Dependence【1Яe】
殺せ殺せと心は叫ぶ。
その衝動のままに私の糸は数多の命を瞬く間に奪い去る。
この身体を包むのは多幸感と全能感。今の私は誰よりも強い。誰よりも多くの命を散らせる。叶人の事を守れる。
ーーその、筈だったのに。
「ところで、そっちのピンクいお嬢ちゃんはどうして動かないんだ? いや、その様子だとーーもしかして動けないのか?」
眼前の人物ーー『怠惰』のエクエスはどこか呆れたようにそう口にした。
……それは正しかった。既に辺り一帯には無数の糸を潜ませている。私の意識一つで無数の糸はエクエスに殺到する。多分殺せる。
けれどそれは出来ない。……それは確実にみんなを、叶人を巻き込むから。
「あれだけ大口叩いておいてそりゃあねぇぜ。確か、そうそう。敵は全員殺すんじゃ無かったのかい? あぁ、滑稽なもんだ。巻き込むのが怖くて自分の獲物を満足に使えねぇなんてなぁ!!」
そんな私の内心を読んでか『怠惰』はそう嘲笑う。
殺せる筈だった。殺せる気でいた。
役に立つ筈だった。役に立った気でいた。
けれどそれは大きな間違いで、叶人が傷付く度にどうしようもなく足が震える。
「掴んだッ!! アニ!! 俺ごとコイツを拘束してくれッ!!」
ーー出来ない。
傷付けたくないから。傷付けるのが怖かったから。
「悪くはない。速度も度胸も決して悪くは無いが……あっちのお嬢ちゃんが動けてないのが減点対象だなぁ」
「アニ、どうした!! 俺が抑えている内に早く拘束を!!」
私が糸を使うのを躊躇っていると舌打ちと共に濃密な弾幕が叶人諸共『怠惰』を襲った。
弾丸が叶人を貫く度に血と炎が吹き出しビクビクと身体が痙攣する。
これは糸を使うのを躊躇った結果だ。私の、失態の結果だ。
「ーーーーッ!!」
ふと唯と視線がかち合う。唯は酷く険しい顔をしていた。歯は強く噛みしめられていて、それはまるで『何故お前がやらない』と訴えているみたいで自然と呼吸が荒くなる。
私の責任。私の失態。
私は、結局何の役にも立てなかった。それどころか、足を引っ張った。
ーー師匠、貴女の弟子はどんどん愚かになっています。
♪ ♪ ♪
「馬鹿ッ!!」
パァンと乾いた音が響いた。次いでじんわりとした痛みが頬に走る。
「何のつもりなの貴女!! あれだけ派手にモンスターを虐殺しておきながら実戦では棒立ち? 巫山戯るのも大概にしなさいッ!!」
再び振り上げられた手はーー。
「唯、そこまでだ」
しかし叶人によって静止された。
手首を掴まれた唯はギロリと鋭い目付きで叶人を睨み付ける。
「……離しなさいよ」
「駄目ーー」
「離しなさいッ!!」
無理やり叶人を振り払うと再び私に近付いて胸ぐらを掴んで来た。圧迫感のせいか息が詰まる。
……こんな筈じゃなかったのに。
「……それだけ信頼されているのにッ! 何で貴女は動かなかったの! 叶人を守るんじゃなかったのッ!!」
そう詰る唯の目には……涙が浮かんでいた。
嗚呼、きっと彼女は嫉妬している。あの場に於いて真っ先に名前の上がった私の事を。そして咎めている。頼られていながらそれを履行しなかった私の事を。
「貴女、本当にーー嫌い」
それだけ言うと乱暴に私を突き飛ばして直ぐに踵を返した。
「……唯っ!」
叶人は声を掛けるが唯は振り返らない。それどころか篝も凩もこちらを見ようとしない。
「……雨」
鈍色の空からポツリポツリと雨が降り始める。緩い滴が頬を伝い、ゆっくりと体温を奪っていく。
……私の間違いも、失態もこの雨が洗い流してくれれば良いのに。
「アニ、大丈夫か?」
「……問題ない」
……叶人は優しい。こんな失態の後でもこうして手を差し伸べてくれる。
こんな私でも心配してくれる。
その手を取ろうとしてーー不意に頭がズキリと痛み昨晩のやり取りが思い浮かぶ。
『はぁ、はぁ。悪いけどそう言うのは……無しだ。俺はそんな事、全く望んでなんか無い』
私は望まれ無かった。だから、価値を示そうとした。なのに……失敗したどころか足を引っ張った。
その意味の重さが握った掌から全身に流れ込む。
ーーだから、叶人の優しさは痛い。
「……本調子じゃ無かっただけなんだし、何も気にする事はない。ほら、拠点に戻ろう」
叶人の目は優しいままだ。けど、それは不出来な子供を見るような、そんな目に見える。
捨てられるのではないか? そんな疑問が鎌首をもたげる。
「次は、上手くやる。……ちゃんと殺す。叶人は、私が絶対に守る。だから……お願い、だから。……私を、捨てないで」
「大丈夫だ。見捨てる事なんて絶対に無い」
けれど、そう口にした叶人は何処か悲しそうな顔をしていて、心がどうしようも無く騒ついた。
【キャラ紹介】
名前:アラクニド(アニ)
備考:正統派ヒロインの成れの果て。
叶人の大絶叫を聞き高嶋唯殺害を決意。実行するも他ならぬ叶人自身が割り込んだことにより殺害に失敗、叶人に瀕死の重傷を負わせてしまう。
自身の血を飲ませることにより叶人をどうにか生存させたものの叶人をモンスターへと変化する。
その罪悪感は唯によって撃たれた『恐怖の弾』により増幅され極度の狂乱状態となった。
そして、度を超えた罪悪感は一方的且つ過剰な献身となって現出する事になる。
その目には最早叶人は映っておらず、ただ己の犯した罪のみが赤い瞳に刻まれている。




