Want to be lover【9】
【悲報】主人公(六歳)恋愛面でとんでもないポンコツを露呈する。
ーー翌日。
昨晩、無様にも泣きまくった俺の目の下は赤く腫れ上がっていた。
「やってしまった……」
俺は隣で安らかに寝息を立てる少女を横目に頭を抱える。
そう、俺はあれからアホみたいに泣いて泣いて泣きまくった。しかも自分よりも小さな女の子の胸に抱かれながら。
……それだけなら、良くないが良いとして。けれど、残念な事に俺にはその上がある。泣きまくった挙句エネルギー切れを起こした俺はそのままあろう事か眠りこけ、彼女と添い寝する形になってしまったのだ。何という事だ。
まぁ、代わりにと言ってはなんだが、気分は悪くは無かった。
涙には心の洗浄作用があると言うがあながち間違ってはいなかったらしい。一晩で心の中の膿がデトックスされたようで久しぶりにスカッとサワヤカな気分だ。
「……まさか、な」
となると気になってくるのは俺のSANだ。昨晩の影響で何かしら数値が変化しているかもしれない。
ちょっとの期待を胸にステータスを見ると……予想通り半魔獣化前のSANにこそ届かなかったものの半魔獣化直後に比べれば大幅に回復していた。
これは喜ばしい。喜ばしい事なのだが……。
「女の子の胸の中で大泣きして回復するとか、もう完全にアウトなんだよなぁ……」
いかんせん回復した理由が理由なだけに素直に喜べない自分がいた。
とは言え最初の値からすれば半分未満まで俺の正気が下がっている。数値的に半魔獣化はもう無理だろう。いや、それどころか普通に生活しているだけでめちゃくちゃ運が悪ければ発狂してしかねない。
「これ以上下がらないように気を付けないとな」
ギルドカードを懐に仕舞い込むとベッドからゆっくりと出る。
……あまり長時間ここに居るのは精神衛生上宜しくないだろう。アニが起きる前にさっさと部屋を出るに限る。
立ち上がり部屋から出ようとする背後から。
「ん、ぐっどもーにんぐ」
眠いのかいつもよりも少し間延びした声が聞こえた。
「っっ!!?」
死んだ。
こんなのもう死んだ。可愛いが過ぎる。
「お、おはようアニ」
自然と表情筋が引き攣り、口角が妙な感じに高くなる。ついでに俺の鼓動も早くなる。ユア・ショック!! ってヤツだ。
「元気になって、良かった」
ハイ死んだ。御隠れになったわ。
なんて健気な子なのだろうか。女神か? 女神なのか? 女神降臨なされたのか?
「昨日は、その……ゴメン。何か自分でも何でああなったか分からないんだけど……可及的速やかに忘れてくれると助かる」
「忘れないと、昨日言った。だから忘れない。……忘れたくない」
おっと、女神かと思ったら小悪魔だったらしい。まぁ、どちらにしろそんなの……。
「『加速』ゥゥゥゥゥッッ!!」
俺のピュアなハートには、致命傷にしかならないのだけど!
そんな訳で俺は速攻で部屋から出て行った。戦術的撤退だ。
ゼイゼイと息を切らしながら廊下に出ると見覚えのある一人の男と一体のカボチャがドアの前で正座させられていた。
「一体何があったんだよ……」
そう呟くと頭に大きなタンコブを生やした凩が「あんさぁぁぁぁん!!」と泣き付いてきた。
「あんさんも追い出されて来たんやな! やっぱり、やっぱりそうなるんか……」
「いやぁ、哀しいねぇ……」
「……そっちはどうしてそんな風になったんだ?」
「いや、の。篝が着替える言うから一丁、腰を据えて立派な胸と尻を凝視したろと思ったら手加減ナシでボコられてな」
「僕は眼福だと思ってその場にステイしてたら問答無用で叩き出されちゃったかな」
とんでもないロクデナシ共である。
因みに着替え等は予め養父から預かっていた物を船に乗っている際二人に手渡しておいてある。何とも子煩悩と言うか、素直じゃないと言うか……。
……お宅の息子さん、とんでもないエロ息子に育ってますなんて言った日には卒倒しそうだ。
そんな事を考えていると涙目の凩が詰め寄って来た。
「あんさんもそうなんやろ!? 蜘蛛子にめちゃくちゃ泣かされた顔なんやろそれ」
つまりこう言う事か。凩とジャックは覗きでボコられた挙句、摘み出され、俺にも同様の事が起きたと思っている訳だ。
「まぁ、ウン。泣かされたな。間違いない」
そして、俺はアニに対してオギャりまくり目が腫れている、と。
……俺を含めて野郎は全員漏れなくロクデナシだった。
「やっぱ男女分けが最適やったか……あんさんと蜘蛛子をくっ付けるんは止めて野郎同士でワイワイ……」
「ん? 今何て言った?」
「いや、せやからあんさんと蜘蛛子をくっ付けようと思っての。相思相愛なんは見てれば分かるからの」
「え?」
思わず素っ頓狂な声が漏れた。相思相愛? となると、俺はともかくとしてアニも……? いやいや、まさか、そんな。
「清人、気付いてなかったのかな!? ……何というか、恋愛についてはとことんまでポンコツだねぇ」
いや待て。冷静になれ。抱き締められながらワンワン泣き喚くような奴に普通好意を抱くだろうか。いや、抱かない。
「君二人で何やってるかと思えば部屋でそんな事をしてたんだ……。へぇぇ」
「し、思考を盗聴された!?」
何故バレた!?
「いんや、思いっきり口に出しとったの」
「嘘だッ!?」
駄目だこれは。よろしくない。非ッ常によろしくない。
「あんさんに一つ聞きたいんやけどさ」
「……何だ?」
「好きでもない男に胸貸す女なんて居ると思うか?」
……言われてみればごもっともだ。と言う事は、本当にそうなのだろうか?
そう言う事だと思っても良いのだろうか?
「っと、噂をすれば来たみたいやな」
振り返るとそこには、何時もより少しだけ機嫌の良さそうな彼女が立っていた。
「ん、皆んなぐっともーにんぐ」
ああ、やっぱり駄目だ。
俺は杉原清人でなければならないと言うのに。その一言だけでどうしようもなく胸が高鳴る。
「随分とご機嫌やの」
「ん、私にとって『とくべつ』なものを漸く見つけられたから」
そう言って微笑む薄桃の少女は、いつの日にか忘れたあの花に少し似ていた。
ステータスのSANおかしくね? と思った方もいるかと思われますが。
39から魔獣化が入り減少、魔獣化一歩手前でオルクィンジェによって救出されたため一時期主人公のSANは一桁にまで追い込まれています。
それ故に前回はああいった風になったと考えて頂ければ。
そこから一気に30まで回復するってことはまぁ、主人公はゾッコンってことが照明されちまったなぁ……。




