Want to be lover【8】
圧倒的ヒロイン祭り第二弾。
ただ、闇深ホイホイの主人公がラブコメするとかつての正妻ポジが……。
薬屋を後にした俺たちは集合場所まで帰還するとそこには既に凩と篝とジャックがいた。どうやら薬屋の店主と長いこと話し込んでしまったらしい。
「そっちはどんな感じだった?」
「やっぱり宿屋の手伝いとか、街の清掃とかそのくらいだったかな。前だったらそれでも良かっただろうけど今は人数が人数だからちょっと賄い切れないかな。そっちは?」
「こっちは薬屋に行ってきた。何でも薬草を高値で買い取ってくれるらしい。ただ、強いモンスターがいるから金額的に不足は無いけどリスキーって感じだな」
「うーん、どこも微妙だねぇ。薬草採取は敵の強さ依存だし、こっちは明らかな不足……。ここはある程度リスクを負ってもお金を稼ぎたいけど少し不安かなぁ」
ジャックは顎に骨の指を添えながらムムムと難しい顔をした。
「でも、敵って言うてもワリャ達はある程度はやれるんちゃうんか? ワリャはこの通り絶好調やし、篝の腕前も強い。蜘蛛子は拘束が強いし、あんさんは……速いからの」
俺の扱いが明らかに他と違っているのが何とも悲しい。何か言わなければならない状況で無理やり出した感がありありと感じられる。
……まぁ戦闘参加出来る人員に限定すれば素のスペックがこの中で一番低いのは俺なので何も言い返せないのだが。
とは言えこれは良い機会かも知れない。人員も一気に三人も増えた。『デイブレイク』との戦闘が予想される中で一気に戦力を増やせたのは重畳と言う他ない。今のうちに金稼ぎがしら各人の癖を把握したりとか、連携を見るなら今が一番適している筈だ。
……いや、待てよ?
何か流れでこうなってしまったけれど果たしてそれで良いのか?
「と言うか、皆んな戦闘に参加してくれるのか?」
「そら当然やろ。あんさんには恩義がある。まさかここまで来ておんぶにだっこみたいな恥知らずな真似、ワリャには出来んよ」
「無論私もだ。人を殺めた身を置いてくれているのだ。相応の働きをしないで何とする」
「凩、篝……」
思わず目の奥がジンと熱くなる。
「ん、私も。ずっと付いて行く」
霊衣の袖で乱雑に目元を拭う。泣いてなどいない。ちょっと感極まっただけだ。次いで頬を一発パンと叩き気合いを入れる。
「よっしゃ、気合い入った! 明日からは大森林に挑戦だ。そこで個人の戦闘能力を測りつつ余裕があれば薬草採取。敵が強かった場合は即撤退してミーティング。こんな感じで良いか?」
俺がそう言うと全員が頷いた。
「それじゃ、今日はもう宿を取って早めにお休みかな。明日の為に疲れをきちんと取っておかないとね」
「そうだな。それじゃあ宿を取るか」
♪ ♪ ♪
「で、どうしてこうなったんだよ……」
宿の一室で俺は頭を抱えながら蹲っていた。別に持病の偏頭痛が来たとか、そんな事では決してないのだが、こればかりは頭を抱えないではいられない。と言うのもーー。
「ん、どうかした?」
俺の視線に気付いたのかアニは小首を傾げた。
「……どうかしてるんだよなぁ」
溜め息を吐きながら一層渋面を深める。多分、今の俺は苦虫を一ダースくらい噛み潰したような酷い顔をしているのではなかろうか。
二人部屋が二つしか取れなかったのは分かる。けど、普通は男女で分かれるものだろう。そうなるべきだ。そうで然るべきだ。
ーー『ほいじゃ、ワリャと篝は同室で良えか。家族やし』
ーー『それが良いだろう』
ーー『じゃあ僕もそっちにお邪魔しようかな』
しかし、この様な感じでトントン拍子で話が進み、俺はアニと同室で過ごす事を余儀なくされてしまったのである。
嫌か嫌でないかで言えば全然嫌でなく、寧ろ喜ばしいと感じている。だが、それだけに色々と気まずい。
重いような、くすぐったいような、そんな妙な沈黙が降り掛かる。……これ以上無言だと変になりそうだ。
「……聞かないんだな。その、過去の事とか」
「聞かない。聞いたら……きっと貴方は傷付くから。だから、聞かない」
俺がそう尋ねるとアニはキッパリとそう答えた。俺の事を知りたいと言っていたからその返答は少し意外だった。
「傷付く、か。……別にそんな事なんて気にしなくても良い。あの時は気が動転しただけで、傷付いた訳じゃない。俺の事は気にしなくても良い。それに、あれだ。隙あらば自分語りしたくなるのがオタクの性だからな。聞きたいなら幾らでもーー」
気付いたら俺は早口でそう捲し立てていた。しまったと思うがもう遅い。
「……自棄は、ダメ」
アニは背後から俺の頭に自分の手をポンと置いた。俺よりも小さくて、白い手だった。だけどその手は何処か暖かくて、優しかった。
「……アニ?」
「私は知りたい。けど、それよりも貴方を傷付けたくない。……傷付いて欲しくないから」
規則的に頭に乗った手が髪を撫でる。それはまるで陶器の皿を触るような、そんな手つきだった。
「だから、そんな顔しないで」
「いや、いや。この顔は生まれつきだ。全然、傷ついたような顔なんて」
「嘘。ずっと辛そうな顔をしてた。張り詰めてて、今にも泣き出しそうで。……見ていて悲しくなった。だから、聞かない」
そう言うとアニは背後からそっと俺を抱き締めてきた。
「……」
お互いの体温が伝わってしまいそうな程に近い距離で身を寄せ合う。
薄い胸の奥からはトクン、トクンと規則的な鼓動が聞こえてきて、その律動と共に下らない意地とかそんなものが蕩けて消えて行くような、不思議な心地がした。
「……俺は、楽になりたい」
だからだろうか。そんな事を口にしてしまったのは。
その言葉が呼び水になったのか感情が濁流のように押し寄せては口から流れ出る。
「俺は……もう破綻してるんだよ。とっくの昔から。俺は杉原清人じゃない。そんな事なんて分かってる。分かってる。……分かりきってるんだ。ずっと、清人って呼ばれるのが辛かった。俺を認めてくれる人が欲しかった。けど、そんな事言える訳が無いだろ……? 俺がそれを止めたら、本当に……本当に清人は消えてしまいそうだったから。清人の苦悩も、絶望も、憎悪も、慟哭も、全部さっぱり無かった事になんて……俺には出来ない……ッッ」
守るべきものを守れず、あまつさえその守るべきものの居場所を奪ってしまったのだ。
それが、どれだけ罪深い事か。
「けどさ……辛いんだ。清人はもっと良い奴で、俺なんかじゃ演じきれないような、そんなやつなんだって知ってるから。皆んなが俺を清人って呼ぶ度に……俺の中で、何かが擦り切れていくのが分かるんだ」
身体がどうしようもなく震える。
ああ、なんて愚かなんだろう、俺は。
「馬鹿みたいだよな、俺。清人のフリを続けるのは辛い。素の自分になるのも嫌。こんなの……こんなの、ただの駄々っ子じゃないかよ。……ゴメン、今の忘れてくれ」
「……忘れない。貴方の苦悩は、見過ごしたくない。忘れてしまったら、きっと貴方は壊れてしまうから。だからーー私に少しでもその辛さを分けて欲しい」
アニはそう言うと一層強く俺の体を抱きしめた。
「今なら、泣いても誰にも何も言われない、よ?」
もう、溢れ出る涙を止めるような事はしなかった。
今だけ。今だけは泣いていたい。
辛さを嘆き、苦しみを吐露し、沢山泣こう。
……後の事なんて、知ったことか。
「……私の『とくべつ』。もう離さない」
セイヒロインムーブツヨツヨグモ
セイヒロインムーブツヨツヨグモは、クモ目セイヒロインムーブツヨツヨグモ科セイヒロインムーブツヨツヨグモ属に属する蜘蛛子ちゃんである。夏から秋にかけて、大きな網(主人公を絡め取る的な)を張るもっとも正ヒロインらしい蜘蛛子ちゃんである。小型のクモではあるが正ヒロインムーブはまさにツヨツヨ。バムみ甘やかし系と混同されることが多いが、系統的にはやや遠いとされる。




