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Runaway utopia【4】

主人公による一人殺害懇願リレーはぁじまぁるよぉー

 猛る影はボロボロと崩壊し、やがてそこには黒い獣の手足を持つ青年だけが残った。


「ーーして、くれ」


 赤と黒の双眸は未だ絶望で澱んでおり、何処までも暗い感情を露わにしている。


「俺を、殺して、くれ」


 それは杉原叶人の成れの果て。人にも魔獣にもなれない哀れな罪人の姿がそこにはあった。


「ーー俺を、殺して、間違いを、正してくれ」



♪ ♪ ♪



 何もかもが嫌だった。

 杉原清人と自称する事も。杉原清人と呼ばれる事も。杉原清人として振る舞う事も。

 もっと俺をーー叶人を見て欲しかった。

 清人じゃなくて、贋作で、偽物で、劣化レプリカでも、それでも叶人を見て欲しかった。

 それが叶わないのは分かっている。

 それが如何に意地汚い事かも知っている。

 それに、これが清人の居場所を奪い取った俺に課せられた罰だと言う事もわかり切っている。

 けれど、心がひり付く程にそう願ってしまう。

 ずっと清人だけを見つめ、ずっと清人だけを大切に守っていた筈なのに。


 そんな自分の卑しい一面が覗く度にこの胸を自ら引き裂きたくなるような衝動に襲われる。

 だから俺は蕩けそうになる思考の欠片をつなぎ合わせてこう口にする。


「ーー俺を、殺して、間違いを、正してくれ」


 もしかしたらこう考える事自体が間違いなのかもしれない。

 いつの間にか論点がすり替わっているのかもしれない。いや、多分そうだろう。

 自分が何故絶望しているのかも最早あやふやなのだから。


 けれど、俺は今『終わり』を渇望している事。

 きっとそれだけは確かだ。



♪ ♪ ♪



「……俺は、散々間違えた、からな。もう、答え合わせには、飽き飽き、なんだよ」


 獣と人が合わさった奇妙なシルエットはそう口にする。チグハグな、しかし確かな諦めを感じさせる口調で。


「何を、何を言うとるんや……あんさん?」


「だからーーさっさと、殺してくれ!!」


 悲痛な懇願が部屋に響く。

 しかし、誰もが動かない。動こうとしない。


「何で、だよ。俺が、見えない、のか? 俺は、此処に、居るぞ。なァ!! 俺を、見ろよ!! 俺を、殺せよ……!!」


 焦れたのか獣じみた挙動で地を這い、篝を襲撃する。


「篝ッ!!」


「この程度……何ら問題無いっ!」


 獣の爪と刀が拮抗しギリギリと火花を散らす。


「なァァッ!! 見ろよ、この、異類の身体おッ!! 悍しいだろォ? 醜いだろォォォォッ? 殺すべき、敵なのは、明白だろうがァァァァァッ!!」


「生憎だがーー私の二本の角はその異類の証だ。どうして同類が同類を嫌悪出来ると思ったッ!!」


 痛烈な一閃が獣の爪を押し返し、上へ弾き飛ばす。

 獣人間は空中で強引に身体を捩ると軽やかに着地し、そのまま今度は凩の方へと猛進した。


「今度はこっちか……せいっ!」


「間違いを、正さないと、いけないんだよォォォォッッ!!」


 先程と全く同じ構図が再現される。


「あんさんの言う間違いの意味が分からん……のッ!!」


 そう言うと片手を刀から離しーー獣人間の腹部に容赦なくめり込ませる。


「清人を、助けられず! 清人の、フリもままならず! ただ、ただ、脅迫観念に迫られて、善意を押し付け! 誰かを、助けたつもりになって……悦に浸って! これを間違いと、言わずして、何と言うッ!!」


 遥か後方に殴り飛ばされながら獣人間は絶叫する。


「そんなモン、間違いなんかやない。それはただの後悔や。あんさんが清人を助けられなかった事を引きずって、何でも悪い方に解釈しようとしてるだけや。それに……その間違いとやらに救われたのがワリャなのをもう忘れたんか?」


「煩いッ!!」


 吐き捨てる様にそう言うと今度はーーアニの元へと突進する。

 ……その様は、何処か巡礼者にも似ていた。たった一つの救済を得るまで、延々彷徨い続ける、そんな巡礼者に。


 死滅願望を込めた突進はしかし糸によって完全に静止する。


「もう、止めよ?」


「……煩い、煩い煩い煩いッ!! どいつも、コイツも、何で、俺を、憎まない、嫌わない、殺さない!!」


「ーー皆んな、貴方に助けられたから」


 アニは自ら糸に近付く。

 糸に絡め取られているとは言え、無防備なまま近付けばその大きな爪で真っ二つにされてしまうだろう。

 けれど、アニは獣人間に近付いた。


「聞かせて、貴方の本当の名前を」


「ーーーー」


 沈黙がその場に横たわる。そしてその沈黙を破ったのは。


「ーー杉原、叶人」


 杉原叶人だった。


「ん、叶人。覚えた。絶対に忘れない」


 その瞬間、巨大な手足は空気に溶けて消えて無くなる。まるで、もう不要だと言うかのように。


「俺は……清人の代用品じゃない。俺は……俺でいたい」


 それは杉原叶人がずっと抑圧していたたった一つの願望トゥルース

 ずっと杉原清人として振る舞う内に生じた至極当然な帰結。それを叶人は漸く口にした。


「……やっぱり、こんなのおかしいよな。俺は清人から生まれた別人格で、根本は全く同じ筈なのにさ。……こんなにも、俺は俺でいたいんだ。清人の願いをーー誰かを助けられる人になりたいって願いをトレースして、道標にして来ただけの空っぽの伽藍堂なのにさ」


「空っぽなんかじゃ、ない」


 アニはそう言うと振り返る。

 そこには凩と篝の姿があった。


「旅の中で得た物はきっと、ある」


 叶人は感極まった様子で大粒の涙を流した。


「そう、か……。いつの間にか、満たされてたんだな、俺」


 だから、叶人は気付かない。

 アニの目に強い意志が滲んでいる事に。

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