Dependence【2Яe】
高嶋唯には何よりも特別な人がいる。
その人物の名前は杉原清人。かつて地球と言う惑星で幼馴染だった人物でありーー生まれ変わっても尚、この胸を占め続ける人物である。
自分の過去も未来も現在も、全てを捧げられるのは後にも先にもその人しかいない。唯は生まれ変わってからも漠然とそう思っていた。
しかし、現実は非情でーーかつての自分のしでかしにより清人の人格は消えて無くなり、代わりに生まれた二つ目の人格、叶人に恨まれるに至った。
斯くして歪んだ恋慕の行き先は消え去り、後に残ったのは身を灼き尽くすかのような後悔の念と、胸の内に燻る行き先の無い激情のみとなった。
だから、薄桃の少女が短剣を手に走って来た時には不思議と心が軽くなった。
嗚呼、やっとこの間違いだらけの感情を終わらせる日が来たのだと。
かつて馬鹿な自分がしでかした事柄をやっと清算できるのだと。
心に吹き荒ぶ激情にケリをつけられたなら、今はそれ以上の事は無い。
そう、あの時はきっとーー歓喜していたのかもしれない。
諦めた様に目を閉じ、異音を聞く。
痛みは無い。恐る恐る目を開くと広がるのは赤い色彩。傷のない自身の肉体。そしてーー二人の間に割り込んできた愛しい人に良く似た青年。
腹部を刺されたその青年の目には強い意志があった。『二度と悲劇を起こさせてたまるか』そんないっそ悲壮なまでの強い意志が。
その瞬間、杉原清人と杉原叶人の姿が重なった。
人格が変わっても愚直なまでの必死さは、呆れ返るくらいの優しさは全く変わっていなかったのだ。
命を救われた。
かつての想い人と似ていた。
それだけの事で唯の激情は再び胎動を始めていた。燻るだけだった感情は明確な指向性をもって燃え上がる。
きっとヒロインの初恋の理由としては落第点になりそうな、そんなチープでありきたりなものだろう。
けれど、その日確かに高嶋唯の二度目の初恋が始まったのだ。
故に嫉妬する。青年の信頼を一身に受ける薄桃の少女を。
故に怒る。信頼に応えなかった自我無き人形を。
♪ ♪ ♪
エクエスとの戦闘後、俺たちは唯の家へと帰還した。途中の雰囲気は最悪だったがアニが予め大量虐殺をした事もあってか敵と遭遇する様な事にはならなかったのでその点だけは幸いだったと言えるだろう。
しかし空気が悪いのは変わらずで、戻って来るまでに殆ど会話らしい会話は無かった。
「……どうしたって言うんだよ、アニ」
当てがわれた部屋のベッドに腰掛けながら呟く。
今日のアニの様子はいつにも増しておかしかった。
出会った頃は『モンスターにも意思がある』のだと言って必要最低限の殺生に留めていた筈なのに対し今日のは……明らかに過剰な殺戮を行なっていた。
それにエクエス戦の時もいつも通りなら糸で捕縛等で補助に回っていた筈なのに今回は何の手も打たなかった。
そして極め付けに。
『次は、上手くやる。……ちゃんと殺す。叶人は、私が絶対に守る。だから……お願い、だから。……私を、捨てないで』
以前では考えられない程に弱々しい懇願の声。小さな肩を小刻みに震わせながら光の消えた瞳を潤ませる彼女を俺は初めて見た。
ーーきっと今の彼女は危うい均衡の上で成り立っている。
そよ風が吹けばたちまち崩壊してしまいそうなそんな均衡の上で。
その原因はーー。
『もっと吸っても構わない。好きにして欲しい。叶人の気の向くまま、叶人の思うままに』
『また血が欲しくなったらいつでも呼んで欲しい。いつでも、どんな時でも駆け付ける』
『……あれから、ずっと消えない。叶人を刺した感触が。ずっと、この手に残ってる。赤くて、熱くて、ぬめって。忘れられない。……ずっとずっとずっとずっと、赤い刃先が頭から離れてくれない』
『それに、私は……貴方を、化け物にした。だから、償わないといけない。……頼る事も、施しを受ける事も、出来ない』
『叶人は優しい。けど、その優しさは、私には少し……痛い』
『……だから私は、あげる。私の全てを何でも。……何でもあげる。この身体も、心も、尊厳も、この血も、全部。望むものをあげる』
『そんな、何で……。それに、傷が……。また、師匠みたいに。やだ……置いていかないで。一人にしないで』
ーー間違いなく、俺だった。
俺が救いたいと言ったものは結局俺の撒いた種でしか無い。
でも、どう助ければ良いのか分からない。
……今の彼女は端的に言って歪んでいる。まるでそう、物事の絶対的な基準に俺が置かれているみたいな、そんな感じ。自分で言ってて頭おかしいと分かっているがそうとしか言い表せない。
何となく俺が『以前のように振る舞え』と一言言えば解決しそうな気はするが……それはきっと正解じゃない。
今のアニは歪んでいる。俺がそれを指摘した所でアニはきっと戻らない。俺の望んだ通りに歪むだけだろう。それは鉄にも似ている。溶けた鉄は歪めど叩き直す事は叶わないのだ。
俺はアニの為に何が出来る?
俺はアニにどうしてやれば良い?
「……皮肉だよな。俺が原因で、俺が助けないといけないのに、助けたいのに、俺じゃ助ける方法がてんで見えないなんて」
そんな時、コンコンと控え目にドアがノックされる。
誰が来たのだろうと思いながらドアを開けるとそこにはーー。
「色々と話したい事があるのだけど、中に入っても良いかしら」
高嶋唯が立っていた。




