスになるってのも驚きだったな。これも異なる価値観ってね」
師匠はそう言うと表情を一転、ニッと笑った。
余談になるが師匠の就職活動がスムーズに進んだ理由は彼女が亜人であった事が大きかったりする。『魔獣狩協会』は虐げられた亜人達に職を与える役割を果たしていたから一行は意図せずそのおこぼれに与った形だ。
兎にも角にも今日、二人は職を手に入れたのだった。
♪ ♪ ♪
魔獣。それは人の絶望が生み出す異形の悪鬼。人の心が生み出す悪辣なる写身。
生温い風が吹き抜ける夕闇のハザミには魔獣達で溢れ返っていた。
「アラクニド、よぉく見ときな。あれが絶望の具現。アタシ達が狩るべき対象だ」
小高い丘の上で這い上がるそれらを指差しながら師匠はそう口にする。
「歪んだ心は歪んだ形になって現れて、鬱憤を晴らすみたいに暴れ回るんだ。……さてと、ここでアラクネクイズのお時間だ。なぁアラクニド、お前は絶望って何の事だと思う? ああ、一応言っておくけどこの問いには明確な答えはないから自由に考えてくれ」
絶望。その言葉から真っ先に連想したのは生まれてから数年間を過ごした町、ネイファだった。常に飢饉に喘ぎ、怒声が飛び交い、いがみ合うのが普通な二度と戻りたく無い故郷。
だが劣悪な環境に反して不思議な事にそこには魔獣は少なかった。
彼らはどれだけ飢えて、乾いても絶望しなかった。
それは何故かと考えて思考が停止する。
ーー絶望とは、何なのだろう。
今まで漠然と耳にして来た。しかしその正体をアラクニドは知らない。
「答えられないか」
「……ん」
「アタシはな、絶望って特別なモンを知ってる人間こそが侵される病だと思ってるんだよ」
「『とくべつ』?」
「ああ。ヒトってのは無関心なモノを失っても絶望なんて絶対しない。ヒトが絶望する時は決まって何かしら執着するモノを失った……或いはそれが手元に無い時だとアタシは思うんだよ」
「それが、『とくべつ』?」
思えば確かにそうかもしれない。事実アラクニドはネイファにいた頃重要だったのは『今日を生き残る』のみで他にあまり関心は無かった。だからこそあの環境に身を晒しながら絶望しなかったのだと言われると何だか納得してしまう。
「だからさ、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ絶望できる奴が羨ましいとか思っちゃうんだよ。アタシは。ほら、アタシ根無草だから。特別なのはこの身一つだけだし。だから……どうにもあるかどうかも分からない特別なモンに焦がれちゃうんだよなぁ」
それはいつもとは違い酷く儚げな声色だった。脆くて、触れたのなら直ぐに割れてしまいそうで、けれどもどこまでも透明で美しい。
「ししょー」
「何だ? どうかしたか?」
「ししょーはきっと、もう『とくべつ』な物を見つけてる……と、思う」
アラクニドがそう言うと師匠は一瞬だけ驚きに目を見開き、その後柔らかな笑みを浮かべた。
「……アタシの弟子が言うなら、きっとそうなんだろうな。何つったってこのアタシの弟子なんだからな」
そう言うその顔は何処か誇らしげで、その頬は微かに朱が刺していた。
「ほいじゃあ、狩りの時間だ。アラクニド、一狩りしてガッポリ稼ぐぞ」
♪ ♪ ♪
この時の愚鈍で空虚な少女は理解していなかった。魔獣を狩るという行為の持つ本当の意味を。
♪ ♪ ♪
夕闇が這い出で、烏が自らの寝ぐらに帰り切った頃。アラクニドは二本一対の短剣を手にいつものように多数の魔獣達と切り結んでいた。
「……っ!!」
アラクニドには生まれてこの方夢中になれる、執着出来る物がなかった。それが無い事で何か不便があると言う訳でも無いがーーそれが少しだけ寂しく感じられた。
「……」
胸にある虚無に目を塞ぐように糸を操り、魔獣を縛り付け、拘束する。
しかし幾ら魔獣を狩っても胸の虚無は埋まらない。それどころか日に日に虚無が広がっていく気さえした。
『とくべつ』なものを持つが故に絶望した彼等。
『とくべつ』な物が無い故に絶望しない空っぽな自分。
その差は余りにも大き過ぎた。
「……邪魔」
だからだろうか。魔獣を狩る度に『お前は空っぽの伽藍堂だ』と、そう嘲笑されている気がしてならなかった。
魔獣を狩れば狩る程に突き付けられるその空虚感は段々と泥のように身体にへばり付き、愚鈍な少女を飢えさせ、駆り立てる。
ーー早く『とくべつ』を見つけなければ。
勿論、焦る必要性は何処にも無い。いや、そもそも探す必要性すら無いのかもしれない。にも関わらずアラクニドは日に日に焦りを感じ始めていた。
その一因にはやはり師匠の存在があった。
師匠は変わった。ハザミに上陸してから良く笑うようになり、元から余裕綽綽と言った態度がいつの間にかゆるりと落ち着いた大人の余裕に変わっていたのだ。
『特別なモンは未だ良く分かって無い。けどさ、何だかこれで良いのかなって思い始めてな。アタシがいて、弟子がいて、旅をする。そんだけで充分過ぎるし、それ以上を望む必要があるのかなって』
宿屋で師匠はそんな事を口にしていた。
あの『とくべつ』な物を探すためだけに故郷を捨てて旅に出た師匠がだ。
アラクニドはその心変わりの原因に心当たりがあった。
ーー嗚呼、とうとう師匠は師匠だけの『とくべつ』な物を手に入れてしまったのだ。
その結論がアラクニドの中の焦燥を更に加速させる。
「……どうして、ししょーだけッ!!」
何処にあるのか分からず、何なのかを知らず、実在するのかすら不明瞭。そんな物を欲しても飢えるだけだと知りながらも愚鈍な少女は求める事をやめられない。
ーーだから、この帰結はある意味当然だったのかもしれない。
魔獣の一体を切り飛ばした瞬間、不意に手の甲の辺りに鋭利なトゲが刺さったかのような痛みが走った。
アラクニドはピリリと痛むその箇所に目を向け驚愕する。
その手の甲から、夕闇よりも尚深い黒の瘴気が噴き出していたのだ。
アラクニドはその現象が何を意味するか知っている。
それはーー魔獣化の予兆だった。




