Ying Yang【1】
急転悪化ァッ!!
『……喰われて、これ以上は無いだろうと思えばこれか。この世界は随分と俺をコケにするのが好きらしい』
白いオルクィンジェ人形に対しオルクィンジェ本人は敵愾心を露わにする。その怒りは相当なもので、ゾクリと首筋を氷でなぞられたような心地がした。
「来るで……!!」
オルクィンジェ人形の球体関節がキシキシと嫌な音をたてながら稼働する。
響く異音とは裏腹にその挙動は極めて鋭敏。平時の俺と同等いや、それ以上の速度が出ているように見える。
「凩ッ!!」
「了解……やっ!!」
人形の手刀を凩の『野分』が受け止める。大森林ではあっさりとスライムを破壊していた凩だったが、その顔に先ほどまでの余裕の笑みは無い。
「『水よ押し返せ』っ!!」
そこへすかさず『第二魔素』を用いた水で追撃する。それは人形の顔面にまで飛翔するとその身体を僅かに押し返す。
その効果は余りにも貧弱なようだがーーそれでも凩がとどめの一撃を加えるだけの隙は作れる。
「凩! とどめをッ!!」
「あいよっ!! 浦風っ!!」
暴風を纏う斬撃が人形の胴体を正確に捉え、これを見事に切断する。
見事に上半身の下半身に分かれた人形は最早ピクリとも動かない。
「……あり得ない」
ポツリとそう呟く。
「あんさん、どうかしたんか?」
……あまりにも呆気なさすぎる。
オルクィンジェ人形が出現した時、俺の皮膚は強敵の気配に酷く粟立った。確かにこの人形はそこら辺のモンスターよりは確実に強いし、そもそも凩が強過ぎたと言うのもあるのかも知れない。
しかし『少し苦労する』程度の敵に戦慄を覚える程俺の生存本能は臆病では無い。まだ何かある筈だ。
再生能力がヤバいとか、自爆技持ちだとか、あと単純にーー。
「……不味いかな。視認は出来てないけど気配的に……多分、囲まれちゃったかな」
ーー数が多いとか。
「おい、おいおい、どう言う事だよ」
冷や汗が流れる。
現れたのは先程と全く同じ姿をした人形の群れだった。
感情の無い虚な瞳が俺達を射すくめる。
「難易度ナイトメアってか……!!」
ザッ、ザッ、ザッと。
感情の無い白い人形達は一歩前へ進み出る。それは正に数の暴力。圧倒的な力によるジェノサイドへの誘い。
「オルクィンジェ、入れ替わるぞ」
『ほう、良いのか? 自身の力を試したかったのだろう』
「この状況をどうこう出来ると思い上がれる程俺は強くないからな。それに……お前も大分フラストレーション溜まってるんだろ」
そう言うとオルクィンジェははっ、と凶暴な笑みを浮かべた……気がした。
『良いだろう。その願い、確かにこの俺が聞き届けた』
内と外が入れ替わる。
ジェノサイドに対抗する為に必要なのは圧倒的な殲滅力。即ち、同じジェノサイド。
「その雰囲気あんさん……じゃないの。となると、あんたがオルクィンジェか」
「さてな。その答えは戦いを通して知れば良い」
俺のーーオルクィンジェの手のひらから光が漏れる。そして一瞬の後、その手には一振りのシックルが握られていた。
「……活路を拓く。征くぞ小僧ッ!!」
「ほいたら……お手並み拝見と行こか」
人形にまみれた戦場に二つの刃が煌き始める。
♪ ♪ ♪
一方その頃、アニはシックル二刀流の人形により苦戦を強いられていた。
「っ!!」
アニの握る短剣二本とシックルがぶつかり合い、甲高い音が部屋に響く。
短剣二刀流、シックル二刀流。武器の本数では全くの同じではあるがその熟練度には大きな差があった。
「強い……」
アニは吹き出る汗を拭いもしないで目の前の敵を睨みつける。
アニは事実として強い。格下であれば即殺必死。格上相手であっても条件が合いさえすれば互角以上のパフォーマンスを発揮する。
しかし、それはあくまでも『パフォーマンスを発揮出来る場合』に過ぎない。発揮出来なければ元のパワーバランス通りの結果が待つのみだ。
「痛っ……」
斬撃が微かに頬を掠める。
彼女にとっての不運は二つ。
一つは部屋の改装。これによりこれまでに張った糸が全ておじゃんになってしまった事。
そして二つ目は人形がドア付近を陣取っている事。
彼女にとって糸は第六の感覚器官に等しい。敵の動きをいち早く察知し、流れる風を読み、敵を絡めとる彼女だけの特別な感覚器官。
それが無いとなると苦戦は必至。いや、力量差にもよるが戦いにすらならない場合も想定出来る。
その上、逃走に走ろうとしても異色の二刀流がそれを許さない。
小さな鎌二本。しかし、それらがカバー出来る範囲は余りにも広い。
アニは腰に手を伸ばす。その先には歪な形の刃物が一本。
「し、しょー……」
しかし、彼女はそれを手に取らない。それが現状の打開に繋がらないと分かっていたからだ。
「……っ!!」
足下から、ジリジリとにじり寄るような恐怖が訪れる。
誰かに助けて貰えなければ、死ぬ。
そして、サボロー達もこれと戦っているのが見えた以上援軍は望めない。
都合の良いヒーローは現れない。希望もない。展望もない。
「あ、ぁ……」
戦意を喪失し、彼女は膝を着いた。
その瞬間。
「はい、厄介なの一人見ぃつけた」
パンパンと、何かが爆ぜる音がした。
気付くと手にしていた二本の短剣が床に弾き飛ばされている。
短剣を取り戻さなければと緩慢な動作でそちらに行こうとするがその腹部を何者かが強く蹴り上げる。
「戦意は無いのに短剣は取る……か。ソレ、親の形見か何かなのかしら。理解し難い感覚ね」
ボヤける視界に映るのは栗色の長く美しい髪。
しかし、それに対してその表情は醜悪そのもの。言うならば……それは憎悪の化身。
「さてと、あなたをパーティを盛り上げる為に使わせて貰うけど、構わないわよね? まぁ、拒否権なんて与えないけど」
そう言うと蹲るアニの手に手錠を付けた上で襟を持って引き摺って行く。
「ご苦労様ね」
白い人形に労いの言葉を掛けながら、酷く楽しそうな様子でルンルンと引き摺って行く。
ヒロイン脱落……。
現在の清人のパーティの状況
口十人:体調不良&SAN値がピンチ
凩:異常ナシ
ジャック:異常ナシ
篝:モンスターに喰われる&唯によって地下に落下
アニ:唯によって連行ナウ
オルクィンジェ:自分に似たつよつよ人形が出たせいで激おこ
……ギャグ時空の住民は比較的マシだけどシリアス時空の住民は酷い目に遭ってるな。
え、篝? 落下程度じゃ何ともないだろうし実質ノータッチ。




