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Ying Yang【2】

さーて、ちょいと強引だけど動かしてみようかね。

 刃を持つ実力者二人による舞踏ロンドは尚も続行していた。


「どうした、動きが鈍くなっているぞ」


「そう言うそっちも、ちょいと勢いが落ちて来たんとちゃうん?」


 軽口を挟みながらも次々と人形を斬り伏せていく。

 ……何というか、俺からしたらちょっとあり得ない光景だ。

 俺の基本戦法は基本的に『加速アクセル』を利用したヒットエンドラン。チビチビ削る陰湿で地味な戦法だ。それ

 に対して凩もオルクィンジェも毛色は違えど基本詰めろ攻めろだから殲滅速度が段違いに早い。しかも、敵は結構強いにも関わらずだ。二人の無双は見ているだけで背筋がゾクゾクする。

 とは言えオルクィンジェのスイッチには致命的な弱点がある。それはスイッチには時間制限がある点だ。

 ハザミでの戦いを通して少し長くはなったがそれでも完全に入れ替われる時間はそうそう長くはない。シンクロを利用したとしてもこの制限ばかりはどうにもならない。


「チィ……ッ!!」


 オルクィンジェが苛立たしげに舌打ちする。

 この均衡はオルクィンジェとのスイッチが終わった瞬間に崩れる事が半ば確定事項。

 人形の残数は不明。根本的な解決方法も思い浮かばない。正直言って、状況は絶望的だ。

 人形の数に制限があるとか、特定の状況下でしか人形が湧かないとかなら助かるのだが、この家が『欠片』を取り込んでいる以上パワーのインフレだけして弱点が無い可能性すらある。


「キリが無いの……」


 肩で息をしながら凩は呟く。

 凩の疲労具合、残りのスイッチの継続時間を加味して考えると……もう、ほぼほぼ勝ち目がない。

 となると考えなければならない事はただ一つ。


『オルクィンジェ、俺が出る』


「……こうなった以上仕方がない、か」


『ああ、逃げるぞ』


 俺の不調は未だに尾を引いているが……『災禍の隻腕』を使いながら凩の手を引いて敵陣の中央を堂々と突破する。

 オルクィンジェとの入れ替わり限界まではまだ少しあるが、それはもしもの時用に温存しておくことにする。……多分、これが最前手だ。


「小僧、コイツを頼んだぞ」


 オルクィンジェがそう言ったタイミングで内と外とを入れ替える。


「凩! 俺の手をしっかり握れッ!!」


「うおっと、入れ替わったんか! ほいで、了解やっ!!」


 ギチリと万力のような強さで腕が握られる。俺の腕なんて簡単にへし折られてしまいそうな程だ。だが……離れ離れが一番悲惨だと思えばこの握力も上等だ。


「さて、行くぞ……『災禍の隻腕』からの『加速アクセル』ッ!!」


 右から左から情け容赦の無い打擲が俺たちを襲う。俺はなるべく凩を庇う様に握られていない腕を盾代わりに使用する。役割的にはやぶれひまくみたいなものだ。


「あと少しで部屋移動だ!! 駆け抜けてやんよッ!!」


 首から、頬から、胴から、足から至る所から鮮血の代わりに火が噴き出す。

 人間、転べば痛いし血も流れる。それは血の代わり炎が噴き出す身体であれーー痛みが生じる事を示している。


「あんさん、さっきから身体から火やのうて、黒いモヤが……」


 凩が震えた声音でそう口にした。どうやらこの時が遂に来てしまったらしい。


「グゥゥゥッ!!」


 口の端から涎が流れる。

 『災禍の隻腕』を使うと言う事はそのままSAN値の減少に直結する。

 ここに来るまでにSAN値が大幅に減った事を考えれば一番使いたく無かった手だ。


「『加速アクセル』ッ!! 『加速アァァァクセル』ッ!! 『加速アクセェェェル』ッッ!!」


 正気を保つ為にそのスキルの名前を叫ぶ。もっと早く、もっと速く、もっと疾く。部屋のドアのその向こうまで。


「もう、少しッ!!」


 その瞬間、パンパンと二発分の銃声が聴こえた。

 その二発は高速移動を続ける俺の腕に着弾しーー今までにない鮮烈な痛みが走った。


「グ、グァァァァァッ!!」


 傷は治る。傷は治る。けれど痛い。どうしようもなく痛いッ!!

 必死に掴んでいた正気も俺の手からするりと抜け落ちーー。


「く、入れ替わりの時間を残して正解だったか」


 気付けば俺の身体はオルクィンジェの意識下にあった。


「落ち着け。あと少しでドアまで辿り着ける。敵はいるが蹴散らせない数では無い。寧ろここまで良く行けた」


 そう言うとオルクィンジェはそのまま走り出した。……空いた両手でもって。


『……なぁ、オルクィンジェ』


「…………」


『……凩、どこ行った?』


 俺の腕には先程までガッチリと掴んでいた凩の手が無かった。


 オルクィンジェが微かに首を動かすとそこにはーー人形の群れに飲み込まれる凩の姿があった。

 ……さっきのあの射撃だ。あの時に凩が手を離して、そのまま置いてきぼりになってしまったらしい。

 そして俺は痛みでそれに気付けなかったようだ。

 また俺の失態だ。俺は肝心な時にこそやらかす。ずっと変わらない、変われない。


『……あ、あぁッ!!』


「あん、さん……振り返るなや。……行け、早ぅ」


 白い人形達の影に赤い髪が埋まって行く。白い人形達は凩に殺到し、やがてそれはーー雑踏へと変わった。


「……今は、逃げるべきだ」


『でもッ!! 凩が……凩があそこに埋まって!! 早く助けないと!!』


「……俺が行っても、この俺をもってしても、アレばかりはどうしようもない。逃げるぞ」


『けどッ!!』


 唇から、微かに火が出ていた。

 そして身体は小刻みに震えている。


「『魔王』の名を持ちながら逃げる事しか出来ない俺が、今は堪らなく憎らしい……ッ!!」


 そう口にすると俺の意思を無視してオルクィンジェはドアへと走り出した。


『クソッ!! 畜生ッ!! 凩ィィィィィッッ!!』


 俺はまた、守れなかった。


 全く、本当に……無力な自分に嫌気が差す。クソが。


 人形を退けて、ドアを開けたその先にはーー。


「何だ、この部屋は」


 仄暗いその部屋には沢山の俺がいた。いや、違うこれは……鏡?

 夥しい程の鏡が部屋の中に設置してあった。……狂ってる上に悪趣味だ。


「私の部屋にようこそ。歓迎するわ。清人」


 そして俺の背後からそう声を掛けられた。

 その声は忘れられない。忘れるはずもない。


『……高嶋、唯』


 清人の目の前で死んだ高嶋唯その人の声だった。

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