A past prisoner【2Яe】
イラストを貰えたので急いで書いたぜ!
二度ある事は三度あると人は言う。
そして彼女はそれが事実なのだと知った。
叶人が血を噴き出しながらゆっくりと倒れ込む。その様は現実感に乏しく夢ーー悪夢のように思えた。
しかし両手に納まる短剣は、手から滴り落ちる血が現実を突き付ける。『お前がやったのだ』と。
その事実に彼女は恐怖した。
人殺しの身になって以来、初めて隣に居てくれた人。弱くて脆くて、けれど誰よりも優しくて強い人。思い出すだけで心が温かくなる人。
そんな人が今、彼女自身の手によって倒れ伏した。
その光景は、何処か既視感があった。
「し、しょー……?」
叶人に重なるのは美しい金色の髪。今は亡きたった一人の師匠。
凩と篝の声が何処か遠くに聞こえる。代わりに強く響くのは不規則な呼吸音と、ドッドッと嫌に早まる鼓動の音だけ。
「血が……。早く、早く血を止めないと……。清人、清人ッ!! 目を開けなさいッ!! 開けなさいってばぁ!!」
キッと鋭い目付きで高嶋唯は彼女を睨む。『自分のしでかした責任を取れ』とでも言うかのように。
自らの衣服を破り、止血を試みる唯の姿を見ながらどうすれば叶人を助けられるのかをボンヤリとした脳で考える。
幸いにも彼女に心当たりはあった。一度やったのと同じように彼女の血を飲ませれば良い。そうすればある程度良くなる筈だ。少なくとも死を免れる事は可能だろう。
しかし、果たしてそれをしても良いのかと言う疑問が頭を過ぎる。
『アラクネ』の治療に二度目は無い。一度体内に入った血液は排出される事なく体内に残留し続ける。そして許容量を超えたら最後、その血液によって対象は強制的に『アラクネ』へと作り替えられる事になる。
叶人は既に一度この方法で命を長らえている。つまり今回は二度目。血液での処置を選べば最後、即座に許容量を突破し叶人はモンスター『アラクネ』となる。
故に提示される選択肢は二つ。
命を守る為に人間としての尊厳を貶めるか。
人間としての尊厳を守る為に見殺しにするか。
「嫌……」
彼女は嗚咽を漏らす。
ーー出来ない。どちらも出来ない。
何故なら彼女は知ってしまっている。
異端として排斥され、迫害を受けた結果何が起こるのかを。
ーー殺人鬼。
それが最果てだ。人を殺さなければ生きられない程に見知らぬ他人に追い詰められる事になる。
誰よりも脆くて優しい叶人はきっとそれを酷く嘆き、悲しむだろう。
もしかしたら『よくもモンスターに変えてくれたな』と詰られるかも知れない。
ーー怖い。嫌われるのが酷く怖い。
けれどここで叶人が死ぬのも嫌。
「あんさんッ!! あんさんッ!!」
「死ぬな。死んでくれるなよ、団長!!」
「戻りなさいッ!! 戻って来なさいよ……清人。まだ、私は貴方に謝ってすらいないのに……こんな、こんな事で死ぬなんてそんなの、私は許さないわ」
そこで理解した。
嗚呼、この場に於いてもう治療するしか選択肢が無くなっているのだと。
「……ごめん、叶人」
叶人を刺し貫いた短剣を手首に当てがい、一息に引く。
すると鮮血が吹き出しーーすかさずそれを叶人に飲ませる。
「ごめん、なさい。ごめ、ん……なさい」
傷付けてしまってごめんなさい。
尊厳を貶めてごめんなさい。
「……私が、責任を取るから。……ずっと、誰からも守るから」
決意する。この残りの生を全て叶人に捧げるのだと。
それが加害者である彼女の責務であり成すべき事であると。
この身体も、この心も、そして残り滓の様な尊厳も全て叶人のものだ。
♪ ♪ ♪
だから、その言葉は胸を貫くような痛みをもって身体に染み渡った。
『はぁ、はぁ。悪いけどそう言うのは……無しだ。俺はそんな事、全く望んでなんか無い』
要らないのだと。私は望まれていないのだと。
叶人の赤く染まった手を見る。
血はどれだけでも与えると言った。なのに、態々自分を傷付けてまで自分の血を飲んだ。それはこれ以上無く明確な拒絶の意思。
嫌われるならまだましだった。覚悟はしていたし、そうなるだろうと予想もしていたから。けれど蓋を開けてみれば、何だこれは。
叶人は何よりも、誰よりも『とくべつ』な人。それだけに不要だと断じられるのはーー嫌われるのよりももっと、ずっと、酷い。
身体が段々と冷えて行く。寒い。
ーー嫌だ。
嫌だ。嫌だ嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌ッ!!
「そんな、何で……。それに、傷が……。また、師匠みたいに。やだ……置いていかないで。一人にしないで」
「■■■■。■■■■■■■」
赤い血が、現実を突き付ける。
師匠と同じ真っ赤な血がーー。
「■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■ーー」
何が言っている。けれど、ノイズが走ったみたいに聞こえない。
まるで、グチャグチャに切り刻まれたみたい。心が痛い。
「■■■、■■■■■■■。■■■■■ーー」
罵られるのは何度も何度も何度も想像した。けれど、けれどーーこんなのはあんまりだ。
「嫌……。嫌、嫌ァァァッ!!」
叫ぶ。喉から火が吹きそうな程の激情を。
ーー師匠。貴女の弟子はとんでもない愚か者です。




