Ying Yang【3】
ハッピーバレンタイン!!
惹かれ合う二人を祝福しようねぇ!!
辺り一面に鏡が置かれた部屋の中、俺はーー彼女と出会ってしまった。
「私の部屋にようこそ。歓迎するわ。清人」
振り返ると見えるのは腰まで伸びたマロンペーストの髪。僅かに視線を降ろすと見えるのは真珠のような白い肌に高く通った鼻梁。
見に纏うのは世界観ガン無視の制服。……きっと彼女が順当に高校生になっていたなら、こんな風になっていたのだろうか。
俺は実物の彼女を見た事はない。けれど、彼女の事を良く知っている。
彼女の名前は高嶋唯。
清人の恋人であり、清人を廃人に変えた元凶でありーー俺が世界で二番目に憎い人でもある。
『……高嶋、唯』
その名前を思い浮かべると憎悪と何かしらがない混ぜになったかのような複雑な気分になる。
しかし、そんな俺とは裏腹に彼女の表情はどこまでも柔らかだった。その表情はそれこそーー異なる世界で最愛の人と再び巡り合えたかのような、そんな歓喜の念が滲み出ているように見える。
「暫く見ない間に背も、大分伸びたのね。それにあの頃よりも筋肉付いたみたいだし、男らしくなったかしら」
そう言うと唯は満足したのか微かに笑みを浮かべた。それは記憶の中にあるのと寸分違わぬ笑みだった。
……ここだけ切り取って見れば微笑ましい光景だと思う事だろう。しかし、だからこそ異様だった。
先程の永い後日譚じみた光景がリフレインする。……俺は白い人形達に群がられ、沈む凩の姿を見た。モンスターに捕食された篝の姿を見た。
そして、何も出来ずに這う這うの体で逃げ延びた俺がここに居る。
その状況下で極々普通に振る舞う彼女が普通である筈がない。
『……オルクィンジェ』
「あぁ、分かっている」
幻聴の時点で敵なのはもう透けている。……無力化するなら、今しかない。
「改めて、久しぶりね。感動の再会と洒落込みたいのだけどーー」
唯はそこで言葉を区切ると一丁の拳銃を取り出した。
しかし、今はまだ『災禍の隻腕』の効果時間内。痛いは痛いが……当たったところで直ぐに治る。
それにオルクィンジェは俺が知る中で誰よりも速い。
俺の知る限り最速で、最強の男。だから、発砲するよりも先にこちらの攻撃が確実にヒットする。
しかし、その正確な蹴りが少女の顎を捉えることは無かった。
『何っ!?』
「何故だ、何故当たっていない!?」
思わず困惑の声が漏れ出る。間違いなく当たった筈だ。なのに何故ーー。
「ーーさっき実弾と混ぜて撃ち込んでおいた『幻惑の弾』の効果は絶大みたいね」
乾いた銃声がどういう訳か背後から響いた。
「ふん、銃弾の一発如きで止まるなどと……見くびるなよ小娘ッ!!」
オルクィンジェは先程銃声のした背後に向かって突進したがそこには鏡があるだけ。誰かを突き飛ばしたような感覚は無い。
いや、待て、何かおかしい。
『何で撃たれたのに炎が出てない……?』
今は『災禍の隻腕』の効果時間内だ。撃たれたら即座にその箇所が炎に包まれ再生する。
なのに、炎が出ていない。
銃弾は確かに命中したのにも関わらず。
「私も最高に今ツイてるみたいね。……だって、同一の対象の癖に計六発撃てるんだもの」
唯の哄笑が部屋を揺さぶる。
唯は一体、何を言っているんだ?
俺は一体、何を見せられているんだ?
「まぁ、その理由も大体察したけど……あなた、二重人格なんでしょう? だから一人につき三発しか撃てない銃弾も人格を入れ替えてさえいれば追加で三発撃てる」
「……二重人格? どう言う事なんだ?」
「惚けても無駄よ。清人は私を小娘なんて言わないもの。それに私は転生者。グリードとか、その手の二重人格のキャラなんて腐るほど知ってるもの。まぁ、見るのは初めてだけど」
そう言うと唯はマロンペーストを弄ぶ。まるで退屈だと言わんばかりの態度だ。
「不味い……限界だ」
オルクィンジェは遂に膝を着いた。入れ替わりの限界が来たのだ。元より人形を相手していたから入れ替わりの時間を多く残してはいられなかった。だからそろそろ限界なのは分かっていたが……正直言って、最悪なタイミングだ。
「くっ……」
内と外が入れ替わるのとほぼ同時に『災禍の隻腕』の効果が切れてしまった。
「残り一発に戻った……つまり元の清人に戻ったようね。入れ替えの場面を鑑みるに制限時間でもあったのかしら。まぁ、こうなった以上何も問題にはならないだろうけど」
銃口が額に突き付けられる。ヒヤリとした感触が気持ち悪い。……俺の生殺与奪は完全に目の前の少女に握られてしまった訳だ。
「俺を殺すのか……ッ!!」
そう言って唯を真っ直ぐに睨むと一瞬、キョトンとした顔になり次いでププッと吹き出した。
「殺す訳ないじゃない。心配は無用よ。さっきまでは少し手荒くしたけど今から私が直接清人に危害を加える事は無いと思って貰って構わないわ。安心して頂戴」
直接危害を加えない。その言葉を聞いて少し安堵する。
そうだ、あちらから危害を加えないのならどうにか隙を見て脱走して、みんなと合流する事だって不可能では無い筈だ。
アニはまだ部屋を探索しているだろうし、篝はモンスターに飲み込まれただけ。凩だって人形に群がられたものの死んだと断定するにはまだ早い。
まだ、勝ちの目はまだ潰えてはいない。
勝てばその過程の失敗も濯げる。
まだ、挽回のチャンスはある。チャンスは俺に残されている。
「だってーー清人は私のペットだもの」
精々侮れ。勝手にほざいていろ。
俺は必ず抜け出し、仲間を全員助け出してみせる。まだ間に合う筈だ。間に合わないとダメだ。間に合ってくれないと困る。
「ただ、ペットについた害虫については保証しかねるけど。小柄な女に、赤髪の剣士、ついでに脳筋牛女で全員だったかしら。ああ、あとジャックオランタンもいたわよね」
「仲間に、何をした」
嫌な、予感がする。
「答えろッ! 俺の仲間に何をしたッ!!」
そう言うと唯は唇の端を吊り上げ、目を細めた。その凄惨な表情は人間のものではなくーー怪物のように見えた。
「さてと、飾り付けも終わったみたいだし、そろそろパーティー会場に移動しましょう? きっと楽しんでくれると思うわ」
現在の状況
口十人:唯に生殺与奪を握られ事実上の戦闘不能なのに加えてSAN値がピンチ
アニ:捕縛済み且つ恐怖の弾の効果持続中
凩:捕縛済み
ジャック:行方不明
篝:落下後行方不明
オルクィンジェ:戦闘不能
唯:超★ハッピー♪




