Dangerous crime【1】
三百年だ……。
ーー認めない。
文字にしてたったの五文字。ただそれの意味するところは何処までも傲慢で手前勝手で、最低だ。それは現在のアニを否定すると言う事に他ならないのだから。
嗚呼、けれどその言葉はすんなりと出てきてしまった。
「俺は今のアニが健全な状態だとはとても思えない。それに、刺されるような庇い方をしたのは俺だからな。だから、何とかしたい。……手伝ってくれるか」
そう言うと唯はフッと口元を綻ばせた。
「えぇ、喜んで……とは言えないけど付き合うわ」
「そこは普通、喜んでみたいな感じで良い感じに纏まる所じゃないのか?」
「まさか、私が喜ぶ訳ないじゃない。私の失態とは言え面倒ごとに好んで首を突っ込む趣味は無いもの」
……まあ、確かにそうだ。正義のヒーローじゃあるまいし、自分が関係しなければそんな物なのかもしれない。
「それにーー」
トンと不意打ち気味に唯の白い指が俺の唇に当てられ。
「私が焦がれて止まない男が、他の女の事ばかり考えているのって妬けるもの」
……。
…………?
焦がれて、止まない男? 点と点が線でーー繋がらない。これは一体どう言う事なのか。
……まさか、考えたくは無いが俺に清人の面影を重ねているのか?
「だから、俺は清人じゃーー」
「勘違いしないで頂戴。私は飽くまでも杉原叶人が好きなのであって杉原清人の影を見ている訳では無いわ。言うならばこれはそう、二度目の初恋。それじゃあ駄目、かしら?」
二度目の初恋なのだと語る唯の顔は、記憶の中で清人に微笑みかける表情と似ていたけれど何だか雰囲気が一層柔らかになっているような気がした。
こんな表情を見せられては飲み込めなくても納得するしか無いだろう。無い、筈だ。
唯はーー俺が、好きなのだ。
「……俺が好かれる要素無かっただろ。それに俺はお前を本気で殺そうとしたんだぞ」
「けど私は貴方に命を救われた。それだけあれば恋を始める理由としては充分じゃない。……まあ今は一旦その話は置いておきましょう。今話すべきはあの子を如何にして正気に戻すか。違ったかしら」
「……だな」
とは言ったものの気不味い沈黙まみむめも。甘酸っぱく、けれど決して重くない無言がどうにもくすぐったい。
「それで、これからどうするのかしら。展望はあるの?」
「展望、か」
現状、アニは俺にどっぷり依存してしまっている。その原因は俺を刺してしまった事に対する罪悪感と延命の為に種族を変更させてしまった罪悪感。この二点か。だけども、これに関しては俺が気にするなと言っても効果はないだろう。言ったところで絶対にアニは自分自身を許せないのだから。
依存する原因がハッキリしているだけに俺が打てる手が無い。
「依存する原因が原因だからな。……情け無い話、俺じゃ何とも。展望なんてさっぱりだ」
「いえ。それは違うわ。貴方にはまだやれる事が残っている筈よ」
しかし唯は鋭く一刀両断する。
「依存をする人間ってものは往々にして下地……屈折した感情を持っているものよ」
「屈折した感情?」
「そう。例えば親からまともに愛されなかった人間なら誰かから愛される事に固執するみたいな、そんな感じ。要するに下地が完成し切っていなければここまで致命的な暴発は起きないって事。因みにソースは私」
「……それは」
それは大いに納得のいく話だった。何故なら俺は高嶋唯と言う少女が育った環境を知っている。唯が実父に犯される場面がこの脳に焼き付いている。だからこそその言葉には大きな説得力があった。
もし、まともに心身が育ったなら起こり得ない歪みがアニにもあるのだとしたらーーそれを取り除いてしまえば元に戻るのではないだろうか?
「理解したみたいね。つまり、今やるべきなのら原因の更に奥の源泉を知り、そこに土足で踏み入って腐った性根を叩き直す事よ」
源泉。その言葉から思い起こすのは夢に見た地獄の様な光景。下半身が蜘蛛の様な女性を抱きながら師匠、師匠と泣き喚くアニの姿。
「心当たり、あるみたいね」
「……ああ」
そして、ネイファの名前が出た時のあの反応。あの時点で気付くべきだった。目を向けるべきは『今』では無く、『過去』なのだと。
「じゃあ次にやるべきは土足で押し入る事ね」
「それなら、思い当たる節がある。と、思う」
幸いにもたった一人、アニの過去を知っているかもしれない人物に心当たりがあった。
「ありがとう唯。ちょっと先行き明るくなった」
「別に私はまだ何もやってないから感謝される謂れは無いわ。それに私達は一人の人間の人格を歪めようと画策する共犯者なのだからこの位は当然よ」
「……そうか」
ーー俺たちのやる事はきっと悪なのだろう。結果的に一人の少女の人格を否定する事になるのだから。
そんな悪を成す二人にはーー共犯者と言う言葉がこれ以上無く良く似合う。
「それじゃあ一丁、良からぬ犯罪をおっ始めようか!」
俺は宣言をする。許されざる悪を成すのだと。
けれど久しぶりにーー俺は心の底から笑う事が出来た。




