Compensation for the ugliness of【1Яe】
そこには、小さな一つの死体が無造作に転がっていた。
「また……俺は失敗したッ!!」
俺は唇を噛む。力を込め過ぎたのかブツリと皮が切れ血が流れる。
けれど、いくら後悔してももう遅いのだ。
死んでしまった。死なせてしまった。殺してしまった!
だから、小さな小さなその死体を持ち帰ると誰にも気取られないように注意しながら埋葬する。
素手で土を掘るものだから爪の間に土が入って、白い手の甲も砂利で細かな傷が付いた。
「……」
無言。
俺は無言で穴を掘る。そして、小さな死体がすっぽりと埋まる程の穴を掘り終わるとその中に小さな死体を入れてやる。
暴行のせいでズタズタになった、その死体を。
俺はその躰が如何にしなやかだったかを知っている。
お腹の上で寝っ転がるその重さを知っている。
小さな舌で指を舐めるその体温を知っている。
「ーーなんで、こんな事に」
俺は自分の運命を心底呪いながら、胸に押し寄せる喪失感に身体を震わせていた。
♪ ♪ ♪
「ーーっく!!」
俺は酷い夢を見て飛び起きた。
「何だよ、あの夢」
悪夢のせいで寝汗が酷く鼓動も早い。全く、最悪な気分だ。
暫く経ち幾分か気持ちが落ち着くと、窓から夕陽の光が差し込んでいる事に気が付いた。
「夕方……? それに、ここは一体……」
俺の周りを取り囲むのはアンティーク調のデザイン。
家具や小物に至るまで、全てがそんな感じで統一されている。イメージ的にはホラゲーの洋館みたいな、そんな感じだ。
「ん、起きた?」
ふと、何処か疲れの滲むような声が聞こえて其方を向くとーーアニがいた。
ただ、その顔は酷くやつれ、くっきりとしたクマが浮かんでいる。
「アニ? 此処は一体……うっ」
微かに身体を動かしただけだと言うのにそれだけで脇腹付近に鈍い痛みが走った。
「動かないで。絶対に、安静」
そう言うとアニは俺の肩をやんわりと掴むとゆっくりと元の体制に戻した。
ただ、その時に見えたアニの手首に巻かれた……赤黒く染まった包帯が見えてしまった。
リストカットの様にも見えるそれを目にして俺はゴクリと唾を飲む。
……あれ、俺は何故唾を飲んでいるんだ?
そして何故俺はこんなにもーー喉が渇いているんだ?
それを自覚した瞬間、強烈な飢餓感が俺を襲った。
血が欲しい。血が欲しくて欲しくて仕方が無い。
血を飲まなければ気が狂う。
その強烈な欲望は荒れ狂う濁流のように俺の意識を飲み込むとーー気付いたら俺はアニの細い首筋に歯を立てていた。
「ーーっん」
ーー甘い。それはまるで極上の果実を口一杯に頬張っているかのようだ。
それが血だと知りながらも、いや、知っているからこそ止まらないし止まれない。
貪る様に、獣にでもなってしまったかの様に。俺はより新鮮な血液を求めて呼気を荒くしながら柔い肌に歯を深く突き立てた。
ピチャピチャと血を啜り、舐め取る音だけがが部屋に響く。
そして、一先ずの飢えが無くなり冷静さが頭に戻るとアニを突き飛ばした。
ーー俺は一体何をしていた?
吸血に対する嫌悪感と、吸血後の多幸感が混ざり合い奇妙なマーブルを脳内に描き出す。
怪我の看病をして貰っていたのに、俺は何故いきなり吸血をしてしまったんだ?
いや待て、そもそもあの怪我で俺は何故生きているんだ?
頭が混乱して視界がグルグルと回る。
「……大丈夫?」
「……あ、あぁ。……悪い、いきなり血を吸った挙句突き飛ばしたりして」
「ん、問題ない。最初は皆んな慣れないって……ししょーも言ってた」
先程、自分でもドン引きするレベルの事をしでかしたと言うのにアニの対応は何処か落ち着いていた。
「……あれから一体何があったんだ?」
そう尋ねるがアニは無言で何も答えない。
けれど、その代わりーーシュルシュルと自分の上の服をおもむろに脱ぎ始めた。
「ちょ、アニ!? 一体何を!?」
視界に広がるのは小柄ながら均衡の取れた美しい少女の裸身。
目の毒だとさっと視線を逸らすも、先程夢中で吸い付いた首元に鮮血が見えてしまった。
ーー柔らかな肌を引き裂き、そこ流れ出る血液を一滴残らず味わいたい。
「ーーッ!!」
「血……もっと飲む?」
原始的な欲求に頭が眩む。
それは脳が蕩けるサインなのかも知れない。
もっと飲みたい。もっと血が欲しいと、本能が再三叫んでいる。
これ以上吸うまいと突き放したのにこれではーー。
「もっと吸っても構わない。好きにして欲しい。叶人の気の向くまま、叶人の思うままに」
その言葉で、俺の理性は呆気なく崩壊した。
リストカットの形跡や、現状がどうなっているのかなど、考えなければならない事を全て放棄してアニの白い肌に再び歯を突き立てる。
嗚呼、俺は本当にどうなってしまったのか。これでは、こんなのは人間では無い。これではまるで獣の様では無いか。欲に身を任せて貪るなんて人間のやる事では無い。
「アニ……俺から離れてくれ」
だから俺は懇願するようにそう呟いた。
相変わらず血は欲しいし、暖かな体温が名残惜しく無いと言えば嘘になる。けれど、吸血で傷付く人が居るのだ。それが大切な人であるのならば尚更止めなければならない。
「……ん。分かった」
アニはそれを聞くと何処か寂しそうに表情を歪めながら俺から距離を取ると衣服を纏った。
「また血が欲しくなったらいつでも呼んで欲しい。いつでも、どんな時でも駆け付ける」
そう言い残すとアニは部屋から出て行った。
「……どうしちまったんだよ、俺」
そう自己嫌悪に浸っていると入れ違いになる形で凩、ジャック、篝とーー少し離れて唯が部屋に入って来た。
「起きたみたいだねぇ……って、どうしたのかなぁその目!!」
「目?」
俺の目が、どうかしたのだろうか?
「君、両目が真っ赤になってるよ!?」
……は?
叶人の絶望スイッチは終わらない。
あと遂に叶人のオッドアイ終了となります。
まぁそもそも叶人がオッドアイになったのもアレが原因ですからねぇ……。
と言うか叶人死に掛け過ぎでは?
ってな訳で次回からアニ編に入りまーす。
アニの過去やししょーについて明かされます。
ブレパンも後半なんだなぁ……。




