Path of tragedy【1】
結論から言えば師匠は酷い面食いだった。
「ん? 何であの日あんたを拾ったのか? そんなのアタシが美男子美少女が大好きだったからに決まってるだろ。言ってなかったっけ?」
あっけらかんとそう言い放つその様はいっそ清々しく感じられた。
薄桃の少女がこのアラクネの女性ーー師匠の旅に同行し始めて丁度一年が経ち、そう言えばと、「どうして私を救ったのか」と尋ねた結果がこれだ。
ネイファでは浮浪者を探さなくてもゴロゴロと出て来る。それこそ掃いて捨てるくらい。だから、大勢いる中でアニが選ばれたのは何か『とくべつ』な意図があるのではないかと淡い期待を抱いていただけに少し落胆する。
「もしかして、アタシがあんたを拾ったのには何か高尚な理由があると思ったのか?」
「……ん」
「バッカ。そんなもんは全く無い。徹頭徹尾顔狙いだよ。アタシの見込みは良く当たるんだ」
少女は真顔で自分の額や頬に触れてみる。大森林を超えネイファから脱した事により食事事情が一気に好転し、骨と皮のみだった身体には幾分か肉が付き、カサカサだった肌も土汚れこそあるもののハリが生まれていた。ただ、幼少期に余り栄養を取れなかったからか背丈はそこまで大きくはなっていないが。
師匠曰く総合的に見て掛け値無しの美少女とまでは言えないものの中々に可愛い子にはなっているのだそう。彼女本人にそんな実感は無いのだが。
「そんで、聞きたい事はそんだけか?」
「……ししょー」
「ん? どうした?」
「…………名前が、ほしい」
それは少女が師匠の前で初めてしたおねだりだった。
少女はつまみ食いを咎められ、今から叩き出されて以来たったの一度も自分から何かを欲した事は無かった。それは偏に誰かに捨てられたく無かったから。下手に欲しがって、見限られるのが怖かったから。
けれど少女は勇気を奮い立たせながらそう口にしていた。
「あー、あんた親御さんに付けて貰った名前あんだろ? 普段はあんたとかおいとかお前とかで呼んでたから知らないけど」
「……ある。けど、その名前は使いたく無い」
そう言うと師匠はあっちゃーと頭を抱えた。そして「そのままの名前だと過去を思い出して暗くなる系かぁ?」やら、「いやでも後の美少女の名付け親と言うのも悪くない」等々何やら欲望満載の独り言を呟き。
「おう、分かった。弟子の初めてのおねだりだ。アタシが叶えてやんよ」
ニッと笑いながらサムズアップした。アニはそれを見て微かに頬を紅潮させていたが実際なんて事は無い。師匠が己の欲望に従っただけである。
「そいじゃ、あんたは今からーーアラクニドだ。どうだ、アタシのに似て良い名前だろ?」
その問いに少女はーー。
「……ん♪」
眩い程の笑みで返した。
♪ ♪ ♪
「ところで、師匠の名前って?」
「あれ、そっちも言って無かったか。アタシの名前はーーーー」
♪ ♪ ♪
俺は猛烈な敗北感に打ちのめされていた。完全なアイデンティティクライシスである。
「……随分と馬鹿な事で凹んでるな」
「いや、これは仕方ないだろ」
だって、だってーー。
「天然物の『やんよ』使いだなんて反則だろッッ!!」
思わず心の叫びが漏れ出る。
オルクィンジェの心底呆れたような視線が突き刺さるがそれはさて置き。
そう、あの師匠、さらっと天然物の『やんよ』使いだったのだ。ここに来て思いっきりキャラ被りだ。お株を奪われたとはまさにこの事か。
実際、俺の『やんよ』は紛い物だ。生来の気質なんて物では無く、ただ清人のストレス解消にと涙活した時に見た泣ける事で有名な某アニメの名セリフに感銘を受けて以来事あるごとに使っていたらいつの間にやら口癖になっていただけで生来の気質とかでは無かったりする。
だが、師匠は違う。生来の気質から来る天然百パーセントの『やんよ』だ。面構えが違う。……と、そうではなく。
天然物の『やんよ』使いの先輩はやけに眩しく感じられるのだ。
「……それで肝心な事について、何か掴めたか?」
「それに付いては何か掴みかけてる。ただ、現時点で言えるのはたった一つ。……名前が変わるってのは、こう、何だか結構モヤッとするって事だ」
「名前、か。そう言えばお前はずっと清人を名乗って生きてきたのだったな。ともすれば名前を易々と変える事に思うところの一つや二つもあるか」
「まぁ、大体はそんな感じだ。名前って、案外効果大きいからな」
……名前?
アニは己の名前を変える事で過去の自分を棄てて、心機一転した。それの善し悪しについては置いておくとしてーー。
「……いや、これは使えるのか?」
アリかナシかで言えば圧倒的にナシ。暴論と飛躍ばっかりのアイデアだ。しかも万が一それをやって失敗しようものなら後々どうなるか分かったもんじゃ無い。
やっぱりナシだ。流石にそれをするのは色々不味い。倫理的にも心情的にも。
「何か思い付いたようだな」
「まぁ、少しはな。実際にやるかどうかは別だけど。……それよりも続きだ、続き」




