Enjoy your madness!【2】
落ちたぁあぁぁぁッ!!
もう知らんッ!!
私は打ち込むぞォォォォッ!!
唯は一人、大量の鏡に囲まれた一室で笑っていた。
「……良い気味ね。ねぇ、清人」
唯は清人が打ちのめされる様が、清人の元から仲間が消えていく様が楽しくて仕方がないようだった。
そう、ここは彼女の家。彼女だけの領域。彼女の意が叶えられる場所。
即ち、彼女のみが絶対的優位を握れる世界。入ってしまえば最後、何もかもが彼女の思い通りの形にならざるを得なくなる。
全てが彼女の書いたシナリオ通り。
その、筈だった。
「にしても、嫌な事をしてくれるわね……」
唯はそれを見て不快そうに眉を顰める。鏡の奥に映っているのは自身の顔ーーではなく、何処か別の部屋の風景だった。
ただその部屋はどこもかしこも糸まみれにされていたのだ。
恐らく、糸を使う小柄な女だろう。
何の為に糸を張っているか、その意図は分からないが折角用意した部屋を糸で汚されるのは不愉快極まりない。
「入ったメンバーは全部で四人と変なのが一体。その内の角の生えてる牛女は捕縛済み、清人の方に一人と一体が向かったからあの女は一人……」
ニヤリと笑みを浮かべる。
人の部屋を汚す不届きものには天罰を。ましてやここは唯の家、意にそぐわない者は総じて不要。
「先ずは仲間を潰して、ジワジワ痛ぶってやるわ」
「成る程、貴様が今回の黒幕か」
ふと、背後から声が聞こえた。
「……あら、あら。他人の部屋に入る時はノックしろって教わらなかったのかしら。無遠慮は嫌いよ。……と言うかよくも化け物の腹の中から生還出来たわね。どうやったのか参考までに教えてはくれないかしら」
振り向くとそこには目の覚めるような美しい銀の短髪。間違いない、牛女だ。ただ、全体的に血塗れで特に口周りは赤々としている。その様はまるで獣。もののけ姫じみている。
「肚を無理矢理喰い破った」
「はっ……!!」
唯は鼻で笑った。余りにも馬鹿げている。
「あなた、本当に人間かしら?」
「この人ならざる角を見て尚人間と呼べるならばそう呼ぶと良い」
そう言うと牛女は腰に帯びた刀を抜いた。
「私は不出来な怪物だ。己の失敗を濯ぐにはそれ以上の武功を立てる他ない。故に……その首を貰うぞ」
「あら、ご丁寧な前口上をどうも。お陰でーー」
「覚悟」
猛烈な速度での刺突。このままであれば唯は呆気なく死を迎える事だろう。
しかし、そうはならなかった。
「ーー罠が張れたわ」
血塗れの銀髪の足元が消えて無くなる。それは古典的な落とし穴だった。
「なにっ!?」
「さぁ、奈落の底に落ちなさい」
銀髪が下に落下した事を確認すると唯はすぐさま一つの鏡を確認する。
そこには酷く取り乱した様子の清人と、それを気遣う様子の赤髪、プラスアルファでカボチャのお化けの姿があった。
「……清人の事、何も知らない癖に」
唯は寄り添う仲間の姿を見て唇を強く噛んだ。
彼女の望みはただ一つ。杉原清人を貶め、穢す事。
それは彼女が清人と寄り添い生きる為に必要な通過儀礼。
故に高嶋唯は不要物を排除する。
♪ ♪ ♪
「あんさん……あんさんッ!! しっかりせい!」
「こが、らし……?」
ボンヤリと熱を持った頭で現状を再確認する。
確か、俺は冷静になろうと思って、一人で動こうとして……篝がついて来て、訳の分からない癇癪を起こして篝が喰ーー。
「うっ……おえっ」
……そうだ、グロテスクな肉塊が、篝を丸呑みにしたのを、ただ何もせずに俺は見ていた。助ける事すら頭になかった。完全な、俺の失態だ。
「篝は!? 篝は、何処に行ったんや!?」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。吐き気が止まらない。誰かこの現状を否定してくれ誰でもいいから。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪ーー。
「ツルパーンチッ!!」
頬に、衝撃が走った。叩かれた痕がジンジンと痛む。
「何するんだよ、ジャック」
「らしくないかなッ!!」
「らしく無いって、何だよ。俺らしさを勝手に決めるなよ」
反抗的にジャックを睨みつけると、ジャックはこれ以上無く皮を赤くして……怒っていた。
「この馬鹿! 落ち着け! 目を見開け! 不敵に笑え! オタクの知識を披露しながら語尾に『やんよ』を付けろッ!!」
それはジャックがこの世界に来て初めて口にした命令の言葉だった。
「……何だよ、それ」
「落ち着いた君ならこの状況もひっくり返せる。責任とか、負い目とか、そんな物は後で良い。今はひたすら現状を把握。メタ読みでも何でも使って敵を分析、撃破する。それが君の役割だ。……違うかな」
杉原清人はオタクの知識を披露しない。杉原清人はメタ読みしない。そして杉原清人は『やんよ』は言わない。
だが、俺はそれを口にするし、なんならそれしかしない。出来ない。
「分かったよ、やってやんよ。……やってやんよ!! こっちとらホラゲーも齧ってたんだ。こっから先はノーダメでクリアさせてやんよ!!」
だから、この言葉を以て意識を完全に切り換える。ここに居るのは杉原清人とは全くの別人。サブカルと現実逃避をこよなく愛し、清人からサボローと呼ばれた男だ。
「……現状は悪い。俺が仕出かした所為で篝がモンスターに丸呑みにされたし、俺の方も相変わらず調子が悪いし良い事なしだ。けど、それでも勝たせてやんよ」
「成る程の。篝が丸呑みにされてえらく取り乱したんか」
凩はうんうんと頷いた。……それだけだった。
「……咎めないのか? 俺が言うのもなんだけど散々やらかした張本人だぞ」
そう言うと凩は一瞬驚いたような顔をした。いや、実際に驚いているのだろう。『そんな事考えていなかった』と言わんばかりの顔だ。
「だって、あんさんは『やってやんよ』って言うた。なら、それは確定事項や。勿論、過程に失敗はついて回るやろうけど、それでも最後は必ず勝つ。最後に必ず勝つなら途中で何遍失敗しても問題にはならん。そう言う事や」
「言ってる事滅茶苦茶だな」
俺を買い被り過ぎだ。正直、恥ずかしくて堪らない。
「そんくらい、ワリャはあんさんを信じとるって事や。それに……篝の強さはワリャが一番知っとる。丸呑みにされただけで噛み砕かれた訳なやいんやろ? なら、篝なら絶対に無事や」
突き付けられるのは怒りでも、叱咤でも無い。それは全幅の信頼。
これでは弱音も吐いていられない。
「ジャック、俺のギルドカード返してくれないか」
「う、うん。と言うかこの名前ーー」
ジャックの手の中にあるギルドカードの名前欄には既に伏せは無かった。
ああ、この名前で息を吸うのはいつぶりだったか。酷く懐かしい気分だ。
「ああ、そっちが俺の真名ってヤツだ」
さっき取り乱したせいか俺の正気はもう残り少ない。正直、アニの一件が無ければ既に正気を失っていただろう。
「ところで、アニは居ないのか」
「あれ、何処行っちゃったんだろう。少なくとも君について行こうとした時までは居たんだけど……」
「また俺が元凶かよ……。分かった、アニと合流しよう。対策を打つにしろ先ずはそこからだ」
頭に冷静さが戻って来る。
別段冴えている訳でもないし、いつもと比べれば全然頭が回っていない。
しかし、それでも本来の俺に戻ってきた。
『ふん、漸く己の力を試す心構えが出来たか』
オルクインジェは呆れたようにそう言う。どうやらこの状況になっても手を出さなかったのはそう言う事らしい。
「……自分の力を試したいって言ったの俺だったもんな」
きっとオルクインジェも信頼していたからこその不介入だったのだろう。何というか、俺の仲間は随分と俺を信用してくれているらしい。
ならば、俺はその期待に全力で応えよう。
頬を叩き気合いを注入。
「ジャック、俺がまたヘタレたらブン殴れ」
「分かったかな」
「凩、多分戦闘になったら足引っ張るから覚悟してくれよな」
「任せとき!」
こっからはずっと俺のターンだ。
「おっしゃ、モンスターハウスRTAのお時間だッ!!」
はーい、スイッチ入りましたねー。




