A past prisoner【3Яe】
私のSAN値はこれで……尽きたぞ。
最後のストック、放出ぅ……。
先ず見えたのは、血だった。
「何だよ……これ。何処なんだよ、ここ」
眼前に広がるのは一面の血糊。激戦の跡。そしてーー半人半蜘蛛の遺体と、それに縋りながら涙を流す幼い少女の姿。
「ッーーアニッ!?」
『師匠……師匠!!』
少女は悲痛な叫び声を上げる。
その容姿には覚えがあった。いや、あり過ぎた。
アニーーアラクニド。
この地獄の中で今よりも少し背が低い彼女は涙をボロボロと溢していた。
『死んだら……嫌ぁ。師匠、師匠ってばぁ……。私を、一人にしないで……』
その姿に昨夜の彼女が重なる。きっと彼女は……ここからずっと動けないでいるのだ。まるで時が止まってしまったみたいに。
何の根拠も無いけれどそう直感する。
ーーアニの元に行かねば。
けれどその意に反して身体は全く言う事を聞かない。そこに居るはずなのに、干渉出来ない。
「クソっ! 動け、動けよッ!! アニッ!!」
今すぐにでもこの手を伸ばせたら。そう強く思う。けれど俺が幾ら手を伸ばそうとしても一ミリたりとも俺の身体が動く事はない。
その様は『ただ黙って悲劇を見ていろ』と、そう言われているようにすら感じられる。
「ーー俺がお前を必ず救ってやる。今は無理でも、必ず」
だから代わりに宣言する。
絶対に彼女を救うのだと。そう心に刻み付けるように。
すると地獄絵図は次第に薄れてボロボロと崩壊して行きーー俺はベッドから跳ね起きる。
♪ ♪ ♪
「っぷはぁ!!」
ぜいぜいと息を切らしながら目蓋を開ける。先程の夢の事もあってか朝から鼓動の音がやけに煩い。
二連チャンの悪夢に辟易としつつ気を落ち着ける為に大きく息を吐きーーその人物が視界の端に映り込む。
「嘘、だろ?」
一瞬にして何故、どうしてと言うありきたりな疑問が頭を埋め尽くす。しかしそれも仕方のない事だろう。
道化師とも紳士ともつかない奇妙な服装。頭に載せた紫のシルクハット。
そんな人物を俺は一人しか知らない。
「おやおや、酷いお目覚めのようですね。杉原叶人さん。酷い夢でも見ましたか?」
耳に届くのは、酷く落ち着いたテノールの声。
あり得ないと思う心とは裏腹に脳は一つの名前を弾き出す。
「何でここに居るんだよ……ニャルラトホテプッ!!」
忌むべき物語の黒幕の名前を。
俺が睨んでいるとニャルラトホテプはアルカイックスマイルを浮かべながら戯けたように肩を竦めた。
「そんなに怖い顔をしないで下さいよ。貴方にそんな怖い顔をされると怖くて夜も寝れなくなってしまいますから。……さて、何故でしたか。そんなの一つしか無いでしょう。貴方は『欠片』を手にし、成長した。だから私はゲームマスターとして貴方に報酬を与えに来たんですよ」
「……報酬?」
……そう言えばテテを倒した時も報酬と言って高飛びを見逃されたのだったか。
「えぇ、報酬です。今回はそうですねぇ、貴方達が喉から手が出る程欲している情報を差し上げましょう。ーー『暴食』の居場所、とか』
「っ!!」
『欠片』は全部で六つ。その内俺が三つで残りは全部『暴食』が持っている。けれどーー。
「……仲間を売るのか?」
「いえいえ、とんでもない。私は貴方が彼が会うための手引きをするのみです。それに、私は戦いにならないと踏んでいますので、ね』
戦いに、ならない?
「……それは、指定した場所に『六陽』全員で待ち伏せしてリンチするから実質戦闘じゃないって事を言ってるのか?」
「酷い事を言いますね。貴方あれですか、悪魔ですか? 畜生ですか? 私は単にゲームを楽しみたいだけです。そんな事したらこれっぼっちも楽しく無くなるじゃないですか。勿体ない。ですからやりませんよ。やりませんとも。ただーー貴方が『暴食』の真実を知って尚戦いを選択するとは思えないからそう言った。それまでです」
「ーー『暴食』の真実?」
「おや、口が過ぎたようですね。さて、彼の居場所ですがーー」
そう言うと目の前にホログラムの様な感じで地図が現れた。……最早何でもありか。
「こちら、この広大なる大森林を抜けた先にある飢饉と退廃の都ネイファ。彼にはここに滞在して貰っています」
「ここに『暴食』がいるのか」
「ええ。それに、貴方のチームにはネイファに縁の深い方も一人いらっしゃる事ですし、ナビゲーターには事欠かないかと。……では私はこれで」
そう言うとニャルラトホテプは陽炎のように揺らめくとそのまま消失した。
……さて、一先ず次の行き先は決まった。けれど何故だろう。凄く嫌な予感がする。
いや、違うか。絶対に嫌な事が起きる。これは確定事項だ。
一度目はスタンピード、二度目は鬼との死闘。そして三度目は唯との邂逅だ。その度に俺は打ちのめされ、ボロ雑巾のようになりながら辛くも勝利を収めて来た。……唯のやつは勝利とか呼べない気がするがそれはさて置き。
『欠片』とバッドなイベントは切っても切り離せない関係なのは明白だ。
それが、今回に限って起きないだなんて事は絶対に有り得ない。
「今度は一体何が起きるんだか……」
『暴食』の真実、飢饉と退廃の都。明らかに地雷の匂いがする。けれど悲しいかな、俺たちは立ち止まってはいられない。
とは言え、先ずは怪我を治さないことには何もーー。
「……もう治ってるのかよ」
ふと目に入るのは昨日の夜に思いっきり噛んだはずの腕。
大分強く噛んでいたから数日は引き摺るだろうと思っていたのだけど傷口はすっかり塞がっていた。我ながらとんでもない回復力だと思わず苦笑する。どうやらモンスターと言うのもそう腐したものではないらしい。
「それじゃ、今は前進あるのみだ」
こっからはまた俺のターンだ。
この世界の『アラクネ』について
種族名:『アラクネ』
分類:亜人型モンスター(この場合は姿は人間に近いながらも、人間と違った特徴を持つ生物という扱い)
外見:上半身人間、下半身蜘蛛
備考:原生の『アラクネ』は雌しか居らず、他の種族の雄を捕まえて繁殖する。その際、血液を対象の雄に流し込む事でその雄を『アラクネ』へと変える。
流し込まれる血液には変容の効能があり、少量であれば傷の癒着を促進する薬にもなる。
尚、この血液は非常に依存性が高く、『アラクネ』になってしまった雄は定期的に『アラクネ』の血液を摂取しなければいずれ発狂する。
みたいな感じっすかね。
兎に角『依存させて離れなくする』を本能レベルでやってくるヤベー種族。そりゃあモンスター扱いもされるわ。
つまり今の主人公はトチるとヤク中と同じ状態になってしまう。
ラリラリ〜^




