Path of tragedy【3】
月日は経ち、アラクニドと師匠はハザミーーに程近い離島の一つに流れ着いていた。
陽光を反射するのは白い砂浜、映し出されるのは何処までも深い青い色あいの海。そして眼下に広がるのはーー無残にも大破した木造船の残骸。
そんな中師匠は呑気に両手を天に掲げながら喝采する。
「やって来ました悪鬼羅刹の跋扈する魔境ハザミぃ!!」
「……それ、多分違う」
心なしかゲッソリとしたアラクニドが突っ込むが師匠のハイテンションは止まらない。イヤッフゥゥゥ!! と蜘蛛足をカサカサと駆動させーーいきなり糸が切れたみたいにその場で倒れ伏す。
そしてタイミングよく腹が特大の重低音をかき鳴らした。
「……腹、減った」
師匠の奇行&醜態にアラクニドは頭を抱える。
一体どうしてこうなってしまったのか、それは数日ばかり前に遡るーー。
♪ ♪ ♪
大森林でのサバイバル、もとい特訓を終えた二人は順当にロウファで暮らしていた。暮らしていたのだがここで大きな問題が発生していた。
「……飽きた」
師匠はとても我慢弱いタチである。それ故に停滞と退屈をトコトンまで嫌う傾向があった。
ほんの少し前までは弟子の育成と、アラクニドが美少女に変貌を遂げるのを見て悦に浸れていたのだがーー。
「だってアレどう考えても美少女の最終形態じゃん? 『操糸闘法』もマスターしちゃってるじゃん? じゃんじゃじゃじゃん?」
アラクニドが、色々と完成してしまったのだ。
まず容姿。説明不要。美少女である。
まぁ、一部は扁平……平均よりも小さいものの全体として調和の取れているしなやかな体付きになっており、その上肌理も細かいときた。男所帯の中に放り込めば垂涎どころか滴り出る涎で大洪水を起こせそうだ。尤もそんな事は絶対にしないし、させないのだが。
お次は実力。こちらも中々素晴らしい。『操糸闘法』を使える人間は仕様上極々少数に限られるが恐らくその中でもアラクニドは最強格だろう。何せアラクニドの『操糸闘法』は糸の強度以外は大体本職のアラクネに匹敵するのだから。いや、反射速度のみで見ればアラクネの平均すら上回るだろう。結論強い。
つまり今のアラクニドは見た目は可愛く、戦えば強い。……最強ではなかろうか?
だが、そうなってくると育成のしがいもなく無くなって来て段々と退屈が胸から湧いて来る。
師匠にとって退屈は大敵だ。で、あるならば次の一手は決まり切っている。
ーーそうだ、旅に出よう。
思い立ったが吉日。師匠は早速行き先を決めるべく地図を広げる。とは言っても行き先など二つしか無いのだが。
「ハザミかミロ=ヒュルツかぁ……」
師匠はマツリアを出発し、ネイファに到着。そこでアラクニドを拾い大森林を超えて現在地、ロウファに至っている。となると新天地を目指すならばこの二つのうちどちらかになるだろう。
そこで師匠に天啓来る。
「あっ、そうか。漂流して辿り着いた方に行けば良いか」
……本当に碌でも無い天啓である。
こんな思い付きで海を渡ろうとすればどうなるかは明白でーー弟子を巻き込んでただ波の流れに身を任せながらあれやこれやと離島に流れ着き今に至る。
♪ ♪ ♪
さてさて、ハザミ本島と離島なのだが距離的には近いもののその文化は大きく異なる。
「……亜人」
港町の方へと向かう中アラクニドはそう呟く。
潮風漂う小さな港町、そこは西の大陸では『モンスター』として疎まれる者たちーー亜人の暮らす場所だった。耳が長い者、寸胴のような体型のもの、獣の頭を持つ者。あらゆる種類の亜人達がごった返している。
「ゴブリン以外でこんだけの亜人を見んのは初めてか?」
師匠が巨大な握り飯を片手に尋ねると、少しばかりスケールダウンした握り飯を食べながらアラクニドは「ん」と頷く。
「なら、じっくり見ておけ。いや、ガン見しろって意味じゃなくてな」
じっくり見ろと言った瞬間、戦闘時みたく全力で一挙手一投足を観察しだす意外と抜けた所のあるアラクニドに師匠は微苦笑を浮かべる。
「コイツらは皆亜人だ。人間に近い様でいて、全く異なる習性を持つ奴等だ。人間の中にいたのじゃ滅多にお目にかかれないような思想がザックザク、正に宝の山だ。彼等を見ていて損はない。いや、見ないと損ってもんだ」
「……そんなに、違う?」
「ああ、そうとも。例えばアラクネの格言にはこんなのがある……『気に入った雄は愛とま●こで掴んで絶対離すな』」
そう例示するとアラクニドは絶対零度の視線を寄越した。
「えっちなのは、駄目」
それに対して師匠はカラカラと笑いを返す。
「主観の相違ってヤツだ。アラクネは雌しか居ないからな。雄の重要性はかなり高いんだよ。それ故の格言ってもんだ。ホラ、姿形は近かろうが倫理的に見たら人間とは大違いだろう? 思想が根底から違う」
「因みにエッチなものを忌避しがちなのも人間の種族柄なだけで他種族では全然通用しない場合があるからな」と付け加えるとアラクニドは今一釈然としないと言った顔をしながらも頷いた。
「色んな思想に触れる事。そして理解してみる事。頭が軟っこくないと取り残されるぜ?」
そう締め括るとアラクニドは少し不思議そうな顔をした。
「ねぇ、ししょー。ししょーは『とくべつ』、見つけれた?」
「あん? いや、別に、全くだけど? いきなりどうしたんだ?」
「だって今のししょー、今までで一番良い顔してた」
そう言うアラクニドの変化の乏しい顔には少しの笑みがあった。




