It's all your fault!【3】
これが私のやりたかった事っす。
俺はずっと傷付く清人を見てきた。
心ない言葉を掛けられた清人を見てきた。
暴力を振るわれる清人を見てきた。
泣き叫ぶ清人を見てきた。
だから、全部俺が引き受けた。
どんな苦しみも、痛みも、清人に向けられる悪意と害意を全て引き受けた。
ああ、辛かったとも。けれどそれこそが俺の存在意義。身体のない俺が生きる理由。
何処までも清人を守る揺りかご。それが俺だ。
俺が清人にゲームを勧めたのは現実から逃すため。少しでも辛い事を忘れて貰う為。
まぁ、そのせいで清人にサボローと、そう呼ばれるようになったのだけど。
思い返せばあの日々は辛くはあったが一日一日が大切なーー黄金のような日々だった。
清人とゲームして、マンガ読んで、ラノベ読んで、喧嘩して、仲直りして、そんなありふれた日々が心の底から楽しかった。
この人格は仮初めのもの。清人が元に戻ればそのまま消えて無くなる。だからこそ……その日々は輝いていた。
……なのに、仮初めの人格だけが残り、杉原清人だけが消えてしまった。
生まれて初めて俺は吐き気を覚えるほどの失意のドン底を知った。。何よりも大切な人がーー清人が跡形も無く消えてしまったのだから。
でも、それより酷かったのは……誰もが俺を『清人』と呼ぶ事だった。
確かに今までにも清人と入れ替わった際に『清人』と呼ばれることはままあったし、それに不満を抱いた事は無かった。
しかし、当人が居ないのでは全く話が変わる。
清人は何処にも居なくて、居るのは俺の筈なのに誰もそれを理解出来ない。
心の半分をごっそりと持って行かれたような、最低な気分だった。
何故俺が残ってしまったのか。
そう思わなかった日は無い。
だから、俺が生まれる原因を作り、清人を徹底的に傷付けた唯を深く憎んだ。
……そうする事でやり場のないこの気持ちを無理やり肚に落としこんでいた。
けれど、ニャルラトホテプが唯の顔を再現した時に、その憎悪は吹き出した。
『お前さえ居なければ、俺は生まれなかったのに』と。
守りたい清人を守れず、その居場所を奪って生きる醜悪な生き物は生まれなかったのにと。
俺は清人を傷付けた唯を許さない。
俺は俺が生まれた原因である唯を許さない。
♪ ♪ ♪
「お前が、全部お前が悪いんだ。お前が、自殺なんてしたから……!!」
最早思考などは無く、内に燃え盛る激情に身を任せるように叫んでいた。
「何で、何で、自殺なんてした……!!」
怒りを、悲しみを、理不尽をただ叫ぶ。
「……だって、仕方がないじゃない!! 実の父親に犯されて!! 穢れた私を愛してくれる筈無いじゃないッ!! だから、清人の目の前で自殺して、その心をズタズタに引き裂いて忘れられないようにしないとーー」
唯は狂気を滲ませながらそう絶叫した。
……ああ、本当にふざけた話だと思う。
あまりにも身勝手だ。何故ならーー。
「清人はそれでも、ずっとお前が、お前だけが好きだったんだぞ……!!」
強く歯を食いしばりながらそう口にする。
清人は一度として唯の事を悪く言った事は無かった。
それどころか、もっと早く唯と話せていたら道路に飛び込まなかったかもしれないと、心底悔やんでいた。
「……事故に遭ったあの日。清人はな、あの日唯が強姦されてたんじゃないかって尋ねるつもりだったんだ。その上で唯の為に出来る事は無いかって。自分に出来る事は無いかって!!」
「……嘘」
「なのにお前は身勝手に死んだ!! 清人の心配を全部ふいにして、その上清人を傷付けた!!」
「そんな、そんなのって」
ーーそして、その果てに俺が生まれ、清人が消えた。
「だから……俺が恨んでも、憎んでも許されるだろう?」
熱に浮かされたような、何処か現実感の無い足取りで唯に近付く。
鼓動の音がヤケに煩い。
「だから、頼む。ここでーー死んでくれッ!!」
唯の首は白く、細く、触れれば簡単に折れてしまいそうだった。
だから俺はその首に手を伸ばす。動揺しているのか唯は微動だにしない。
あと少し、もう少しで首に手が触れる。
きっと清人はこれを望んではいないだろう。けれど構うものか。
今はこの心地良い怒りに身を任せて手を前へ、前へと伸ばす。
「ーーぇ?」
唯から驚愕の声が漏れた。
……驚愕の、声?
そんな筈は無い。だって、俺は首を全力で締めている筈なのだ。だから声なんて漏れる筈がない。その筈なのにーー。
「どうして……だよッ!!」
細い首を締めて、殺す筈だった。
殺せると思った。いや、確実に殺したとすら思った。
なのに、なのに、なのに、なのにッ!!
「こんなにも殺したいのにッ!! 憎いのにッ!! 何でこんなにも愛おしいと思うんだよッ!!」
ーーなのに、何で、どうして、俺はこんなにもキツく唯の身体を抱き締めているんだ!!
「き、よと……?」
唯は腕の中でその名前を口にした。
違う、違う違う違うッ!! 俺は清人じゃない!! 俺は杉原叶人だ!!
だから、唯とは初対面だし、恋している訳でも、ましてや愛しているなんてあり得ない!!
なのに……どうして、彼女の笑顔が、仕草が、所作が、頭にこびり付いて離れないッ!!
……どうして、殺せないんだよ、畜生。
「がァァァァァッ!! 違うッ!! 俺は、清人じゃないッ!!」
涙が溢れて止まらない。
激情のまま唯を振り払い床に這いつくばる。
ああ、もうグチャグチャだ。何もかもが。全部全部。もうたくさんだ。
殺したくて、殺したくて、でも殺せなくて切なくて愛しくて恋しくて狂おしくてーー。
「こんなの、……こんなの、俺じゃないッ!!」
ーーあぁ、これが、絶望。
馬鹿みたいに赤い視界の中、微かな正気が溢れ落ちるのを俺は幻視した。
何故叶人が唯を殺せなかったのか。それはだいぶ前に張った伏線に答えがあります。
Handout【A summer of retrospect】
この話は清人と叶人の両方の視点で話が進みます。で、勿論ルビの方が叶人視点なのですが……ええ、ガッツリ書いてありますね。愛しい(恋しい)、寂しい(憎い)、苦しい(愛おしい)
()内部が叶人のものなのですが。ええ、叶人もまた唯のことが……。
故に、こうなるのは半ば確定事項だった訳です。
尚、唯も叶人も愛憎のやべー奴だったり、二人とも清人ガチ恋(?)勢だったりと共通点が多かったりする。




