Resumption of the tragedy【4】
まぁーたギスってるよコイツら……。
鈍い痛みで朦朧とする意識の中、俺は過去の出来事を思い出していた。
♪ ♪ ♪
春休みも終盤に差し掛かり春の陽気が何とも心地良い日の事だった。
何となく俺が太陽に向かって手をかざしてみると血潮が見えるーーどころかその手が透けて見えた。
「あっちゃぁ、そろそろ俺も終わるっぽいな」
それを見て俺はあと数日で消えるのだと理解した。
しかし、それも仕方のない話。俺は清人を守る為に生まれた仮初めの自我に過ぎない。清人の敵が消え、清人自身が自立すれば俺は不要となり自然に消える。元よりそう言う存在だ。
だから、消える事に恐怖は無かった。それが当然の事だと知っているから。
けれど、心残りがない訳でも無かった。
「折角今期のアニメが豊作なのに清人と一緒に見れないのはなぁ……新作のゲームとかも面白そうだし、勿体ないな」
そこに恐怖は無い。ただ、余りにも口惜しい。
清人と共にもっと遊びたかった。清人ともっと些細な言い合いをしたかったし、清人と一緒に笑い合いたかった。
「……消えたくない」
俺が消えるその日を思うと身体が小刻みに震える。胸がギュッと締め付けられるようで息が苦しく、せつない。
俺がいなくなったら、清人はどう思うだろうか。悲しむだろうか、それともせいせいしたと言うだろうか。
気付けば俺は涙を流していた。
「っと、この身体は清人のだから今泣いたら後々面倒になるよな」
ゴシゴシと袖口で目元を拭うけれど次から次へと涙が出て来て止まらない。
「あぁ、もうっ!」
そう口にするとパンパンと頬を叩き強引に気分を入れ換える。
「消える前に、清人とは最高の一日を過ごす! そんで、俺は、満足!! サティスファクション!!」
消えるのが惜しいなら。消えても構わないと思えるくらい、良い思い出を作ろう。
とても楽しい最後の一日を作るのだ。
「やってやんよ……俺の、サボローとしての人生最後の大仕事だ!」
斯くして俺は人生最後の大仕事の実行を半ばやけクソ気味に決断した。
したのだが……そこで単純な問題に打ち当たる。
何を以て最高の一日とするのかが分からない。
家でゴロゴロするのも、一緒にゲームをして過ごすのも何となく違う気がする。
ふと、そこで並んで歩く男女の姿が見えた。どうやらデート中であるらしい。
ああ、この手があったか。
「……デートして、デレさせる!!」
それで最期に伝えよう。
清人と居れて楽しかったと。これからの長い人生を楽しんでくれと。
「そうと決まったら泣いちゃいられないな。行動あるべしだ」
♪ ♪ ♪
……結論から言おう。俺は消えなかった。
けれどその代償は余りにも大きかった。
……大き過ぎた。
♪ ♪ ♪
「んっ……うぅ、ここは……何処だ?」
目を開くと目に飛び込んで来るのは蜘蛛の巣が張り巡らされたシャンデリアの吊るされた天井。そこから視線を横にずらすと燻んだ色合いの壁紙が目に入る。
……見た感じは完全にホラゲーの洋館みたいな感じだ。何とも薄気味悪い。
「ん、ここはさっき見つけた家の中」
そう答えたのはアニだった。……のだが、こうもナチュラルに膝枕されると気恥ずかしさやらで別の意味で頭がおかしくなりそうだ。
「そ、そうか……」
少し名残惜しいが身体を起こして一度現状を整理する。
「さてと……これは一体どうしたものか」
「何となく入っちゃったけど色々と大丈夫じゃないよねコレ」
ジャックと俺は同時にため息を吐く。
それもそうだろう。幻聴に始まり、SAN値が減少したり、来た道が分からなくなったり、『欠片』が出現したり、家がいきなり出現したりしたのだ。
ホラゲーの導入としては百点満点。ヤバい臭いがプンプンする。
それに、薬草屋の店主はこの大森林に恐ろしい魔女が住む家が建ったのだと言っていた。
となると、今居るこの家が魔女の家である可能性が濃厚。と言うか、これが普通の家だと言われても少し信用出来ない。
「……ところで、清人」
「何だ?」
ジャックの骨の手には……先程失敬された俺のギルドカードが握られていた。
「SAN値の減少はこの家に入ってから止まったんだけど……この名前と年齢は一体どう言う事なのかな?」
それは……今一番聞かれたくない事柄だった。
「そ、れは……あ、あれだ、バグだ。ほら、前々からバグってるって言ってただろ?」
キョドりながらも何とか返答する。
今までギルドカードを見せるよう要求された際に再三バグだと言っておいたのが幸いした。でなければ、この言い訳は急には浮かばなかっただろう。
しかし、安心したのも束の間ジャックは再び口を開く。
「でも、君は魔獣になった時に言ってたよね。『清人の代わりに』ってさ。もしかして……君はーー」
「ジャック、すとっぷ」
そこで間に割って入ったのはアニだった。
「この場で不要ないざこざは避けるべき。仲違い、非推奨」
「けど……」
「けどもクソも無かろ? 清人が本人だろうが本人じゃなかろうがワリャ達を救ってくれたって事実は変わらん。それで良いやろ」
そう言うと凩はニッと白い歯を見せながら笑みを浮かべた。
「凩の言う通りだ。私も本来は人斬り、世界で最も忌むべき者だ。その私を置いてくれているのは他ならぬ団長だ。だからその正体については気にはしない」
あ、あれ?
「皆んな何言ってるんだよ。俺は……俺が杉原清人だ。正体なんて、何も無いだろ」
パラパラと『杉原清人』と言う仮面が音を立てながら剥がれ落ちかる音がした。
俺は、何のために清人を演じて来た? 清人を消さない為だ。清人の痕跡を残す為だ。
それがーー嘘だと。虚像だと知られてしまっているなら、その演技には、一体何の意味がある?
それはただの……自己満足ではないか。
パキリと亀裂の入る音がする。
「って、あんさん?」
これ以上は、駄目だ。
これ以上は、壊れてしまう。ずっと大事にしてたのに。
「……俺の事は少し放っておいてくれ」
今は、一人になりたい。……今の俺はきっと冷静さを欠いている。
「まだ本調子では無いはずだ。その身体で一体何処に行くつもりだ」
「……家主を探しに行く。ただそれだけだ」
「なら、私をーー」
「ならば私を連れて行け。護衛としてなら役に立てる筈だ。それに……少しばかりサシで話したい事もある」
ここまでの主人公の情報纏め。
と言うか最早答えかもしれない。
本名:杉原■人(本名は既出だけど……)
年齢:六歳
あだ名:サボロー
好きなもの:サブカル関連のもの
口癖:『〜〜してやんよ』等のバリエーション
正体:ペルソナ(?)
人物:杉原清人が病んでから生まれた自称清人のペルソナ、或いは同じガラス玉の内側の方。ゲーム、マンガ、アニメ、ラノベ等が好きであり言葉の節々にネタを入れたりするオタク気質な面がある。そのせいで清人からはサボローと言うあだ名が付けられている。
人前では杉原清人を演じるも半ば破綻しかけている。
また、清人に対しては強い執着を見せており、守るべき大切な相手と認識している。
しかし、杉原清人が消え。本来消える筈の自身が消えなかった為、罪の意識に苛まれている。




