Compensation for the ugliness of【2Яe】
最近幼馴染系流行ってますよね。
……つまりヤンデレ幼馴染が出てくるこの作品も実質流行りの幼馴染系。
……業が深いなぁ。
「俺の目が赤い……?」
ジャックの言葉を反芻する。確かに俺の片目は真っ赤だ。けれどももう片方は素材本来のカラー、即ち黒の筈だそれがどうしてーー。
「それと団長。その……口元に着いているのは血、なのか? まだ何処か悪いのならば寝ていた方が良い」
口元に手を添えると赤い色が指にベッタリと着いた。……どうやら今の俺は相当スプラッターな見た目をしているらしい。
口元を手の甲で拭うと自然な動作でその血を舐め取る。やはり、血だと言うのに甘ーー。
「ッ!!」
まただ。何故血を甘いと感じてしまうのか。
ーーこれでは本当に俺が吸血鬼になってしまったみたいではないか。
「……あれから、どうなったんだ。何が起きたんだ?」
誤魔化すように俺はそう尋ねた。
俺は絶望し、魔獣になり、その果てに唯を庇って刺された。そこまでは覚えているのだがそれ以降の記憶が全く無い。
あれから、一体何がーー。
「君はアニちゃんの血をガブ飲みしたんだよ」
「……そう、か」
その答えは全く予想しなかった訳では無かった。
俺の片目が赤くなった時。それは一つ目の『欠片』を獲得しようとして、暴走したアニに刺された時なのだから。
……思えば、このパターンは二度目だ。異世界に来てから刺され過ぎだと思う。
「で、それに加えて僕が回収して来た『欠片』を清人に埋め込んで何とか生命力を補填したって感じかな」
「流れは一回目の『欠片』の時と殆ど同じ、か。……ん?」
今、何て言った?
「『欠片』、俺に埋め込んだのか?」
「そうだけど?」
『欠片』は全部で六つ。
内二つを俺が持っていて、そこに更に一つ『欠片』が追加されて計三つ。
そして残る三つはーー。
「って事は、後は全部『暴食』が持ってるって事か」
『デイブレイク』が誇る六人の大幹部『六陽』。その一人『暴食』。そいつが残りの『欠片』を全て持っている。今までは回収で済んでいたがこれからは『暴食』と、いや下手したら『デイブレイク』そのものを敵に回した『欠片』の争奪戦になる。
「とうとうこうなったか……」
オルクィンジェを解放する為にも手早く解決したいところではあるがこのままだと当面は動けそうも無い。
俺が呟いたきり部屋に何とも言い難い無言の空間が形成される。
とても気不味い。
「に、にしても不思議だよね! ほら、前にアニちゃんの血を飲んで叶人が回復したからさ。もしかしてアニちゃんの血は万能薬だったりするのかなぁ」
……大エリクシルだろうか? 或いは賢者の石でも可。
とは言え、ジャックの話題振りも身を結ぶ事はなく再びの無言が先程より尚も重くのし掛かる。
「まぁ、君は死んでもおかしくない大怪我を負ったんだ。暫くは安静だよ。とは言え瀕死からここまで一気に回復出来たんだ。きっと数日で完治出来るかな。それまでの辛抱だよ」
「数日で瀕死から回復とか、俺もとうとうバケモノじみてーー」
そこで言葉が止まった。
バケモノ。
果たして俺はまだ、人間なのか?
吸血を行う赤い双眸。人並外れた回復力。それは、まるでーーバケモノそのものではないか。
「……バケモノ、か」
いよいよ重い空気に耐え兼ねたのか「それじゃあね」と言うとジャックはフヨフヨと部屋から出て行った。それに追従する様に凩と篝も出て行き……部屋には俺と唯だけが残った。
相変わらず気不味い無言は続き、時計の針の進む規則的な音だけが響く。
「……清人、じゃないのよね」
「あぁ、俺は杉原叶人だ。……清人じゃない」
唯の確かめるかのような問いに短くそう答える。
此処には高嶋唯の求める……そして、俺の求める杉原清人は居ないのだと。そんな風に。
「私は、また間違えたのね……」
唯は肩を小刻みに震わせながらポツリと溢す。
「思い込みで自殺して、清人を傷付けて、挙句に勝手に勘違いして、今度は叶人を傷付けた」
弱々しく震える声には後悔の念が滲み出ていた。
しかし、俺は「それは違う」と、そう言ってやる事は出来ない。
何故ならーー唯の言った事は全て事実で、その結果一番割を食ったのは俺であり清人なのだから。
だから優しい言葉を掛ける事は出来ない。
「いえ、そうね。先ずは謝るわ。……御免、なさい」
どんなに顔を歪めても、どれほどの苦痛を背負ったのだとしても。
俺はもう手を伸ばせない。手を伸ばせる時期はとうに過ぎてしまった。
「ーーデバフ」
だから俺は不意打ち気味にそう口にする。
「……俺の仲間は強い。俺なんかじゃ逆立ちしても辿り着けない程に。けど、それでも前衛寄りの直接火力が大半で、遠距離の戦闘とか、あと……そう、デバフ要員が足りない。ここから先の戦いを考えると、そういった役回りの人員が居なければ苦戦を強いられる場面がある……かも知れない」
そう言うと唯は目を丸くした。
「……ただの独り言だ。気にする必要は無い」
拳銃が使えて、一人三発の制限があるとは言え強力なデバフを使える人材がいれば戦力的に大きなプラスになるだろう。
……まぁ、そんなのは非常にどうでも良い話なのだけども。だってこれはただの独り言なのだから。
唯が呆けたのは一瞬。
次の瞬間にはクスリと悪戯っぽい笑みを浮かべていた。まるで「お人好しなのは変わらないのね」とでも言うかのように。
「なら、此処に一人、遠距離でデバフが使えて尚且つ色々と融通が効くお手軽な駒がいると思うのだけど。如何かしら」
「……奇遇だな。俺もそんな人員が欲しかった」
俺は手を差し伸べない。
けれどーー彼方から伸ばした手なら掴みたい。
結局のところ杉原叶人は変わらない。
これ以上誰かの悲劇を見たくないし、失意の中にいる誰かを救いたい。
「俺はお前を歓迎する」
だから、今は笑顔で迎えよう。
「ようこそ、俺たちの旅団に」
新しい仲間の加入を。
♪ ♪ ♪
アニは叶人の身体を通してその光景を見聞きしていた。
「俺はお前を歓迎する。ーーようこそ、俺たちの旅団に」
アニの胸に濁流のように押し寄せるのは叶人の隣で微笑む彼女に対する嫌悪感と嫉妬。
アニは自分の胸の中で泣きじゃくっていた叶人を知っている。突き詰めればそれも唯のせい。凡その元凶である唯が叶人の隣に居て良い筈がない。
隣に居る資格は無い筈なのだ。
なのにーー。
「……っ!!」
脳裏に嫌な感覚が蘇る。刃物が肉を裂き、噴き出る血が手を赤く染めるあの感覚が。
高嶋唯は叶人には不適格だ。それは間違い無い。
けれどーーそれ以上に自分自身が一番不適格だと。そう告げるようにその感触は徐々にアニの意識を呑み込む。
「叶、人。叶……人。叶、人ぉ……」
助けを求めるようにその名前を呼ぶ。
助けは来ないと、そう知りながら。
薄桃の少女は稚くその名前を呼び続ける。
ギスギスの種を自分から撒く主人公の鏡。
そして順調におかしくなっているアニさん。かつてのバブみは何処へやら。今はトコトン追い詰められていますねぇ。




