Want to be lover【1】
とくべつになりたい…あっ、ふーん(察し)
ザオ平原という場所がある。
『機工都市』テオ=テルミドーランと『魁星都市』ヒュエルツを繋ぐ交通の要所だ。平日休日問わず行商人や新型のジョウキキカンが慌ただしく行き交っているのだが――当然のように行商人の積み荷を狙う野盗が頻繁に出る。
そして地面にどっかりと座り込む二人の男たちも例に漏れず野盗だった。
「あのジョウキキカン、やたらキレーだよなぁ」
髪を逆立てた男は双眼鏡を覗きながら呟いた。
「お頭、ありゃあダメですよ。最新式の蒸気機関っす。中は覗けないけどきっと何かロクでもない兵装積んでますって」
諌めるように痩せ型の男が保存食をモソモソと咀嚼しながらぞんざいに返答するのを聞いて、お頭と呼ばれた男はため息を吐いた。
テオ=テルミドーランの技術の発展は凄まじく、瞬く間に馬車が廃れジョウキキカンという煙を吐き出しながら動く鉄塊が台頭した。
野盗らしくこの鉄塊を襲撃しようとすると沢山の不都合を抱えることになる。
一つは外装の硬さ故に下手な武器で攻撃しようとすると逆に自分の武器が壊れてしまう点。
もう一つは外装が綺麗な物を狙うと偶に『ケンジュウ』という鉛の弾を放つ奇怪な武器と遭遇してしまう点。
前者は金銭的な致命傷で済むがが、後者は野盗にとって死そのもの。
軽装を好む野盗にとって『ケンジュウ』による攻撃は一撃必殺。当たれば則ち死だ。
だが、それを一式全部奪えたなら一気に莫大なリターンが手に入る。
野盗にも野盗ドリームというものがあるのだ。
だが、美味しい獲物は中々やって来ないのが大抵で――。
「……ん?」
双眼鏡を覗いていたお頭と呼ばれた野盗はこの場に似つかわしくない可憐な少女を眼下に捉えた。
豊かな薄桃の髪には艶があり、どことなくエキゾチックな雰囲気の黒を基調とした服を身にまとっていて、肌は白く夕日に良く映えている。
「おいおい……マジかよ」
思わずお頭と呼ばれた男は呟いていた。
ザオ平原は野盗が本当に多い。一昔前までは大規模な盗賊団が根城にしていた事だってある。女子供が一人で歩くには危ない場所なのだ。そこに――若い女。
「アレを娼館に売っぱらえば相当な金になる……いや、お楽しみだって我慢すればもしかしたら当分野盗の仕事だってしなくて済むかもしれない」
「同意ですかねぇ。傷付けないのは難しいっすけど男がいる様子もないし……案外脅せば簡単に言う事を聞いてくれるかもしれないっす」
ただ――と痩せ型の男は続けた。
「腰に二本……いや、三本ですかね?短剣か何かを装備してるから案外名のある冒険者って線もあり得るっすねぇ。どうするんすか?」
金か堅実か。
――考えるまでもない。
「脅しに屈しなかった場合逃げれるように退路は確保しておこう。……それじゃあ一稼ぎさせて貰うぞ」
略奪こそが野盗の本懐なのだから。
薄桃の少女に向かって崖を飛び降りると流れるような動作でそのままナイフを少女の首元に突きつけた。
「動くなよ、嬢ちゃん。動いたら頭と身体がオサラバするぞ?」
ナイフが落陽で紅く輝く。
野盗だからこそ武器の手入れを怠った事は一度もない。それは正しく――命を刈り取る輝きだった。
だが、少女は表情一つ変えない。
まるでそこにいるのが人間ではなく精巧な作りのビスクドールのような気さえする無表情に嫌な緊張感が漂う。
「……おさらば?」
「お、おう。だから俺たちにご同行願おうか。金が要るんだよ、俺たちには」
少女はふーんと興味無さげに頷いた。
野盗達は気付かない。
ずんずんと日が傾いている事に。
ナイフの輝きが少しずつか細くなっている事に。
「それは……ふつーに困る。自由意志尊重すべき」
それは『通り雨に遭遇したら少し困るな』位の、本当に軽い――軽過ぎる反応だった。
野盗の存在を意に介した様子も無い。
「……俺達はちょっとは名の知れたお尋ね者だ。なぁ、この意味分かるだろ?大人しく俺たちに従えよ」
『お尋ね者』と聞くと少女は漸く人間らしい表情を浮かべた。それは――笑み。
「な、何がおかしいんだ?」
「お尋ね者」
そう、白魚のような指を自分に向けながら少女は言い放つ。
「……正確には冒険者の指定危険人物。名前は――」
「アラクニド」
日が沈み、辺りが藍色に染まる中、少女の瞳には焔のように異様な赤い色彩が宿っていた。
「アラク、ニド?」
野盗に学など無かった。
だが、目の前の少女が危険なものである事はここに来て漸く理解出来た。
しかし、気付いたところでもう手遅れだった。
「あなたたちは……きっと私にとって『とくべつ』なモノじゃない。それにちょっとだけ」
「邪魔――かも?」
アラクニドが言い切る前に背を向けて走り出していた二人だったが全く同じタイミングで転倒した。
「な、何だって何も無いところで転ぶんだ!?」
「それよりも……動けないんす!」
転倒したまま動けないでいる二人にゆらゆらとアラクニドはにじり寄る。
その手には琥珀色の短剣が二本。
刺し殺すつもりかと、二人が硬く目を閉じると……言い様のない息苦しさに襲われた。
目を開けると視界がボヤけて見える。
そして野盗二人は自分の死を悟った。これは『第二魔素』――水の発現を利用した初歩的な魔法『水鞠よ在れ』。水で出来た球を指定した座標に発現する魔法である。
ただ、初歩的な魔法とは言え、冒険者の使う『水鞠よ在れ』は燃え盛る火炎や吹き荒ぶ一陣の風よりも余程恐ろしい。
この魔法で作られた水の球は魔法を解くまで座標を指定し続ける事が出来るのだ。それこそ窒息死するのを見届けるまでずっと。動こうがもがこうが水の球は指定された場所にあり続けるのだ。
「敵意を見せる人は……『とくべつ』なものじゃ、ない」
アラクニドは野盗二人が動かなくなるのを認めると『水鞠よ在れ』を解除して気ままに歩みを再開した。
その先に、『とくべつ』なモノがあると信じて彼女は歩き続ける。
例え、彼女の背後にどれだけの死体を積み上げる事になっても。
アラクニドは止まらない。
今回のイラストはウナムムル様からの頂き物になります。
ああ……美しい……(恍惚)




