Origin regression【3Яe】
一次落ちたけど……負けたく無いッッ!
大虐殺が起きていた。
辺り一面は地で染まり、異類の骨肉が乱雑に散らばっている。その様は正しく屍山血河。
どうしてこうなった?
俺たちは唯の件があって出来なかったレベル上げもとい連携確認等エトセトラをする手筈だった。少なくとも今朝までは。それがどうだろう。これは明らかに連携確認の域を逸脱している。しかも真に恐ろしい事はーーそれがたった一人の少女によってなされたと言う事実だ。
「……ん、沢山殺せた」
薄桃色の髪を血で赤く染めた少女は表情一つ変える事なくそう宣う。
「アニお前、一体何を」
声が震えそうになるのを抑えてそう尋ねると人形のような無表情な口元を笑みの形に歪めた。
「叶人の邪魔になりそうなものを、可能な限り殺し尽くした?」
疑問符と共に吐き出されたその言葉は俺たちを戦慄ーー。
チッと舌打ちの音が聞こえた。
そちらの方を向くと、鋭い目付きでアニを睨み付ける唯の姿があった。
「へぇ、貴女あれから随分と頭悪くなったみたいね。これはあくまで連携を取る為の訓練。なのに沢山殺せるからって一人でジェノサイドするのってどうなのよ。これじゃあまるで無意味じゃない。少しは頭を働かせなさい」
「ん、無意味。それで良い」
はぁ? と唯が苛立たしげに反応するとアニは口元に笑みを浮かべる。それは一見穏やかな笑みに見えたがーーその瞳は相変わらず淀んでいた。
「もう、叶人には戦わせない。怪我一つさせない。敵は全部私が殺す。それが、私の責任」
「……あまり強い言葉を吐かないで頂戴。弱く見えるわよ」
「アニ、唯もそこら辺にーー」
二人を宥めようとしたその瞬間。ゾクリと背筋が粟立った。
それは濃密に研ぎ澄まされた殺気。まるで獲物を見つけた狩人のような。殺気の方向に杖を振るうと肩に衝撃が走った。キィンと甲高い音を立てながら何かを弾き出したのは一本の矢。
「おっと、あれを叩き落とすかい。成る程成る程、どうやらそこまで弱くは無いみたいだなぁ」
「……誰だ」
そう問い掛けると木陰から弓をつがえたポンパドールの壮年男性が現れた。
「よぅ、久しぶりだな『嫉妬』の嬢ちゃん」
「……久しぶりね。会いたく無かったわ『怠惰のエクエス」
「怠惰……まさか『六陽』か!?」
嫌なタイミングで『六陽』と鉢合わせしたなと内心で毒づく。
大罪の名を冠する六人の大幹部は大罪の名に対応する『大罪系統』と言う強力なスキルを持っている。『嫉妬』なら精神操作、『傲慢』ならスキルの模倣とラノベの主人公並みのチートスキルだ。
連携もままならない状況でどうにか出来るほど楽な相手では無い事は明白。
「そうそう大正解。おっちゃんは『デイブレイク』が誇る六人の大幹部即ち『六陽』が一人『怠惰』のエクエス。上からの指示で『魔王』の徒である……えぇと……誰だったっけな。最近は物忘れが酷くていけねぇなぁ。確かスギ……スギモト? だったっけな? の命を貰い受けに来た」
「凩、篝!!」
「ーーだから、ちょいとおっちゃんの道楽に付き合ってくれや」
エクエスはそう言うと弓を手にーー肉薄して来た!?
しかも余りにも速い。『加速』を使っても回避が間に合わない!!
ギィンと腹の奥底に響くような低い音が響き渡る。
「へぇ、これはまた何とも。奇襲失敗とはおっちゃんちょいとおったまげたわ」
エクエスの振りかざした弓は俺に当たる寸前で篝の刀によって阻まれていた。
「無事か団長!」
「篝、助かった!!」
だが競り合う篝の表情には余裕と言うものが一切無い。このメンバーの中で一番の怪力を誇るあの篝がだ。速さだけでなく膂力も桁が違う。
だが、今は背後も横もガラ空きだ!
「『舞風』ッ!!」
「はぁぁぁぁッ!」
凩の斬撃に合わせて杖を振るう。挟撃だ。これなら確実にダメージが入るーー。
「うぷっ……」
腹に、衝撃がーー。
霞む視界に吹き飛ばされた凩が見える。一体、何が?
いや、これは……回し蹴りか。
だけど今まで伊達に蹴られ続けて来た訳じゃ無い。立て直しは……容易い!
「いんやぁ、今のはちょい焦った。前衛のお二人さんには花丸あげちゃう。ただスギモトクンは残念賞だ。スジは悪くはないが判断が遅い」
「ーー『嫉妬』、『幻惑の弾』」
「おっと、お嬢ちゃんは相変わらず容赦無い事。怖い怖い」
「だったらさっさと撃たれなさい……よっ!!」
ジョウキキカン銃が弾幕を吐き出すがエクエスに当たる気配は無い。
圧倒的なスピード、パワー、そして判断力。能力云々と言うよりも素の性能が高過ぎる。
だけれどーー勝ち筋はある。
ここからは、他ならぬ俺が身体を張る時間だ……ッ!!
「オルクィンジェッ!!」
「問題無いーー征くぞ!」
シンクロにより感覚がより鋭敏になる。このまま『加速』をすれば確実にエクエスを捉えれる。
「『災禍の隻腕』……起動!!」
『災禍の隻腕』を使用しながら肉薄、被弾覚悟で拘束して俺ごとアニの糸で拘束すれば実質俺たちの勝ちだ。俺は最悪効果時間内なら死んでもどうにかなる。
精々侮れーー『六陽』ッ!!
「ところで、そっちのピンクいお嬢ちゃんはどうして動かないんだ? いや、その様子だとーーもしかして動けないのか?」
俺はノーマーク。このタイミングなら被弾覚悟で肉薄すれば組み付ける!
「あれだけ大口叩いておいてそりゃあねぇぜ。確か、そうそう。敵は全員殺すんじゃ無かったのかい? あぁ、滑稽なもんだ。巻き込むのが怖くて自分の獲物を満足に使えねぇなんてなぁ!!」
「はぁぁぁぁッ!!」
アニに意識を割いている間にその懐に潜り込むとーー。
「『灼熱よ災禍に踊れ』ッ!!」
俺の身体を焼きかねない程の熱量を秘めた炎を放つ。
「ひゅう、あっぶない。自爆攻撃を躊躇い無くやるなんてなぁ。思いの外根性あるじゃあないの」
渾身の一撃はしかしエクエスの服の端を僅かに焦がすだけに留まる。
「まだまだァァッ!!」
全身を灼熱感が苛むがこの際そんな事はどうでも良い。『加速』で再度加速しーー。
「掴んだッ!! アニ!! 俺ごとコイツを拘束してくれッ!!」
ニィと思わず笑みが浮かぶ。
この勝負、俺の勝ーー?
「悪くはない。速度も度胸も決して悪くは無いが……あっちのお嬢ちゃんが動けてないのが減点対象だなぁ」
「アニ、どうした!! 俺が抑えている内に早く拘束を!!」
だがその声に応えたのはアニでは無く唯だった。
唯は鋭い目付きでアニを一瞥し、俺とエクエスに向けて弾をありったけ吐き出した。
肉体に無数の穴が開き、その度に炎が傷痕を舐める。
「キッツイなぁ撤退撤退。若人の相手はおっちゃんじゃあ辛いわ」
「逃すと思ったか!!」
「んにゃ、逃げれる……ぞいっ!」
身体が浮遊間に包まれ、地面に叩き付けられた。ジンジンと体の芯から痺れていく。
「痛っ」
「それじゃあ酒も飲みたいし、ばいなら」
そう言ってその場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回したエクエスは欠伸をしながら木立の中へと消えていった。
「……内容的には負け、だな」
俺たちは生存を勝ち取る事は出来た。その代わりに、俺たちは敗北の苦汁の味を知った。




